安彦良和×小林よしのり
「よしりん大好き」を公言している吉田豪さんが、コバヨシと安彦良和氏の対談動画を拡散していました。
https://x.com/worldjapan/status/2022900277544923160?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A
ここまで健気に「よしりん推し」をアピールしているのですから、コバヨシは吉田豪さんとの対話の窓口を開くべきでしょう。
今のコバヨシの現状を打開してくれるのは吉田豪さんしかいないのですから、すぐにでも吉田豪さんのインタビューを受けるべきだと思います。
なんだったら公論イベントのゲストに招聘するのも一つの手だと思います。
どうか、私のこのアドバイスに従ってください。
さて、吉田豪さんが拡散している安彦良和氏との対談動画でありますが、果たして吉田豪さんが仰るような「平和ないい対談」であると評価して良いのでしょうか。
ゲストとして招かれたのに、異様なほど安彦氏に媚びまくっているコバヨシに、観ていていたたまれない気持ちになったのは私だけなのでしょうか。
おそらく吉田豪さんが「予想外に平和」と形容したのは、どちらかといえば左な安彦氏とどちらかといえば右なコバヨシが対談したら、きっと白熱した議論が展開されると期待して、「人の揉め事がオリンピックより好き」な吉田豪さん的には物足りなさを感じたのでしょう。
でも、ちゃんと動画を観ると、安彦氏はコバヨシにかなり仕掛けているのに、コバヨシがそれを気づかずに相手のペースに呑まれてしまっているのが分かります。
安彦良和はコバヨシのマンガは「戦争論」と「新戦争論1」しか読んだことがないと言い切り、つまりは「マンガ家小林よしのり」と対談するつもりはなく、「戦争論の小林よしのり」を相手に対談したいと申し込んだわけです。
その時点でコバヨシは屈辱を覚えるべきでしょう。
他にもツッコミどころはあるのですがそれをいちいちあげつらうと長くなるのでスルーしますが、安彦氏は皇統について、「右派の有名人」から言質を取るという作業をしたかったのだなという印象しかありませんでした。
安彦氏は未だに「戦争論の小林」と見ていて、右派の有力者と誤認しているようで、そんな右派代表から皇統について言質を取ってみせるということに意味があると考えたのではないでしょうか。
安彦氏は皇室のルーツが朝鮮にあることを強調し、コバヨシはそれを追認する形で対談は進みました。
学術的に見たら別に驚くべき内容ではありませんが、思想的に右派がそれを認めてしまっては皇室の正統性が失われることになるわけで、真正の保守ならばそこはしっかりと否定的な見解を示さねばならない場面です。
しかし、コバヨシはひたすら安彦氏に媚び、安彦氏の主張をすべて肯定し、ひたすら頷くだけでありました。
そこですべて詰んでおり、実はまったく「予想外に平和ないい対談」でもなんでもなく、完全に安彦氏に小林は横綱相撲を取られて敗北しているのです。
マヌケなコバヨシは自分が負けたことに気づいていないのですから滑稽です。
周囲にイエスマンだけはべらせた結果、いざ対外試合をやったらこのアリサマという次第です。
《小林がゴー宣道場のイベントで求めているのは自分が主役となることであり、論破王としてシンパたちから称賛されることです。だから、イベントでゲストが自分の意見に異を唱え、真っ向から反論してくることを小林は非常に嫌がります。
もちろん、外部から呼んだゲストが自分を差し置いて議論で主役となることは、小林にとっては屈辱でしかありません。その場合の小林は、自分の勉強不足を棚に上げて「あいつはわしに恥をかかせやがった」と一方的に逆恨みをします。
昨年(2025年)10月のイベントで自分が置物化し、山尾志桜里と中島岳志が議論の主役となったことは小林にとってはさぞかし屈辱だったのでしょう。小林が倉持麟太郎のことを、「わしの意図を素早く飲み込む頭の柔軟さがある」と褒めているのは、どう見ても山尾に対する当てこすりです。
おそらく小林は、こう言いたいのでしょう。
「イベントで堂々と自己主張をして、わしのメンツを潰した山尾志桜里は生意気な奴だ。わしは山尾が憎い。それに比べると、ゴー宣道場のボスであるわしにわざわざ忖度をして、わしの意見の代弁者にまでなってくれた倉持は可愛い奴だ」
勉強不足の小林がイベントで主役となり、周りには顔見知りのイエスマンしかいない状態では、質のいい議論が行われることはどう見ても不可能です。》(大林わるのりさん)
この記事へのコメント
とか言ったと言う話。
これって実話でしょうか?内弁慶で人と議論もできない奴が、
こんなスピーチをするでしょうか。これも、いわゆるソースは小林よしのりだけなんですよね。その場では何も言えず後で漫画で反撃する、その頃には誰も覚えていないという。
まあ、仮に本当だとしても、その言葉に発奮することもなく、絵も上手くならず、ゴー宣という自己陶酔漫画で何もせず教祖に崇められ、現在に到るわけです。しかし、漫画賞のパーティーで審査員がくさすわ、それに対抗した反撃をするわ、もう地獄絵図でしょう。よくはく奪されなかったものです。小学館漫画賞の黒歴史と言っていいくらいのことです。だから、実力のなさもさることながら、こういう態度だから既存の漫画誌からオファーが来ないんです。
小林ブログで書かれた文章からは、明らかに誇大妄想的な願望と歪んだナルシシズムが読みとれてしまいます。そしてこの文章からは、「わしの歌のすごさを皆が分かるべきなのだ」という承認欲求も読みとれてしまいます。
とはいえ小林は、昔からゴー宣で何かと誇大妄想的な発言をすることが少なくありませんでした。例えば旧ゴー宣時代のころの小林は、北朝鮮のように自分が国中で個人崇拝されているかのような物語を描いたこともありました。
小林によるゴー宣での数々の誇大妄想的な描写は、ギャグを装いながら実際は自らの願望をそのまま描いていた可能性があるのでしょう。しかし、ブログ記事「大阪LIVEがエモ過ぎて警察に捕まった場合」で書かれた駄文は、過去のゴー宣で描かれた誇大妄想的な描写とは内容の質が違っています。
過去のゴー宣での誇大妄想的な描写は、本人が願望と現実を線引きした上で描くことができていました。しかし現在の小林による誇大妄想的な発言は、本人が願望と現実を線引きすることが全くできていません。
小林がブログで書いている誇大妄想的なビジョンは、「こうであったらいいなぁ」という願望を書いたものではなく、「絶対こうなるはずだ」「こうならなければおかしい」と本気で思い込んでいることが伝わってくる内容です。
ゴー宣道場でカラオケ活動を始める前の小林は、自分の歌ウマ自慢が嘘であることを内心では自覚できていたはずです。かつての小林による歌ウマ自慢は虚勢を張るための出まかせでしたが、現在と違って願望と現実の線引きはできていました。
しかし現在の小林は、「わしは歌がうまい」という自分の嘘に自らが騙されてしまったせいで、「わしの歌には力がある」という歪んだ妄想にひたすら執着するようになってしまいました。小林の歌をシンパたちが手放しで称賛したことも、彼の一連の妄想を補強することにつながったと言えるでしょう。
今の小林は妄想に溺れ込んだ影響で、現実が全く見えていない人間となっています。つまり、小林は虚勢を張っているという段階を通り越して、一種の狂気に陥った状態となっているのです。
小林が妄想に溺れて現実を見なくなったのは、例の病による頭脳の衰えの影響ももちろんあるでしょう。それだけではなく、小林が現実逃避を生き方として選んだのは、自分自身の脆い心を防衛するための策でもあるのかもしれません。
もしも今の小林が、自分に突きつけられた厳しい現実と本気で向き合ったならば、どうなるかは想像に難くありません。その時の小林は、下手をすれば実存の不安に陥り、自分が「生きる意味」とは何かについて激しく悩み苦しむことになってしまうでしょう。
だから今の小林は、現実逃避をすることでしかアイデンティティを保てない人間となっているわけです。妄想に溺れて現実を見ることをやめた今の小林は、自分自身の脆い心を守るために必死となっている可哀想な人間であると言えるでしょう。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45488
>大阪はエモいぞ!とことん参加者の情感を揺さぶるぞ!
帰りには、涙を流して嗚咽を漏らしながら、鼻血をだらだら
流して、帰り道に点々と鼻血の跡を残しながら帰るので、
警察がすぐに尾行できて、自宅を突き止められ、逮捕されて
しまうだろう。だが君たちが悪いんじゃない!
「小林よしのりの歌がエモ過ぎた」と応えるんだ。
そうすれば釈放される。
代表の脳機能の劣化と合わせて、
私的欲望・承認欲求が壊れた蛇口のように
駄々洩れになっています。
それにしても、観客たちに事前に感動の涙を流せ、
と指示するやらせを堂々公言するとは思いませんでした。
カルト宗教どころか、将軍様の記念イベントに
必ず泣き女を用意する某人民共和国の事がすぐさま脳裏によぎりました。
代表、感動の涙や心からの評価は自然な発露によってこそ価値があるものです。自作自演のおべんちゃらを受けても決して満たされることなどありません。
再起不能へと向かいつつある代表が本日上げたブログを読み、
これでは何をやっても成功できる人生は訪れなかったろうな、と
の感を新たにしました。
「無謀力を忘れていない。」
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45484
>若い頃は無謀力があった。
できるわけがないという仕事や計画にも、あと先の
ことを考えずに突進していた。
あっという間に決断して、迷わずに実行していた。
今考えると無謀な行動に猛然と踏み出し、誰が制止
しようとも、金が無かろうとも、突進して、貫徹し、
敗北したり、大成功したりしていた。
ジャンプに拾われた東大一直線と周囲に支えられておぼっちゃまくん一発がまぐれ当たりするまで、短期連載しか持てなかった理由を振り返り、
マンガ研究や画力向上が必要だったのではとまるで考えない無反省さ、
いや判っていても努力が出来なかっただけでしょうか。
>ところが老いると、リスク計算して、引き止める輩に
耳を貸すようになる。
そういう輩を切りつけて、傷つけて、なぎ倒し、前進
する勇気が出なくなる、それがまさに老いだ!
妻がわしの動作が緩慢だから老人だと言う。
若い頃は動作がきびきびしていて、もっと鋭かったと
言う。たしかに傍目にはそうかもしれない。
だが、妻のことも心配して、無謀力を減退させている
という面がある。
アンチエイジングムーブを繰り返しつつ、
脳出血になるまで不摂生を続けた愚かさを
蛮勇のように偽るのはやめましょう。
あと、自分の無力を家族に転嫁するのはいかがなものか。
>だが、まだ無謀力を発揮する野心は、今でも秘かに
メラメラと燃やしている。
いつ、どこで発揮するかだ。
無謀力を発揮する時を、虎視眈々と狙っているから
今に見ていろ。
牙を失くした保身的な若者にも、いつか目にもの
見せてくれる!
マンガでも言論でも自分が研鑽を怠って
時代についていけなくなったのを若者たちのせいにするのはやめましょう。
伝えたいことがあるなら、カラオケと老いらくの不倫をばっさり捨て、
思想と漫画を磨きましょう。
いつか目にものみせてくれる、と言いますが
先に病気と寿命が来るのは明らかなのだから、
くだらない嫉妬と支配欲を若い世代に向けるより、
厳しい21世紀を生きる彼らに残せるものを考えましょう。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45393
>人工減少の未来を見据えて、国民の象徴たる天皇を女性にする英断を高市首相は下せないのか?やはりネトウヨ・ポピュリズムで、亡国一直線に走るつもりか?国民の90%の意思・愛子天皇を無視して?
小林ブログには今日も誤字が見つかっています。どうやら小林は、「人口減少」と書こうとして「人工減少」と書き間違えてしまったようです。
小林のブログ記事に誤字が目立つようになったことに対して、シンパたちは本当に何も気にならないのでしょうか。ファンとして本当に師匠のことを気遣っているのならば、小林の頭脳や身体の具合を心配するべきです。
それはともかく、小林は相変わらず意味不明なことを言っています。例えば、小林が「人工減少(引用ママ)の未来を見据えて、国民の象徴たる天皇を女性にする英断」と言っていることがそうです。
常識的に考えれば分かりますが、天皇を女性にしたところで日本の人口減少の解決にはつながりません。天皇を女性にすることと人口減少の未来を見据えることに何の関係があるのか、と私は小林に突っ込みたくなります。
そもそも「天皇を女性にすれば日本の人口減少は解決に向かう」という小林の発想は、どう見ても非現実的な妄想でしかありません。
また、小林が「やはりネトウヨ・ポピュリズムで、亡国一直線に走るつもりか?国民の90%の意思・愛子天皇を無視して?」と言っていることも意味不明です。
小林の造語である「ネトウヨ・ポピュリズム」とは、高市首相は男系天皇推進の右派層に迎合しているという意味でしょう。「やはりネトウヨ・ポピュリズムで、亡国一直線に走るつもりか?」と小林が言っているのは、ポピュリズムを批判した文章として読めます。
しかし、小林は次の文章で「国民の90%の意思・愛子天皇を無視して?」とも書いています。小林が言っているように、国民の90%が愛子天皇容認であったとしても、首相が一方的に世論に迎合してしまうのは形を変えたポピュリズムでしかありません。
「国民の90%の意思・愛子天皇を無視して?」と小林が書いているのは、「高市首相はポピュリズムに屈してでも愛子天皇を実現させろ」という意味として読めてしまいます。
「一体、あなたはポピュリズムを批判しているのか、ポピュリズムを支持しているのかどっちなんだ」と私は小林に対して突っ込みたくなります。
最近の小林のブログ記事を読んで分かるのは、言論人として劣化しているというレベルではなく、明らかに思考力の衰えが目立っているということです。なぜなら小林は意味不明な内容のブログ記事を書くことが多くなった上に、文章に誤字が見つかることも珍しくなくなっているからです。
それにしても今の小林は大丈夫なのでしょうか。
大物来てビビったんでしょうね笑
尊師がイキれるのは蛸壺内とブログだけ