「包丁人味平」といえば

まずは皆様に謝罪申し上げます。

毎日たくさんの方々が愚行録ブログを閲覧してくださっているにも関わらず、更新頻度が落ちまくり、とても残念な気持ちにさせていることマジで心苦しく思っております。


しかし、言い訳するわけではありませんが、私自身がコバヨシに対して心の底から関心がなく、大林批評でしかコバの近況を見ておらず、もはや世間から見捨てられたような老害陰謀論者などどうでも良いじゃんという気持ちしかない為にこのようなことになっております。


だってさ、小林のボケときたら、大林批評の鋭いツッコミに対して完全に逃げ回っている状態であり、唯一反応していることとしては「わしは現役でシナリオを考えているし、筆ペンを使って執筆もしている」というあからさまな虚言を吐いているぐらいで、正直な話としてもうそこに関してはどうでもいいし、「本人が現役マンガ家として見られたいのなら、そういうことにしてあげようよ」という哀れみの気持ちになっているので、そっとしておいてあげてもいいんじゃないかなと私個人としては思っています。

大林批評から逃げている時点で、葉月蓮さんの件にしろ生長の家の件にしろ元ファンサイトの件にしろ、こちら側の指摘がすべて正しいことの証明と判断して良いでしょう。

それは違うというのなら、眷属である時浦やシンパでも良いから反論を試みてはいかがでしょうか。


まあ、小林は「文化を育てる宗教団体なら良しとする」という詭弁を弄してカルト集団を肯定すると公言したのですから、もはやマトモに一般社会に向き合うつもりはないのでしょう。


そんなわけで、ここでどのような手厳しい批評をしようとも、小林とそのシンパは逃げるだけしか手立てがないから、ひたすら耳を塞いで「聞こえないから無いのと同じ」というスタンスを取るという方針でいくようでもう追及する意味もないでしょう。


はっきり言って、ゴー宣道場のシンパなどオウム真理教や連合赤軍ほどの脅威もないカスみたいなカルトでありますので、別に公安の監視対象でもなく、放っておいたところで町の暴走族ほどの害もない変質者集団に過ぎません。

だから、特に警戒する必要もありませんから放置して構わないのではないかと思います。

そういうわけで、この辺りで愚行録も終了したいと思います。

ご愛読ありがとうございました。



と、終わらせたいのはヤマヤマなのですが、大林批評が毎日投稿されており、ブログ更新がないにも関わらず閲覧者数が安定しているのにここでブログを終了するのはあまりに無責任であると思いますので、とりあえず継続させていただきます。

しかし、ブログ更新はあまり期待しないでください。

だって、もうマジで俺はあのボケ爺に関心がないんスよ。いや、マジで。


《今日セブンイレブンで「包丁人味平」のコンビニコミックを見つけました。

「包丁人味平」といえば小林の「東大一直線」よりも前、ジャンプの草創期に載っていた漫画で、その後の料理漫画に多大な影響を与えた漫画です。

その時代にインパクトを与えた漫画は時を経ても蘇ったりするのです。それを見た若い世代にもウケたりするのです。

「東大」にしろ「おぼっちゃまくん」にしろ、復刻の声はどこからも上がりません。その世代の人だって「ああ、そんなのあったね」程度しか思っていません。

小林ていどで「ドラゴンボール」なんかにケチつけるのは、単なる嫉妬を通り越して、みっともないの一言です。

「包丁人味平」にすら敵わないのだから黙ってろよ。》(なおさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519819673.html


なおさんの投稿を読んでも、コバヨシについては何も思わず、「包丁人味平」に反応して、酔っ払ったチバユウスケが財布も持たずにコンビニに行き、お金がないから何も買えずいたところ、偶然コンビニで立ち読みしていたヒロトとマーシーに金を借りようと声をかけたら、「金は貸してやるから、とりあえずお前はこれを読みなさい」と『包丁人味平』のコンビニ本を買って貰ったというエピソードを思い出し、「この最高に面白い話をみんなに拡散したい」などと思う始末で、マジ本当にコバヨシなんてカスはどうでもいい。

https://x.com/applepopz/status/1889281692554416242?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A


https://www.instagram.com/reel/DM0ElzARgO3/?igsh=MTNrNmt1eWIxbHN2cw==

この記事へのコメント

大林わるのり
2026年03月03日 17:15
明日のライジング配信は熟読せよ!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45777
>今週配信のライジング、わしの原稿も、泉美木蘭さんの原稿も、そしてQ&Aまで、良い質問が集まったため、大変読み応えのある文章が揃ってしまいました。そこいらの論壇誌よりは、はるかに価値ある論考ばかりです。明日配信されたら、熟読してください。

3月2日に小林が書いたこのブログは、なぜかですます調の文章になっています。小林がですます調で文章を書いているのは、心の中でむしゃくしゃした気持ちを抱えているからです。ライジングの駄文でゴースト担当の時浦に批判させた「敵」こそが、今の小林が腹を立てている対象なのでしょう。

そして翌日(3月3日)に配信されたライジングは、今まで以上に常軌を逸した内容になっているようです。

劣化している場合じゃない!熟読せよ!小林よしのりライジング567配信!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45799
>そこいらの論壇誌より、はるかに価値ある論考ばかり!さあ熟読しよう!
>小林よしのりライジングVol.567配信です!
>今週号のタイトルは「未成年のスマホは禁止しろ」

>「思考の劣化」が言われるようになって何年も経つが、その傾向には歯止めがかからないばかりか、どんどん加速する一方のように見える。
>それが端的に表れた現象が、先の総選挙における高市自民党に圧勝だといえる。

>しかしこのような思考の劣化現象は日本だけに起きているのではない。世界的な現象なのである。
>そして、その元凶はスマホだ!!

>スウェーデンの精神科医・アンデシュ・ハンセンが書いた『スマホ脳』が世界的ベストセラーになってから6年。
>その間に、特に若者層におけるスマホの弊害はどんどん顕在化し、スマホが「ドーパミン中毒」を引き起こす、依存性の高いものであることも一般常識化してきた。

小林(或いは時浦)による「未成年のスマホは禁止しろ」という主張は、今の日本の現実を無視した暴論であり、誰がどう見ても正常な発想ではありません。現在の日本はあらゆる場面でスマホが普及しているため、未成年であってもスマホは生活のためになくてはならない道具となっています。

今の日本で未成年のスマホ使用が完全に禁止されたら、社会全体に悪い意味で影響が出るのは避けられないということを、小林(或いは時浦)は全く分かっていないようです。

そもそも小林が「未成年のスマホは禁止しろ」という狂気の意見を思いついたのは、彼なりの理由があります。小林は、総選挙で高市自民党が大勝して中道が惨敗したことを未だに悔しく思っているのです。

総選挙の結果に納得できない小林は、高市自民党を支持した有権者は若年層が多いと思い込んでしまい、最近の若者を一方的に憎むようになりました。「高市自民党の支持者は若者が多い=だから最近の若者は馬鹿だ」という思い込みの後で、小林はさらに連想をしたのでしょう。

その結果、小林は次のような妄想を抱いてしまったようです。
「若者が馬鹿になったのは、未成年のころからスマホを使っているせいだ=そうであるならば、未成年のスマホ使用を禁止しろ」

総選挙の結果に対する負け惜しみの延長とはいえ、小林の発想は明らかに非論理的で現実味がありません。やはり小林は例の病による頭脳の衰えのせいで、言論人としても人間としても正常な思考ができなくなっているようです。

しかしながら、狂気に陥った小林の意見に対し、ブレーンの時浦はいつものごとく盲目的に賛同をしてしまったのでしょう。時浦は師匠のイエスマンであり続けているため、ブレーンとして小林の言説に対するチェックが全くできていません。

だから、今回のライジングは時浦がゴーストを担当しているのでしょうけど、「未成年のスマホは禁止しろ」という暴論自体は小林の意向を反映している可能性が高いと見るべきです。

現在の小林の頭脳の状態では、もはや言論人の仕事が務まるようには見えません。しかも時浦は、狂気に陥った小林の思いつきに対してひたすら追従を続けています。周囲の人たちは小林に対して、言論人の仕事から今すぐ身を退くよう諫言するべきでしょう。
大林わるのり
2026年02月16日 22:17
わしは男系固執・男尊女卑を否定する老人だから、若者とは意見が合わん!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45388

高市首相への属性差別をやめない小林が、自分のことを「「男系固執」「男尊女卑」は否定する老人」と称しているのは、出来の悪いギャグにしか見えません。小林が高市首相への属性差別にこだわるようになったのは、山尾志桜里に対する反発の感情が根底にあります。

小林が言っている「「女の属性を批判するな、政策を批判しろ」といういい子ちゃんぶった意見」とは、山尾の主張を指しているのでしょう。やはり小林は、ゴー宣道場で山尾に反論できなかった恨みを今も引きずっているようです。

小林はブログの中でこれでもかと表現を変えながら、高市首相への属性差別的な罵倒を書きなぐっています。小林のこれらの文章は言葉づかいは違っているものの、どれも言いたいことは共通しています。

それは、高市首相の「女の属性」を有権者たちが支持したせいで自民党が勝ってしまったという主張です。自民党が総選挙で大勝したのは様々な要因が絡み合っていますが、どうやら小林は「高市早苗は女性首相だから有権者に支持された」という理由しか思い浮かばないようです。

おそらく小林は、高市自民党の大勝と中道改革連合の大敗という総選挙の結果が悔しくてたまらないのでしょう。小林が総選挙の結果に激怒しているのは、ギャンブラーとしての自分の賭けが外れてしまったことに対する悔しさの気持ちが影響しています。

自分のことを優秀な予言者であると思いたがっている小林からすれば、「中道による政権交代が起きる」という予測が外れたことは相当なショックだったのでしょう。

高市自民党が総選挙で勝った理由を小林があれやこれやと分析しているのは、自分が応援した中道改革連合が惨敗したことに対する負け惜しみにしか見えません。

しかし悲しいことに、最近の小林は評論家のくせに相当な政治音痴となっています。今の小林は、ブレーンの時浦が情報収集をしてくれないと言論ができない非力な人間となっている上に、各党の政策に対してもろくに興味を持っていない無知な人間となっています。

小林は政策の知識が皆無なくせに、高市首相を属性差別したいという執念だけは持ち続けている人間です。だから小林は、「高市早苗は女性首相だから有権者に支持された」という分析しかできないわけです。

小林が、「高市に関しては「政策」は一切関係ない!「女の属性」だけでウルトラ勝利してしまった」と言っているのはそういうことです。「「政策」は一切関係ない」と小林が言っているのは、「わしは政策のことは知らないし興味がない」と白状しているようなものです。

しかも小林は中道が敗北した恨みのせいで、高市自民党を支持した有権者たちのことを憎んでいます。高市自民党を支持した有権者は若年層が多いと思い込んだ小林は、若者への罵倒を繰り返す有様となっているようです。

小林は、「若者とは意見が合わん。わしは若者の意見に迎合する気は全くない!」と強がりを言っています。「中道による政権交代が起きる」と予測して勝ち馬に乗ろうとした小林がこういう台詞を吐いてしまうのは、どう見ても惨めな負け惜しみでしかありません。

2月9日のブログで「負け惜しみを言っても仕方がない」と書いていた小林は、今では総選挙の結果への負け惜しみばかり言う有様となっています。

男尊女卑を捨てられる女性首相が誕生すれば、日本が甦える
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45252
>負け惜しみを言っても仕方がない。

「負け惜しみを言っても仕方がない」という小林の言葉は、見事なまでの伏線回収となってしまったようですね。
大林わるのり
2026年02月09日 21:34
男尊女卑を捨てられる女性首相が誕生すれば、日本が甦える
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45252

今回の総選挙の結果を受けて、小林よしのりは「負け惜しみを言っても仕方がない」と言っています。しかし、今の小林が何を言ったところで、負け惜しみとして受け止められるのは仕方がありません。なぜなら小林は、中道改革連合による政権交代が起きると予測していた人間だからです。

高市自民党の勝利を予測できなかった小林が、総選挙の後になって「高市早苗は最強」「一人のスターがいれば、民主主義の結果は総取り」「ヒトラーがそうだった」と語っているのは後付けによる弁解にしか見えません。

小林は床屋談義レベルの政治分析しか語れない上に、自らの願望をそのまま「予測」として語ってしまう人間です。小林の政治分析がお粗末なものであることは、次の発言からも分かります。

「民主主義の必然は、ポピュリズムが原因で崩れることだ。今回は、男尊女卑の女だからスターになれた。野党には、男女公平の女のスターが出たら、高市自民党と戦える」

小林は総選挙での高市首相の人気を、「ポピュリズムが原因」「男尊女卑の女だからスターになれた」と分析しています。その上、小林は「男尊女卑」とともに「男女公平」の単語を使って、善悪二元論的な世界観を作っています。

しかし一般人からすれば、小林が書いている文章は読んでいても意味が分からないでしょう。なぜなら小林は何の根拠もなく、「(高市首相は)男尊女卑の女だからスターになれた」、「野党には、男女公平の女のスターが出たら、高市自民党と戦える」と一方的に断定しているからです。

小林のブログ記事では「男尊女卑」と「男女公平」の単語が使われていますが、それは一体何を意味しているのかが読者に対して説明できていません。しかも小林の文章では、男尊女卑的な価値観とポピュリズムがどう結びついているのかに対する説明も行われていません。

それどころか、与党のリーダーが「男尊女卑の女のスター」であるならば、野党は「男女公平の女のスター」をリーダーとして育てて対決しろという小林の発想も馬鹿げています。「女のスター」がどうのと言っている時点で、小林は女性政治家の良し悪しを女の属性で評価している人間であることが分かります。

つまり、小林は女性への属性差別を平気で行う人間であるということです。おそらく小林は、高市首相のことを「女という性別が支持されて人気者になれた」とでも考えているのでしょう。

そうであるならば、小林が文中で使っている単語は自己流の解釈で成り立っていることが分かります。小林の言う「男尊女卑の女」の単語は「男社会に媚びる女」という意味であり、「ポピュリズム」の単語は「女性の政治家であるならば有権者が『女性性』で支持してくれる」という意味になります。

なるほど、小林が「女のスター」の野党政治家が出てくることを期待したことも納得がいきます。山尾志桜里を「女のスター」として崇めて推し活に励んでいたころから、小林は何も成長できていなかったようですね。

今の小林が言論人として問題があるのは、政治分析の内容がめちゃくちゃであるだけではなく、文章の内容自体も支離滅裂なものになっているということです。一般人の視点で小林の駄文を読んだのであれば、「あなたは一体何が言いたいんだ?」と突っ込みたくなるでしょう。

小林の文章が意味不明になっている原因は、言論人としての劣化や思考力の衰えといった背景もあるでしょう。それだけではなく、今の小林が一般人に対して分かりやすい形で言葉を伝えようとせず、シンパたちだけを相手にして文章を書いていることも原因になっていると言えます。

例えば、小林は「男尊女卑」と「男女公平」の単語を、自分流の解釈で使っています。それにも関わらず一般人と違ってシンパたちは、小林流の「男尊女卑」と「男女公平」の単語の意味をなぜか理解できています。

何ということはありません。小林が言っている「男尊女卑」とは男系天皇支持のことであり、「男女公平」とは女系天皇支持・愛子天皇容認のことであったというわけです。

なぜなら小林は、「愛子天皇の誕生は男尊女卑の打破と女性の地位向上につながる」と考えている人間だからです。それが証拠に小林は文章の最後の方で、「我々は愛子天皇を目指して、明るく戦うのみ」と書いています。

結局小林は、「愛子天皇の実現は正しい」という硬直したイデオロギーありきでしか政治を分析することができなくなっています。小林による政治分析が意味不明なものになってしまったのは、狂信的な愛子天皇待望論に固執して評論家としての目が曇ってしまったことも原因の一つと言えます。

今日のブログ記事を読んで分かったことは、小林の言論人としての劣化は末期症状を迎えているということです。そもそも一般人に自然な形で意味が伝わる文章を書くことさえもできない時点で、今の小林には言論人を名乗る資格はありません。
ごんべ
2026年02月08日 23:35
中道ボロ負け確定ですね
大林さんの言うように「雪で選挙は無効だ!」なんて
小学校低学年な発想をコメントにしちゃう今のイボりんは
どうするんでしょう

まさか90年の衆院選で惨敗して
「フリーメイソンが投票箱に特殊装置を仕掛けて不正行為をした」
とトンチンカンな陰謀論を主張した麻原尊師みたいに
言い訳にすらなってない負け惜しみを言う気なんでしょうか

いくらなんでもそこまで落ちてるのはないだろって気もありますけど
今のイボりんは心身ともにかなりヤバい状態ですしね…
大林わるのり
2026年02月07日 21:43
今日のチェブラジは中止します
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45213
>明日は大雪の中の投票になるから、今回の選挙は無効だな。

今日の小林は変なことを言っています。「明日は大雪の中の投票になるから、今回の選挙は無効だな」という小林の屁理屈はさすがに馬鹿げています。

要するに小林は、「投票日に大雪が降ったから」という理由で総選挙自体が無効になって欲しいと幼稚な願望を言っているわけです。何ということはありません。小林は、高市自民党の勝利と中道改革連合の敗北という総選挙の結果を受け入れるのが嫌だと駄々をこねているだけです。

ゴー宣の元ファンだった私は、幼稚な駄々っ子と化した今の小林には違和感を感じてしまいます。老年期を迎えた現在の小林の言動は、どう見ても大人らしさが微塵も感じられません。

そもそもオウム事件以降に小林が読者たちに訴えていたのは、「大人になれ」「大人にふさわしい生き方をしろ」というメッセージであったはずです。当時の宮台真司は小林のことを「大人になれ」派と批判していました。

「社会が悪い」と言って現実逃避をしていたオウムの信者たちや、社会人として世の中で揉まれることを拒んだ薬害エイズ運動の学生たちを批判していたからこそ、「大人になれ」という小林のメッセージは説得力がありました。

盲導犬の犬権がどうのと描いていた新ゴー宣の回で小林は、「大人も教師もガキ」「ガキがガキを育てる」と言っていました。保守化していった小林が「大人になれ」というメッセージを読者に訴えていたことは、『戦争論』での「パブリックマインドを持て」というメッセージに説得力を持たせることにつながりました。

果たして今の小林は、かつてのゴー宣の「大人になれ」というメッセージの通りの生き方ができているでしょうか。私からすれば、小林の生き方はそのようには見えません。

現在の小林に対して、私はこう言いたくなります。
「昔の小林先生は、読者に対して『大人になれ』と訴えていたはずだ。今のあなたが言ったりやったりしていることは、かつてのゴー宣のメッセージに対する裏切り行為ではないか」と。

しかし、小林がゴー宣で訴えていた「大人になれ」というメッセージは、最初から口先だけだったのでしょう。そもそも小林の生き方や人間性は、大人にふさわしいものとは似ても似つかないものでした。

なぜなら小林は大人のくせに幼児的な全能感を捨てられない人間であり、何事も自分の思い通りにならないと気が済まない性格をしているからです。自分に都合の悪い現実を何度も突きつけられても、反省をせずに自己逃避を繰り返すことによって、小林は幼児的な全能感を守り続けてきました。

現実から逃げて幼児的な全能感を守る生き方を続けてきた結果、小林は年相応の成熟した年の取り方ができませんでした。それが証拠に脳出血で倒れた後の小林は、自らの病と向かい合うことをかたくなに拒み続けており、療養や終活に真面目に取り組む様子はありません。

現実を受け入れようとせずに駄々をこねている小林の姿は、年の取り方に失敗した惨めなコドモ老人そのものであり、人として反面教師であると言えるでしょうね。
なお
2026年02月03日 19:26
このチバユウスケのエピソードは2025年ですか。私が見たコンビニ本の奥付けを見ると2026年1月初版となってて、つまり、また再発行されてるんですね。それだけ人気が高いのでしょう。小林のスタッフは「おぼっちゃまくん」をコンビニで再発行しようとか思わないんでしょうか。
まあ、本にそこまで魅力がないからどこからも声がかからないのかも知れませんが。それにしても、もうちょっと経営努力とかしてみたらいいのに。