小林よしのりは生長の家との深くて長い関係について即刻回答せよ!
今年に入ってからの大林批評が既に100コメを超えているというのに、私がブログ更新をサボっているせいで全然紹介出来ていません。
Seesaa運営はスマートフォン専用ページでアクセスするとコメント欄がエラー画面になり表示されないという不具合を放置したままにしているので、せっかくの大林批評を読んでいない人がたくさんいて、それってかなりの損失でありますので、ブログ本文で紹介していかなきゃいけません。
ということで、今回は大林批評スペシャルでお送りさせていただきます。
《そもそも右派だったころの小林はどういう知識人と付き合っていたり影響を受けたりしていたのでしょうか。或いは右派時代のころの小林は、どういう政治家たちを褒めていたのでしょうか。
今の小林よしのりが統一教会を批判したところで、何も説得力はありません。
小林による統一教会批判は実に底が浅いものです。叔母が統一教会に取り込まれたことを小林が本気で気にしているならば、なぜ右派時代のころは統一教会への批判を控えていたのでしょうか。
今の小林が右派と統一教会の関わりを批判しているのは、「かつての自分は統一教会に踊らされていた間抜けだった」と自己紹介しているようなものです。
小林が所属していた新しい歴史教科書をつくる会は、勝共文化人とされている高橋史朗が幹部として参加していました。つまり、つくる会時代の小林は勝共文化人と共闘していたのです。小林が『戦争論』で統一教会批判をトーンダウンさせたのは、自らが参加している歴史教科書運動の仲間に配慮したからです。
つくる会時代のころに自分がどういう宗教の世話になったのかを、小林は正直に告白して欲しいものです。不思議なのは、つくる会時代のころに小林が発表した『戦争論』が不自然な形でベストセラー化していることです。『戦争論』が特定宗教の信者たちがまとめ買いをしていた可能性があるでしょう。つくる会をやめた後の小林の著書が、徐々に売り上げを落としていったことも気になります。
小林は偉そうに統一教会批判をする前に、右派時代のころの自分こそがカルト勢力に踊らされていたことを反省するべきです。
また、小林一派には現在の生長の家が女系天皇支持であるという事実にも触れて欲しいものです。
ゴー宣道場に生長の家の信者が潜り込んでいるのはなぜなのか、小林一派は説明責任を果たして欲しいですね。
小林は「男系固執=統一教会」と言っているくせに、右派陣営で起きた皇位継承論争の背景には生長の家の分裂騒動が絡んでいるという疑惑にはなぜ触れないのでしょうか。
男系天皇を支持しているのは統一教会だけではありません。生長の家から分裂した谷口雅春主義者たち(日本会議、日青協、谷口雅春先生を学ぶ会)が男系天皇支持であることも無視できない事実です。
冷戦時代に右派路線をとっていたころの生長の家は、国際勝共連合とも共闘していました。現在の統一教会が男系天皇支持を唱えているのは、冷戦時代のころから日本の宗教右翼と共闘している流れの延長上です。
生長の家から分派した谷口雅春主義者たちが男系天皇支持である一方で、同教団の現執行部は女系天皇支持でリベラル路線をとっています。
皇位継承論争と宗教のつながりについて指摘するならば、統一教会の動きだけではなく生長の家の動きについても小林は言及をするべきです。ゴー宣道場に生長の家の信者が潜り込んでいるのはなぜなのでしょうか。
生長の家がリベラル化して女系天皇支持になったのと同じく、2010年代以降の小林がリベラル化して女系天皇支持になったのは偶然の一致でしょうか。
自身の言論活動やゴー宣道場での運動が生長の家と関係しているという疑惑について、小林はちゃんと説明責任を果たして欲しいですね。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/519427219.html
小林は未だにこの問いかけに答えていません。
やましいところがなければ、さっさと答えて欲しいものですが、まったく聞こえないふりをして知らん顔をしているところを見ると、相当に疾しいところがあるのでしょう。
生長の家総裁 谷口雅宣氏に献本しました。(チコリさん) – 愛子天皇への道 ~ Princess Aiko: Path to the Throne ~
生長の家総裁が、愛子天皇論3についての記事をFBに! – 愛子天皇への道 ~ Princess Aiko: Path to the Throne ~
《カルト集団に所属する関係者の言葉は不安商法と選民思想がセットになっています。
「今の世の中は大変なことになっている。放っておいたら社会は悪くなる」と言って不安を煽り、一方で「私たちには社会を動かす力がある。私たちは選ばれた存在だ」という選民思想がセットになるわけです。
ゴー宣の作者となった小林は不安商法と選民思想をセットにして言論活動を行い続けてきました。
小林信者としてゴー宣道場に参加した門下生たちも同じく、不安商法と選民思想をセットにした言葉を何かと唱えています。
もはや突っ込むのも馬鹿馬鹿しいですが、ゴー宣道場のイベントとは、「小林思想は正しい」という前提ありきで関係者たちが駄弁りあうごっこ遊びでしかありません。
今のゴー宣道場は小林・ちぇぶの独裁によって異論が排除され、自己満足のための運動ごっこを続けているだけの集団となっています。「思考の避難所」の役割を果たすとか、世界の未来を書き換えるとか、そんな力はゴー宣道場にはありません。
不安商法と選民思想をセットにした言説を唱えて自己満足に陥っている小林シンパは、典型的なカルト信者の姿にしか見えません。
小林シンパは小林が思いつきで言った意見に合わせて自分の主張を組み立てて、運動ごっこのために不安商法をやっているだけです。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/519416400.html
小林よしのりは社会のお荷物まっしぐら - 脱イボナメクジ宣言
ゴー宣道場に生長の家の信者が潜り込んでいるのはなぜなのか - 脱イボナメクジ宣言
雑兵たちの仕事始め「この国を守るのは皆さんです!」 - 脱イボナメクジ宣言
この記事へのコメント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45807
>第833回 男系はフィクションであり宗教
princess AIKO TALK(第833回)男系はフィクションであり宗教
https://aiko-sama.com/archives/68106
>「男系は伝統だ」本当でしょうか。高市首相の考えは、男尊女卑の考えに基づいて話しているだけでは?もう信仰の域ですね。
小林シンパの大隊長まーが、男系天皇派を「宗教」「信仰の域」呼ばわりしていても説得力はありません。私に言わせれば、愛子天皇派の言動こそが「宗教」「信仰の域」に見えてしまいます。
なぜなら愛子天皇派は、「愛子天皇が実現すれば日本は何もかも良くなる」という神がかり的な妄想を大真面目に主張しているからです。
実現すべき幸福な社会とは?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/14778
>女性が生きやすい社会でなければ、この国は衰退の一途を辿るでしょう。その閉塞感を打ち破ってくれるのが、女性女系天皇です。国の象徴が女性!DOJOでも卑弥呼や壱与の話が出ていましたが、女性がトップに立ったほうが、いろいろと物事がスムーズに進むのではないかと思います。
消費減税で景気爆上げなんて全然信じられない。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/11803
>景気を良くする最後の手段は、「男尊女卑」の因習を断ち、愛子天皇を実現して、女性をリスペクトする「気」を日本中に充実させることだけ!「因習の除去」が日本の「活気」を生み出し、「景気」上昇の手掛かりになっていくのだ。
「言霊の幸う国」の可能性を信じて
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45261
>「言霊の幸(さきわ)う国」という言葉は、イメージや精神性で現実を大きく動かせる性質と私は捉えています。それが最もマイナスに働いて働いて働いたのが今回の選挙結果だと思いますが、真の伝統に基づき、男尊女卑の意識を根本から打ち払う希望を湛えた愛子さまの立太子が実現したら、空虚な熱狂ではない、極めて実質を持った「日本の未来を拓く」力につながる事は間違いありません。
愛子天皇こそが伝統である!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45393
>人工減少(引用ママ)の未来を見据えて、国民の象徴たる天皇を女性にする英断を高市首相は下せないのか?
小林よしのりバンドLIVE in那覇「天皇が祈る沖縄」参加者募集中!未来は、まだ書き換えられる。その一歩を、沖縄から。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45778
>もし私たちが「天皇制を頂く国民」としての自覚を取り戻し、皇室の安定継承――すなわち愛子さまを未来の象徴としてお迎えする道を選ぶなら、日本の国家像は大きく変わる。分断ではなく統合へ、恐怖ではなく成熟へ。国の“芯”が定まることで、外交も安全保障も、より落ち着いた判断が可能になる。
笹幸恵は、愛子天皇が誕生すれば女性が生きやすい社会が実現して、国のいろいろな物事がスムーズに進むようになると言っています。
小林よしのりは、愛子天皇が実現すれば女性をリスペクトする「気」が日本中に充満して、景気が良くなると言っています。また小林は、愛子天皇の実現は日本の人口減少を解決させる効果があるとも言っています。
大須賀は、愛子天皇が実現すればイメージや精神性の効果で「日本の未来を拓く」力につながると言っています。スキペンは、愛子天皇が実現すれば国の“芯”が定まって日本の外交や安全保障はまともになると言っています。
そういった根拠のない精神論を盲信している人たちこそが、「宗教」「信仰の域」に当てはまっています。一般人の視点でものを考えたならば、小林一派が言っている愛子天皇待望論はどれも正気を疑う内容ばかりです。
「愛子天皇が実現したならば、どのような効果によって日本の諸問題は一気に改善に向かうのか。その根拠は何なのか」と私は愛子天皇派に突っ込みたくなります。愛子天皇派は、説得力のある形で回答をして欲しいものですね。
ちなみに大隊長まーが男系天皇派のことを「宗教」「信仰の域」と罵っているのは、自分たち愛子天皇派こそが特定宗教の手先であることを隠すためなのかもしれません。何しろ大隊長まーが所属しているゴー宣道場は、生長の家の関係者が運動団体に潜り込んで活動をしているそうですからね。
しかも生長の家の教義では天皇を現人神として個人崇拝していますし、現在の同教団は女系天皇推進を方針にしています。ゴー宣道場が女系天皇推進を運動の方針にしていることは、生長の家の方針ともなぜか一致しているようです。
大隊長まーは、ゴー宣道場の実態について正直に説明をして欲しいですね。
天皇を象徴と定めた日本国憲法も、日本社会の中で機能し続けて今に至っています。象徴天皇制は今の日本で何も問題なく機能できているため、皇室の存続自体は現状維持でいいでしょう。
ただし小林一派のように、皇室の権威を自分たちの利益のために悪用している連中は確かに問題があります。小林一派に救いがないのは、自分たちの運動を「尊皇のためにやっている」「公のためにやっている」と自己暗示して正当化できているからでもあります。
だから小林一派は、常識的に考えれば皇室の権威の悪用でしかない行為であっても、「私たちは尊皇のためにやっている」と本気で信じて正当化できるわけです。
自分たちの思想や運動を絶対的に正しいと信じている時点で、小林一派はどんなに暴走をしても反省ができません。まさしく小林一派は典型的な純粋まっすぐ君であると言えます。
しかし我が国のありがたいところは、尊皇の大義を唱えて皇室の権威を悪用するよこしまな連中は決して主流派にはなれないということです。なぜなら戦後の日本人は、戦前戦中の日本人のような盲目的な天皇崇拝に陥っていないからです。
戦後の日本人が天皇を現人神として個人崇拝していないのは、戦後民主主義や戦後教育がプラスに作用した結果と言えます。そのおかげもあって、狂信的な尊皇主義者の集団が皇室の権威を運動に利用したところで、一部の純粋まっすぐ君を除いて多くの一般人からは相手にされません。
戦後の日本で生まれ育った大多数の一般人からすれば、狂信的な尊皇主義者が「天皇は神だ」と言ったところで次のような感想を抱くだけでしょう。
「天皇を現人神として盲目的に信仰するのは、国家や軍部に洗脳されていた戦時中の日本人とそっくりだ」
「日本が天皇を個人崇拝するカルト国家になってしまうようでは、オウムや北朝鮮を笑えないではないか」
ゴー宣道場が一般人からの幅広い支持を得られずに弱体化したのは、彼らの主張がことごとく間違っていたことや、小林の暴走で運動団体が自滅の道を歩んだせいだけではありません。
何よりも、大多数の日本人が狂信的な尊皇心とは無縁だったことにより、ゴー宣道場が唱える女系カルト思想が一般人に相手にされなかったおかげでもあります。
例えば、「皇室を永続させるために女系天皇を容認しろ」「愛子天皇が実現すればこの国は何もかも良くなる」という小林一派の戯言は、戦後民主主義の影響を受けた大多数の日本人に届くメッセージではありません。
大多数の一般人は皇室にはそれなりの敬意はあるものの、天皇のことを盲目的に個人崇拝しているわけではありませんし、皇位継承問題に対して必要以上に執着しているわけでもありません。
小林一派の詭弁に騙されるのは、「日本は神の国で、天皇は現人神だ」と本気で思っているごく一部の人間だけです。そもそも一般人からすれば、「愛子天皇が実現すればこの国は何もかも良くなる」という小林一派の主張は狂気の妄想にしか見えないでしょう。
象徴天皇制は現代の日本でうまく機能できていますし、この国では皇室の権威を悪用する連中が出たとしても大多数の日本人からの支持を得られずに済んでいます。
悪いのは皇室の権威をよこしまな目的のために利用している人たちであって、皇室が存在していること自体は何も問題はない、というのが私の立場です。
はじめまして。
ここまで皇室を利用するとなると、もう皇室なんて廃止したらいいんじゃないかとさえ思ってしまいますが大林さんはどう考えますか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45261
>政策の内容も、数々の欺瞞も関係なく、100%「自己都合」な解散総選挙を行った首相が、「イメージ」だけで大勝してしまう日本。
>これは暗澹たる現実ですが、同時にこの「闇」を呼んだ性質は、そのまま「光」へと反転する可能性も秘めた、裏腹なものだとも感じています。
(中略)
>一方で、同じく人々の心理的なものに根ざしつつ、空虚の対極にあり、極めて明確な希望と活力を日本にもたらすであろう事が一つだけ存在します。
>それはもちろん、双系継承への皇室典範改正による、愛子皇太子の誕生です!
(中略)
>「言霊の幸(さきわ)う国」という言葉は、イメージや精神性で現実を大きく動かせる性質と私は捉えています。
>それが最もマイナスに働いて働いて働いたのが今回の選挙結果だと思いますが、真の伝統に基づき、男尊女卑の意識を根本から打ち払う希望を湛えた愛子さまの立太子が実現したら、空虚な熱狂ではない、極めて実質を持った「日本の未来を拓く」力につながる事は間違いありません。
大須賀が長々と書いている駄文から読みとれるメッセージとは、「愛子天皇が誕生すれば日本は何もかも良くなる」ということです。どう見ても現実味が欠けた夢物語です。
この国は「言霊の幸う国」であるから、愛子天皇の誕生で国内にポジティブなイメージや精神性が生まれることは、「「日本の未来を拓く」力」につながっていくと大須賀は言っているわけです。
小林と同じく大須賀も神がかりに基づいた妄想を本気で信じているようです。何しろ大須賀の師匠である小林は、「愛子天皇実現こそが景気を良くする最良の手段」と本気で信じている人間ですからね。
しかし、大須賀がこのような妄想を信じるようになったのは、果たして小林思想の影響だけによるものなのでしょうか。私が気になるのは、大須賀の言葉づかいや発想はとある宗教団体のそれと似ているということです。
例えば大須賀の文章には、「闇」と「光」の対立という構図が書かれています。実は生長の家の初代教祖・谷口雅春は、教団の教えの土台になったニューソートのことを「光明思想」と翻訳していました。
谷口雅春が若いころに影響を受けたニューソート思想は、思考や意識が現実を作るという価値観がベースとなっており、極端なポジティブシンキングによって成り立っています。
大須賀が文中で使っている「光」という単語は、生長の家が使っている「光明思想」という単語と偶然の一致をしているように見えてしまいます。私の気のせいでしょうか。
また大須賀は、「イメージや精神性で現実を大きく動かせる」という精神論に傾倒した思想を唱えています。そういえば生長の家では、「この世は人間が思ったことが全て実現する世界だ」「あらゆる問題はポジティブシンキングの力で改善できる」と信者たちに教えていましたね。
さらに大須賀は、愛子天皇の誕生で「「日本の未来を拓く」力」が生まれるとも言っています。ちなみに生長の家の教義は、天皇を現人神として個人崇拝するという特徴があります。
女系天皇を支持する生長の家の現執行部も、男系天皇を支持する谷口雅春主義者(日本会議、日青協、谷口雅春先生を学ぶ会)も、共通しているのは天皇を現人神として盲目的に個人崇拝しているということです。
ゴー宣道場に信者を送り込んでいる生長の家と同じく、小林と大須賀が狂信的な女系天皇推進派であることは果たして偶然の一致なのでしょうか。
小林も大須賀もそうですが、愛子天皇待望論を熱心に唱えている人たちの言葉遣いは、どういうわけか特定のカルトの教えと奇妙に似通っているようですね。