鳥山明の『サンドランド』という傑作を読もう!

大林批評でコバヨシがもはやマンガ制作に関わっていないことを執拗に指摘され、それに反発するようにコバヨシは毎日にのように「ペン入れ」がどうのとか「シナリオ」がどうのとか現役漫画家であるかのように必死に弁解ブログを上げています。


《もう突っ込むのも馬鹿馬鹿しいですが、小林がブログで自身の創作活動を強調しているのは明らかに嘘と見ていいでしょう。

新作『おぼっちゃまくん』も『神功皇后論』も、実際はスタッフたちに制作が丸投げされています。

小林は漫画のシナリオ作成やペン入れをスタッフに丸投げさせている人間です。

だから、小林が新作『おぼっちゃまくん』の話のアイデアを思いついたとしても、シナリオ化しているのは時浦の可能性が高いでしょう。

もっとも、時浦は独りよがりで読者のことを考えない性格であるため、面白いシナリオを書けるような人間には見えません。

小林はスタッフに創作活動を丸投げしている自称漫画家のくせに、表向きでは自分が仕事熱心な人間であるかのように演じています。

今の小林が話作りに悩むポーズを演じたところで、元ファンの私からすれば何も心に響きません。

小林に対しては、「そもそも今のあなたは創作活動に関わっていないじゃないか」と突っ込むことが精一杯です。

現在の小林シンパたちは、小林が凡作を発表しても無条件で賛美する有様となっています。

「脚本:時浦、作画:よしりん企画」の作品であっても小林名義であるならば、シンパたちは「小林先生が傑作を描いてくれた」と手放しで喜ぶに決まっているでしょう。

今の小林はどんな駄作を発表してもシンパたちが褒めてくれる状態に慣れてしまった人間です。

創作者としてここまで堕落した小林が、話が面白いか面白くないかをいちいち悩むふりをするのはさすがに無意味でしょう。

創作活動に熱心なふりをしている小林に対しては、私はしらけた気持ちしか感じません。

もはや突っ込むのも野暮ですが、「あなたはもう漫画を描いていないくせに何を言っているんだ」と小林に言いたくなります。

『神功皇后論』の参考文献の読書さえも、小林は時浦に丸投げさせているのでしょう。

また、下手をすると新作『おぼっちゃまくん』も、小林が実際にアイデアを考えているかどうかは怪しい可能性があります。

堕落した小林にうんざりしている影響もあってか、スタッフたちも新作『おぼっちゃまくん』の執筆はおそらく惰性でやっているのでしょう。

新作『おぼっちゃまくん』の背景が手抜きとなっているのは、スタッフたちのやる気のなさの表われなのかもしれません。

小林が自分の力で「コンテを完成させる」と言っているのはどう見ても嘘でしょう。

今の小林は、例の病の影響でペン入れどころかコンテの執筆さえも難しい状態であると見るべきです。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519265175.html?from_sp

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519385073.html?from_sp

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503740359.html


去年の夏に脳梗塞か脳溢血か何か知りませんが、小林は入院し、医者に血管性認知症であると診断されました。

しかし小林はその間も週刊SPA!の連載を落とすことなく続けています。

入院前と退院後でまったく絵の乱れもなく変わらないのは果たして褒められたことなのか、私は「ついでにとんちんかん」の毒鬼警部の息子の口癖をつい口にしてしまいます。

退院後、マンガ家安彦良和と対談した記念にイラストボードに自慢の茶魔を描いた、その絵が公開され、私の中にあった違和感の答え合わせが出来ました。

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もし仮に退院後のSPA!連載の絵が乱れていたとしたら、「人間性はクソだけど、すげえマンガ家魂だな」と心から感嘆し、おそらくは尊敬の念すら抱いたことでしょう。

しかし、脳卒中で倒れ認知症が発覚したあとも以前と変わらぬ絵柄であるのに、公の場で描かざるを得ない状況で晒した茶魔のアレはもうアレじゃないですかぁ?

連載マンガの絵柄はかなり前からまったく変わらないのに、公の場ではあの有り様。ということは導き出される答えは一つです。

大林批評ではコバヨシは現在マンガ執筆に関わっていないと指摘されていますが、実態は更に深刻です。

認知症による手の震えなどで描けなくなったから、作画は長年苦楽を共にしたスタッフに任せているという話ならば美談にもなり、誰も非難することはないでしょう。

でもさ、1998年「戦争論」辺りから絵柄が無個性になり、その絵柄がコバ認知症以後もまったく変わらないということは何を意味するのか、ちょっとしたマンガ読みならすぐに察することが出来るでしょう。

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つまり小林は40代の頃から既にメインキャラの作画すらしていなかった疑いが濃厚であるということです。

無論、大家と呼ばれる人がスタッフに作画を丸投げにしているなんてのはよく聞く話であるので、特に珍しいことでもなく、ことさら問題視する必要はないのかもしれません。

しかし、普通に読者側からしたら裏切られた気持ちになるでしょうし、ましてや自分で作画しているかのようにブログで連呼して天才を自称している奴がそれをしているのはちょっとだけ引くよね。


《驚くべきことに小林よしのりは漫画家として忙しいながらも楽しみを見出すことは無く、先達の漫画家たちは金のために仕方なしにやって来たと思っていたようです。

私は現在では小林作品に辛辣な評価しかしてませんが、クリエイターとして創作活動にもう少し前向きだと思っていました。

これを読んだ時は少し驚きましたが、その後のライジングや動画チャンネルでのコンテンツを複数に分けての課金や、老人カラオケ大会での高額の料金、更新頻度や新作の少ない「漫画ブック」など、およそ漫画家としての矜持があるならやらない様な行動が多く、得心が行くことばかりです。》(💰㍋㌧コイン🌉(MMPNMPNK)さん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519252702.html


改めて㍋㌧コインさんのこの指摘を読み返し、「コバにはマジでマンガ愛などなく、プロ意識も職人としてのプライドなんてものもなかったんだなー…」と遠い目をしてしまいました。

ゴー宣でやたら「プロの凄み」なんてのを強調していたのは、実際の実情を誤魔化す煙幕みたいものだったのでしょう。

鳥山明先生は表向きはまるで無気力というか、そこまで強いマンガ愛を見せることはなかったですが、実際に発表された作品はほとんどアシスタントの手も借りずに一人で緻密な作画をして、そしてストーリーもまた世界に誇るエンターテイメントに仕上げていました。

後年の傑作「サンドランド」ではペン入れ後に気に入らないという理由でまるまる1ページ描き直すという徹底した職人気質ぶりにはもうマンガ読みとしてはサブイボ立ちまくりです!

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そんな大天才でありながら努力家でもある鳥山明という化け物に対して、「国民栄誉賞に値しない」と軽んじてみせることで自分を大きく見せようとした小林よしのり。

あまりにミジメすぎます。

https://youtu.be/pAv00xN_FfU?si=0FprMI5Kyr2aPza4


さて、そんなミジメなカス福岡代表コバヨシの代表作おぼっちゃまくんですが、果たしてコロコロ連載当時、子供たちからどのように認識され、どの程度の評価であったのでしょうか。

あの頃の子供たちの実感を伴った評価って本当に世に出回っていない気がします。

調べてみても、ほとんどが、「ソースは小林よしのり」であり、小林がゴー宣で描いた武勇伝のみがまるで史実であるかのように語られており、その客観性が著しく欠いたものでいくら分析してみても意味はありません。


「おぼっちゃまくん」の連載がコロコロで開始した当時、小学高学年であった私はまさに直撃世代であるわけで、その私が当時を振り返って語ってみせるということをこれからやろうと思っているわけですが、札幌という地方都市のガキンチョの実感なんかで当時の子供全体を代表出来るわけもなく、あくまで私の個人的な体験談であるということは念押ししておこうと思います。


ちなみに、私より上世代からは次のコメントをいただいております。


《私はハッキリ言って「おぼっちゃまくん」という漫画を1話も読んだことがなく、アニメも1話も見たことがありません。

すでに大人になっていたこともあり、幼児向け漫画などまったく知りませんでした。

会社に入って来た若い連中が、それこそ「びんぼっちゃま」とかなんとか言ってるのを聞いて「それ何?」って聞いたくらいです。

そうやって「おぼっちゃまくん」という漫画の存在は知ったのですが、まったく見てません。

アニメがどこで放映されていたかも知らなかったけど、「平成教育委員会」の裏だったんですね。そっちを見てたんでしょう。

それで小林よしのりという名前を聞いて「わあ、懐かしい。東大の人や」とか思ったかもしれません。

「東大」は子供の頃か中学の頃か読んでいました。

「ゴー宣」は読んだり読まなかったりです。》(なおさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519869844.html

この記事へのコメント

大林わるのり
2026年02月22日 22:52
なおさんへ。「表現力とストーリーテリング力が欠落している」というご指摘は、近年のゴー宣の特徴に見事なまでに当てはまっていますね。

現在のゴー宣よりも世間で普及している学習漫画の方が、漫画的な面白さを作品としてしっかり演出できています。学習漫画であっても、読み手が面白いと感じてくれるための工夫は作品として欠かせません。

絵解き漫画扱いされている一般的な学習漫画でさえ、単なる解説漫画に堕することを避けるべく、物語的な工夫をして作品が成り立っています。あの石ノ森章太郎の『マンガ日本経済入門』も、学習漫画でありながら物語的な演出が作中で行われています。

もちろん子供向けの学習漫画でさえも、物語的な演出をして描かれた作品は数多くあります。例えば、人体を題材にした子供向けの学習漫画では、登場人物が小型化して身体の中を探検する内容の物語になることが珍しくありません。

子供向けの学習漫画で物語的な描き方が行われているのは、作品の題材となった分野に子供が興味を持ってくれるための工夫であると言えます。例えば、宇宙を題材にした子供向けの学習漫画で、登場人物が宇宙旅行をする内容の物語が描かれていることもそうでしょう。

小林の言論漫画はこれらの学習漫画と違って、読み手が面白いと感じるための工夫さえも行われていません。ブレーンが教えてくれた内容を解説するだけの作品と化したせいで、近年のゴー宣は漫画な面白さへの追及を放棄した状態となっています。

現在のゴー宣のように、作者が自己満足に陥った状態で社会に対して冷笑をしても、風刺漫画としては何の面白味もない駄作になるだけです。

小林が作った「コロナ君」や「男野系子」に共通しているのは、作者自身が「面白い」と自己満足しているだけの産物であって、読者自身が「面白い」と感じているかどうかは別物であるということです。

例えば、新型コロナウイルスを「コロナ君」というキャラにしたところで、一般人の視点で読んだならば不謹慎な代物にしか見えないでしょう。また、「男野系子」という悪役キャラを作って作中で論破ごっこをしたところで、風刺としては下手くそで何の面白味もありません。

世間の基準では何が正しくて何が間違っているかや、一般人である読者は何が面白いと感じてくれるかといった基本的なことを、今の小林は全く理解できていません。現在の小林は、物事を客観的に分析する能力が失われています。

何しろ小林の言論漫画は、作者による独善的な持論を押し付けるだけの説教漫画と化しています。そのせいで、現在のゴー宣は学習漫画のくせに客観的な視点が欠落した作品となってしまいました。

小林のゴー宣は、絵解き漫画としても三流の作品と化してしまったと言わざるを得ません。
なお
2026年02月18日 21:30
本宮ひろ志という方も自分では描いていないと、本人がハッキリ言っています。
ただ、次にどういう漫画を描こうという考慮、考察はいつもしていて、アンテナも張っているということですね。
実際、色んなジャンルを描いています。
「男一匹ガキ大将」「硬派銀次郎」と言った、ケンカ漫画から歴史モノ、エロ、それに「サラリーマン金太郎」のような大人の仕事漫画もあります。
それでいて、自分の本宮節とでも言うような硬派、ケンカみたいなものはずっと持ち続けている。
これだけ色んなジャンルを描けるというのは自分のアンテナもさることながら、優秀なスタッフがいるということでしょう。

「サラリーマン金太郎」などはずっと後期の作品ですし、建設業が舞台になっています。恐らく、その業界に詳しいスタッフなど雇っていたのでしょう。また、業界に詳しい人の話を聞いて、監修してもらったりしたのではないでしょうか。
作画スタッフにしても、新しい人でなければ描けない部分もあったと思います。

どこかのなんとか企画みたいに新しい人を入れず、何十年も同じスタッフでは新しいジャンルに挑戦することはできないし、くわしい専門家に監修もしてもらってないから支離滅裂になるのです。
そして小林自身が描いてないにしても、スタッフがもう絵がヘタすぎて何を描いても伝わらないのです。
そもそも漫画というのは難しいこともわかりやすく描くのが当たり前で、読者もこれならわかりやすいとなるものなんです。その逆でまったくわかりづらいのです。
よく絵解き漫画と言われますが、絵で解いてもいないのです。内容じゃなくて表現力とストーリーテリング力が欠落しているのです。
これでよくあらゆる漫画家に勝っているみたいにほざけるものです。
小林のスタッフなどしてたら画力など落ちていくだけです。
大林わるのり
2026年02月18日 18:03
ガンガンやらねばならぬ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45424

相変わらず小林は、「わしのペン入れ」「コンテに着手」と嘘をついています。小林が自らを仕事熱心であるかのように嘘をついているのは、読者を騙すためだけではありません。

嘘で塗り固めた「理想のわし」というアイデンティティを守るために、小林は嘘をつき続けているわけです。小林は漫画に対する愛がなくて仕事に不熱心なくせに、「現役であり続ける天才漫画家のわし」という偽りの自画像を心から愛しています。

自分が言った嘘に自ら望んで騙されることによってしか、小林はアイデンティティを守れなくなっているのでしょう。

また、小林は「インド版アニメ「おぼっちゃまくん」のプロデューサーが来訪、打ち合わせがある」と、わざわざブログに書いています。おそらく小林は、「インド版『おぼっちゃまくん』がヒットしたおかげで、わしは世界に通用する漫画家になれたんだ」と虚勢を張りたいのでしょう。

『神功皇后論』単行本、発売決定!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45426

小林のこのブログ記事は、ありとあらゆる文章が現実逃避を強調した内容と化しています。

このブログに書かれている文章で本当のことは、「『神功皇后論』単行本の発売が4月11日(土曜)に決まった」と、「4月18日(土曜)が名古屋での「チェブラジ公開生放送」で、「『神功皇后論』発売記念LIVE」」だけでしょう。

小林がちぇぶとのデートやジャイアンリサイタルにうつつを抜かしているのは、創作活動や言論活動のために役に立つ行為ではありません。今の小林は、目先の快楽に溺れて現実逃避をしているだけです。

また、小林は仕事に不熱心なくせに「やる気が出まくる」と言い、スタッフに創作活動を丸投げしているくせに「しっかり描いていく」「描き分ける準備も出来た」と言っています。

さらに小林は、ブレーンにいろいろ教えてもらわないと言論活動ができないくせに、「男系固執派よりも、我々、女系公認・双系派の方が、神武天皇を知っている」とも言っています。

小林先生、あなたが言っていることは何から何まで嘘ばかりではないですか。

あろうことか小林は『神功皇后論』に対して、「手塚治虫の「ブッダ」や、横山光輝の「三国志」のように、ロングセラーになる作品を目指そう」とも言っています。

もしかすると小林は、『神功皇后論』さえもシンパたちにまとめ買いをさせる可能性があるでしょう。しかし『愛子天皇論3』を見れば分かるように、シンパたちにまとめ買いをさせても小林の本はベストセラーにならなくなっています。

今の小林は売れない漫画家となっている人間であり、『神功皇后論』のロングセラー化はどう見てもあり得ません。

当然ながら小林の『神功皇后論』は、手塚治虫の『ブッダ』や横山光輝の『三国志』のような歴史的な名作ではありません。今の小林が恥知らずな大言壮語をしたところで、漫画家としての自分の実力や作品の出来をごまかすことはできません。

もしも小林が虚勢を張ることをやめて現実を直視したら、間違いなく精神的に打ちのめされた状態となってしまいます。嘘をついて虚勢を張ることでしか、今の小林はアイデンティティを維持できなくなっているのでしょう。
大林わるのり
2026年02月14日 19:25
漫画を描かない自称漫画家であることがバレたにも関わらず、小林は読者に対して相変わらず嘘をつき続けています。

日本も無茶苦茶だけど、世界はもっと無茶苦茶だからなぁ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45314
>わしはゴー宣270章のコンテを描き始めているが、まだ迷いがあって、進められない。できれば夕方までにコンテを上げて、茶魔のペン入れに移りたいのだが。

我々、双系派の方が、神武天皇ついて詳しくなろう。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45319
>やっと『ゴー宣』297章、神武天皇の初回コンテが上がった。ものすごく難しかった。
(中略)
>わしは明日から『おぼっちゃまくん』新作のペン入れに着手する。土曜は公論イベントなので、来週初めには茶魔のペン入れ原稿を、スタッフに渡さねばならない。

今日は「漫画ブック」配信、明日は公論イベント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45324
>わしは「おぼっちゃまくん」新作のペン入れ。ひたすらペン入れだ。

ギャグ漫画家の秘訣
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45344
>昨日は一日中、「おぼっちゃまくん」新作のペン入れをやっていたのだが、やたらわしのペン入れの分量が多く、さっぱり進まなかった。ギャグ漫画はこれだから辛い。ギャグ漫画家は「愚直」!これしか秘訣がない。ひたすら「愚直」!「愚直」!これだけである。なんとか、月曜か、火曜までには、愚直ペン入れを終わらせたい。そのあと、神武東征の続きコンテを描くか?

小林がブログで「コンテを描き始めている」「ひたすらペン入れ」「ギャグ漫画家は「愚直」」とわざわざ強調したところで、今の私はしらけた気持ちしか感じません。

実際の小林は、昔から原稿の執筆をスタッフに丸投げしている人間です。しかも現在の小林は、病の影響で絵を描くことさえも難儀する有様となっています。小林が毎日のようにブログで創作活動をアピールしているのは、自分が漫画を描かない自称漫画家となっていることを隠すためです。

「嘘をついてでも『わしはまだ現役だ!』と必死で虚勢を張って何が楽しいのか。虚しくならないのか」と私は小林に言いたくなります。
大林わるのり
2026年02月11日 21:20
神武天皇の話を本格的に描き始める
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45280
>見たい映画がいろいろあるが、時間が取れない。映画はたった2時間でアイデアの宝庫なので貴重だ。なるべく見に行きたいが。

今の小林が「見たい映画がいろいろある」「(映画は)アイデアの宝庫なので貴重」「(映画を)なるべく見に行きたい」と言っていることからは、いろいろな意味で推察ができてしまいます。

要するに小林は、物語を作るためのオリジナルなアイデアを思いつけなくなったから、自分が見た映画の内容をネタとしてそのまま使うと宣言しているわけです。なるほど、新作『おぼっちゃまくん』の第2話が『岸辺露伴は動かない 懺悔室』のパクリだったことも納得がいきます。

そうであるならば、新作『おぼっちゃまくん』の最新話が「脱獄と復讐」となっていることでさえも、もしかするとどこぞの映画を元ネタにした可能性があるのかもしれません。

『おぼっちゃまくん』新作、これは凄いぞ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45244

ただし私からすれば、「今の小林の頭脳の状態では、映画の内容を理解することは可能なのだろうか?」という疑問をどうしても感じてしまいます。なぜなら現在の小林は血管性認知症を患っている影響で、記憶力の衰えや集中力の低下が目立っているからです。

例えば昨年秋のゴー宣道場のイベントでは、小林はゲスト(山尾・中島・森)との議論についていけずに置物化していました。それどころか最近の小林は、投票用紙に政党名を書く作業さえも苦労する有様となっています。

例の病の影響で記憶力と集中力が低下した今の小林は、2時間分の映画のストーリーを追いかけることさえも難儀している可能性があります。もちろん、現在の小林の頭脳では小説の本を読了することは無理と見ていいでしょう。

現在の小林がNHKの朝ドラに夢中になれているのは、彼の今の頭脳の状態であっても集中力を辛うじて発揮できているからです。放送時間が短い朝ドラならば、小林の頭脳でも何とか内容を理解できているのでしょう。

小林が「見たい映画がいろいろあるが、時間が取れない」と言っているのは、どう見ても嘘です。そもそも小林は普段からスタッフに創作活動を丸投げしている人間であるため、時間はたっぷりあります。見たい映画が数多くあるのに今の小林が諦めているのは、頭脳の衰えが理由と見るべきです。

おそらく小林の本音はこういうことでしょう。
「見たい映画はいろいろあるが、わしの頭脳の問題のせいで諦めざるを得ない。何しろ今のわしは、2時間分の映画を見ても集中力を発揮できない。それどころか最近のわしは、映画を見ても物語の内容さえも忘れてしまうようになった」

記憶力と集中力が落ちた今の小林にとっては、映画鑑賞には秘書岸端の同伴がますます欠かせなくなっているはずです。小林が見た映画の内容を同伴者の岸端がメモしてくれたならば、新作『おぼっちゃまくん』のアイデアとしてそのまま使えるからです。

小林と岸端が一緒に映画を見て、岸端が映画の内容のメモをとり、メモで書かれた映画のアイデアを利用して「シナリオ:時浦、作画:よしりん企画」の作品を作るのが、最近の小林による創作活動のやり方なのでしょう。

今の小林は、プロの漫画家としてはもはや抜け殻になったも同然です。
大林わるのり
2026年02月06日 05:34
そういえば新ゴー宣15巻に収録されている保阪正康を批判した回は、サインペンを使ってペン入れが行われていましたね。

小林いわく、白内障の影響で仕事に支障が出るようになったため、サインペンでペン入れをせざるを得なかったそうです。エッセイ漫画『目の玉日記』でも小林は、白内障が悪化した時期の自分はサインペンでペン入れをしていたと認めています。

当時の小林が自らの白内障を公表していた影響もあってか、ゴー宣ファンだったころの私は「小林先生は病に耐えながら仕事をしていたのか」と感銘を受けていました。

しかし鷲ヲさんのご指摘のように、現実の小林は40代のころからメインキャラの作画をしていない可能性が高い人間です。そうであるならば、サインペンでペン入れをした新ゴー宣の回でさえも、実は小林はペン入れに関わっていなかったという疑惑が生まれてしまいます。

小林は普段から漫画のペン入れを行っていない人間ですが、ゴー宣の作中では自分が仕事熱心な人間であるかのように演出して読者を欺き続けてきました。嘘つきの小林がスタッフたちに命令をして読者を騙すために仕組んだのが、あのサインペンによるペン入れの回の真相だったのかもしれません。

要するに小林は、「原作者が白内障を患いながら頑張ってペン入れをしている」という物語を宣伝することにより、自分は実際はペン入れをしていないという疑惑を隠そうとしたのでしょう。

事実、小林が仕組んだ悪だくみは物の見事に成功しました。小林が自分の病状を世間に公表していた影響もあり、新ゴー宣の読者たちはまんまと騙されてしまったのです。

当時の小林が、「自分は白内障を患っている」という事実と「作者としてペン入れをしている」という嘘を混ぜたことは、読者たちを騙すために絶妙な効果を発揮できたと言えるでしょう。

ゴー宣のファンだった当時の私もまた、小林の嘘に騙されていた人間の一人でした。小林先生、あなたは私たちをどこまで愚弄し続ければ気が済むのですか。

それにしても、小林の嘘つきっぷりは筋金入りのようです。何しろ小林は自分が白内障を患っていることさえも、「わしは病に耐えながら頑張ってペン入れをしている」という物語に作り変えて、読者を騙すための道具として利用していた人間なのですからね。