呉智英の評価により目覚めた小林よしのり

「おぼっちゃまくん」の連載がコロコロで開始した昭和後期に小学高学年であった私が、当時の肌感覚から「果たして小林が証言するように世の子供たちは茶魔ブームとやらに席巻されたのか」ということを書いてゆくつもりでいましたが、私の個人的体験だけでは何の説得力もありませんし、一切統計も取らずに検証するのはフェアネスのカケラもないので、ここ愚行録では控えさせていただきます。

ご了承ください。

その代わりに、noteでサラッと個人的見解を示させていただきました。

興味のある方はぜひご覧ください。

「ドラゴンボール」と「おぼっちゃまくん」|鷲ヲとも


さて、昭和後期の連載マンガ直撃世代の私感について書けないとなると、もはや私がここで書くことは何もないので、大林批評の紹介に移らさせていただきます。


《小林よしのりの言説の特徴といえば、いつも何かしらの形で民草を見下しているということです。

小林は、「日本国民もよっぽどの馬鹿なんだから仕方ない」「国民が馬鹿だから仕方ない」と言っています。

小林が民草を下す人間となったのは、彼の師匠だった西部邁が大衆蔑視の言説を唱えていたことの影響があります。

西部が唱える大衆批判に感化されたことは、小林の言論活動に対して悪い影響を与えたと言えるでしょう。

小林が唱えている大衆蔑視の正体は、「わしの正しさを分かろうとしない大多数の人間は馬鹿だ」という自己正当化のための身勝手な理屈でしかありません。

小林のように、いつも自分だけが正しくて周りの人間は愚かだと考え続けているならば、自らの思想や意見を客観視することは不可能となってしまいます。

小林が大衆蔑視の考え方を身につけたことは、言論人としての自身の暴走を正当化するための理屈につながってしまったと言えるでしょう。

小林が大衆を蔑視する人間になったことは、漫画家としての活動にもマイナスの効果を与えたと言えるでしょう。創作者がいつも大衆を見下しながら自己満足で創作活動を行うようになったならば、独りよがりでつまらない作品しか作れなくなってしまいます。

「大衆は愚かだ」「日本国民は馬鹿だ」と言って民草を見下し続けた小林は、今では自分こそが世間の人たちから見下される存在となっています。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517011950.html


この大林批評は大変納得のゆくものでありますが、小林が西部邁をパパとして縋りつく前に呉智英という大衆蔑視の珍論客をパパとして縋っていたことも今の小林を語る上では避けられないのではないでしょうか。

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西部に心酔する以前から小林は呉によって愚民思想を注入されていました。

デビュー作東大一直線は初期衝動だけで何とか切り抜けることが出来た小林ですが、その後は泣かず飛ばずでまったく売れずに消えかけていました。

そんな時に露悪系の走りであった批評家呉智英がまったくウケずに打ち切りになった小林マンガを絶賛したのです。

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呉が絶賛したその打ち切りマンガは今読んでも普通に面白いとは言い難い程度の作品であり、いわゆる「カルトマンガ」にジャンル分けされ、「珍作」「怪作」として80年代サブカル系文化人のオモチャにされるたぐいのヤツです。

「一般の連中には分からないかもしれないけど、俺たちはこういうのも面白がれちゃうんだよねー」というタイプのハナにつくタイプのソレです。


それを呉智英に褒められたことで、小林は「俺のマンガは一般大衆には理解出来ない高尚な芸術であり、しかし一部インテリにはしっかり伝わる傑作なんだ」という意識が芽生えたわけで、今の小林の製造責任者は呉智英と言って間違いないでしょう。

この記事へのコメント

大林わるのり
2026年03月05日 13:35
現在の小林は頭脳や肉体の衰えが目立っていますが、それでも必死で虚勢を張って自分が健在であるとアピールしています。だから小林による自らの仕事に関する報告は、果たしてどこまでが本当なのか疑ってかかる必要があります。

例えば、小林が「仕事場にファックスした」とブログでよく報告していることがそうです。

難しいものを分かりやすく、楽しく描くのが超難しい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45462
>昨日は神武天皇シリーズのキャラ設定を考え直し、今朝、キャラの絵を描いて、仕事場にファックスした。

病に倒れる前の小林は、絵の原案とプロットを紙に書いてファックスし、原稿の執筆はスタッフに丸投げさせるというやり方を行ってきたのでしょう。

しかし病に倒れた後の小林は、血管性認知症の影響でまともに絵を描くことさえも覚束なくなっています。だから、「キャラの絵を描いて」の部分は、例の病の影響で自分が絵を描けなくなっていることを隠すためのフカシでしょう。

そうであるならば小林は大まかなプロットだけを書いて、仕事場へファックスで送った可能性があります。しかし、この場合でも小林に対してはある種の疑問が生まれてしまいます。

それは、「現在の小林は、筆記用具を使って紙に漢字を書くことができているのか」という疑問です。期日前投票に関する小林の報告を読めば分かります。

期日前投票という修行を乗り越えた
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45179

小林が投票用紙に政党名を書く作業に難儀をしていたのは、例の病の影響で集中力が低下したせいだけではないでしょう。ブログの文章を読んでいれば分かりますが、小林は記憶力の低下のせいで紙に漢字を書くことさえも覚束なくなっている可能性があります。

もちろん、現在の小林は手の震えのせいで字が汚くなっている可能性も当然あり得ます。

ただし、現在の小林がブログ記事を書く際には、パソコンに変換機能が付いているおかげで文中で漢字を使うことはできているわけです。とはいえ、ブログ記事で誤字が目立つようになったことからも分かるように、小林はやはり記憶力の低下で漢字の正しい使い方を忘れている可能性があるでしょう。

だから現在の小林に関しては、『神功皇后論』のまえがきとあとがきを自分で書けているかどうかは怪しいでしょう。『神功皇后論』のまえがきとあとがきさえも、実際には時浦が代筆をした可能性もあり得るわけです。

もしも小林が大まかなプロットを仕事場にファックスしたとすれば、次のような推測ができます。それは、小林が紙に書いたプロットの文章は、漢字があまり書かれておらず(もしも漢字が書かれていても誤字であったり)、しかも字が汚くなっているという可能性です。

ただし、現在の小林が漢字を書くことが苦手になっているという事実を見ると、次の可能性も成り立ちます。それは、小林による「仕事場にファックスした」という報告さえも、下手をすれば自分の認知症の悪化を隠すためのフカシの可能性があるということです。

もしも小林がファックスで仕事場に指示を出していないのならば、以下のような推測が成り立ちます。

一つは、小林が仕事場に電話をして指示を送り、スタッフにメモを取らせたという可能性です。漢字を書くことに苦労している小林であっても、電話で話をすることはまだ可能です。

もう一つは、小林がスマホを使って、ショートメールかLINEで仕事場に指示を送ったという可能性です。紙に漢字を書くことが苦手になった小林であっても、スマホの文字入力ならば変換機能のおかげでこなすことができています。

小林は嘘つきで虚勢を張りたがる人間であるため、彼の報告は一体どこまでが本当なのか疑ってしまいます。現在の小林による「仕事場にファックスした」という報告だけは、せめて本当であって欲しいのですがねぇ。
大林わるのり
2026年02月21日 19:33
建国論を漫画で描く面白さ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45461
>昨夜は『ゴー宣』298章のコンテの絵の修正をしていたが、古事記、日本書紀にすら書かれていない伝承も含めて、神武天皇シリーズを絵で描くと、神話と人代の境に起こるエピソードが、実に奇妙。

>実に奇妙ってことが、絵で描くと、ますます強調されて来る。そこが漫画で古代史を描く面白さだ。

小林は今日も、自分が創作活動をしているかのように必死で嘘をついています。そもそもあなたはシナリオも原稿も執筆していないじゃないかとか、神武天皇の実在を否定しているのに神武天皇シリーズをなぜ描くのかとか、そういったことを小林に突っ込んでも蛙の面に水でしょう。

>浦島太郎の話と、半魚人の話と、鶴の恩返しの話って、古代から原型があったのだなと気づいたり、メガネって古代から人類は、ある種の石では、ものを拡大して見えるってことに気づいていたり、いろいろ調べながら描くから、漫画にすると面白くなることに気づいて楽しい。

小林がこうやって紹介している古代史に関するうんちくでさえ、実際はブレーンの時浦に教えてもらった内容なのでしょう。だから、「いろいろ調べながら描くから、漫画にすると面白くなることに気づいて楽しい」という小林の言葉は、どう見ても嘘です。

難しいものを分かりやすく、楽しく描くのが超難しい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45462
>昨日は神武天皇シリーズのキャラ設定を考え直し、今朝、キャラの絵を描いて、仕事場にファックスした。

「キャラ設定を考え直し、今朝、キャラの絵を描いて、仕事場にファックスした」という小林の文章から分かることがあります。

小林がキャラの絵を描いて仕事場にファックスし、スタッフたちが小林の絵をもとに漫画を描いているということです。なるほど、よしりん企画はこのような仕事のやり方を長年に渡って行ってきたのでしょう。

小林が書いたこの文章は、彼がスタッフたちに創作活動を丸投げしていることを裏付ける内容と言えます。とはいえ、今の小林は下手をすると絵を描けているどうかさえも怪しい状態となっています。

現在の小林の画力が目も当てられない状態となっていることは、松濤美術館での例の茶魔の絵が証明してくれています。だから、「キャラの絵を描いて、仕事場にファックスした」という小林の言葉は本当かどうかは怪しくなってきます。

従って、小林が仕事場にファックスした内容とは、なおさんが分析しているように「大まかなプロットくらい指示したかも知れない」の可能性が高いでしょうね。

小林先生、そろそろ読者たちに対して本当のことを話したらどうですか。
なお
2026年02月12日 23:46
ちょい前の小林のブログで「おぼっちゃまくん」の新作を描いた、今の若い漫画家にこれ以上の漫画が描けるか!などと言っていました。
まず、描いてないよね、もしかしたら大まかなプロットくらい指示したかも知れないけど、あとは丸投げだよね。
いつも思うのだが、仕事場にファックスしたとか言うよね。今どきファックスもどうかと思うけど、まず、自分が仕事場にいないってことがおかしいよね。プロットだけファックスして、あとよろしくだろう。

そして最後に今、日本にどれだけの漫画家がいて、どれだけの連載をしているのかしらないけど、小林より下の漫画家なんかいないだろ。
漫画家が1万人いたら1万位、10万人いたら10万位が小林よしのりです。だって、ネットでちらっと見る漫画でもちゃんとストーリーもあり、ネタもうまい、絵もうまい。全部小林より上。
まして、商業誌で連載してる人なんかは新人でもしっかりしてるよ。
小林の意味不明な漫画の数百倍面白い人ばっかりだ。
どうしたら、そこまで自己顕示欲強くなれるのか、不思議でしょうがない。
大林わるのり
2026年02月12日 20:00
日本も無茶苦茶だけど、世界はもっと無茶苦茶だからなぁ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45314
>日本も無茶苦茶だけど、世界はもっと無茶苦茶だからなぁ。

小林は病的に自己愛が強い人間であり、いつも物事が自分の思い通りになってくれないと気が済まない人間です。だから小林が言っている「日本も無茶苦茶」とは、「わしの理想が実現してくれない日本はクソだ」という意味です。

日本政治が自分の思い通りに動いてくれない上に、愛子皇太子誕生という夢さえも実現しそうにないから、小林は「今の日本は駄目な国だ」と言いたいわけです。

おそらく小林は、総選挙で高市自民党が勝って中道が負けたことが今も悔しくてたまらないのでしょう。小林が「世界はもっと無茶苦茶」と言っているのは、日本が自分の思い通りの国になってくれないことから目をそらすための負け惜しみなのかもしれません。

>トランプもエプスタインもプーチンも気色悪すぎる。

小林がエプスタインのことを「気色悪すぎる」と言ったところで、説得力はありません。私は小林に対して、「あなたは葉月蓮さんに対して何をやっていたのか」と言い返したくなります。

そもそも小林は、少女を監禁して発育を観察したいという歪んだ性癖を持っています。ロリコンの性癖である小林が性犯罪者を熱心に批判しているのは、実際は嫉妬心が動機となっている可能性があります。

性犯罪者が逮捕されたニュースを知った時の小林は、「あの犯罪者は、わしがやりたくてもできないことを堂々とやりやがった」と心の中で思っているのでしょう。もしかすると小林は、あのエプスタインに対しても内心では嫉妬心を持っているのかもしれません。

>習近平がいくら酷いと言っても、トランプ、エプスタイン、プーチンよりマシな気がする。

右傾化して以降の小林は、反中国の言説を熱心に唱えてきました。その影響もあって小林は、口先では「習近平がいくら酷いと言っても」と一応言えているわけです。

しかし、習近平のことを「トランプ、エプスタイン、プーチンよりマシな気がする」と言っている時点で、小林は右派時代に比べると反中国ではなくなっているようです。高市首相の「台湾有事」発言に対して逆張りをしたせいで、小林は反中国の姿勢を弱めざるを得なくなったのでしょう。

小林が中国に厳しい態度をとったり甘い態度をとったりしていたことさえも、実はポジショントークに過ぎなかったというわけです。

>人間という種そのものが劣化したのかなぁ?

「人間という種そのものが劣化したのかなぁ?」という小林の決めつけは、彼の十八番である大衆蔑視の言説の典型例です。小林が「人間という種そのものが劣化」と決めつけているのは、自分は劣化していなくて賢いと思っているからです。

どうやら小林は自分自身が、漫画家としても、言論人としても、人間としてもあらゆる面で劣化していったことに未だに気付いていないようです。

自分の言説や生き方を反省できずに劣化する一方であった小林が、「人間そのものが劣化した」と決めつけて大衆を見下しているのは実に滑稽です。今の小林に対しては、「思い上がるのもいい加減にしろ」と言いたくなります。