高市早苗は夫のために料理なんかするな。
新年一発目のイベントを盛り上げたい為なのか、コバヨシが「男尊女卑あきまへんでキャンペーン」を展開しています。
しかし、そのキャンペーンブログから滲み出る属性差別(女性蔑視感情)は如何ともし難いものがあります。
高市早苗は夫のために料理なんかするな。 | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
《総合Pに言わせると、ちゃんみなみたいに嫌われなきゃ面白くないと言っています。
高市早苗のポストでは、首相の仕事がありながら、いちいち夫のために料理を作って、何をやってるんだと怒っています。
わしにもその炎上しているポストを送ってきましたが、なるほど、障害者か何か知らんが、夫のために料理をして、良妻賢母を気どっています。
首相なら家政婦くらい雇うか、夫が自分の食事くらい作れよと言いたくなります。
わしの妻が料理を作るのは、べつに良妻賢母だからじゃなくて、確かに「男子、厨房に入らず」の古い家柄に育ったという理由もありますが、真相を言うと、単に効率優先の役割分担なだけです。わしには一分一秒の無駄もなく、創作に時間を費やさせた方が、カネが稼げるからです。》
《その方が「よしりん企画」としても収益を上げるには効率がいい、だから妻が血圧を下げるための料理を作っているだけです。
高市早苗のように妻が首相なんて大役をやって、忙しいのならば、わしは自分のめしくらい作りますよ。》
コバのミソジニー全開のブログ記事ですが、当の本人は自分のミソジニーっぷりにまったく気づいちゃいません。
いちいち一つ一つツッコミを入れるのも面倒なぐらいブログ記事の全文が女性蔑視で渋滞しています。
最初に指摘するのは女性蔑視についてではありませんが、気になったので指摘させていただきます。
総合Pもん子が「ちゃんみなみたいに嫌われなきゃ面白くない」と言い、コバも同調しているようですが、ちゃんみなは別に嫌われ者ではありません。
もしテレビ番組などでそのように紹介されていたとしてもそりゃメディア戦略の一環であり演出の一つでしょう。マジモンの嫌われ者ならば、NHK紅白歌合戦の出演者に選ばれるわけがないでしょう。
大晦日の家族団欒の時間を凍りつかせたのでNHK出禁とかいうネタをマジで信じちゃっているのだとしたら、そりゃああらゆる陰謀論やフェイクニュースやネットのデマにもまんまと騙され続けるわけですわな。
さて、それではコバのミソジニー発言を取り上げてみましょうか。
高市首相がXで正月の首相動静として「午後は、ようやく荷解きに着手しましたが、途中でダンナさんの食事の仕度や食器洗いなどもあり」「今もダンナさんが空腹に耐えている様子なので、これから遅めの朝昼兼ねた食事の仕度をします」と投稿したことについて左翼界隈の一部が難癖をつけていましたが、それを目にした総合Pもん子が高市叩きに使えるとばかりにコバに耳打ちしたようです。
https://x.com/takaichi_sanae/status/2007706937216118968?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A
コバは嬉々としてそれに乗っかり、「障害者か何か知らんが、夫のために料理をして、良妻賢母を気どっています」と「ですます調」で批判していますが、なんでそれをお前が言えるんだ案件でしかありません。
まず大前提の知識として、高市早苗の夫である山本拓は調理師免許を持っており、プロポーズの言葉は「調理師免許を持っているので、一生おいしいものを食べさせる」であったそうです。
そして、台所は僕の城なので入らないでと言って、食事当番は彼の役目であったのですが、右半身が麻痺するという障害により、自分の役割を果たせなくなってしまったのです。
それは別に隠された美談なんてものではなく、公然の事実であるわけで、それを踏まえた上での高市のポストがあるわけです。
そのことについて私は別に美談として涙するわけではありませんが、まともな神経をしていたら「障害者か何か知らんが、夫のために料理をして」とか「夫が自分の食事くらい作れよと言いたくなります」などという発言は出来ません。
鬼畜というか、普通に人間のクズであり、ゲロ以下の匂いがプンプンします。
政治家が自身のイメージアップの為に利用出来るものは何でも利用するのは当たり前のことであり、有権者はそれを見抜いていかねばならないのは当然ですが、そこから一気に飛躍して露悪的に「障害者か何か知らんが」などと公言する奴は平たく言ってカスでしょう。
コバは認知症になる前から妻に家事全般を押しつけていることを自慢気に語り続けてきました。
「なんでそれが自慢になるんだ?」といぶかしがる人多数でしょうが、そこはサスガ昭和の九州男児の気風で、妻を家政婦のように扱う夫こそが男らしくてカッコイイという認識があり、その認識は世界共通だと信じているので、それを未だに自慢しているわけです。
「いっや〜、俺って仕事一筋人間だからさぁ、家のことは嫁に全部任せっきりなもんでさぁ、だから俺、家の中でどこになにがあるのかも分かんないんだよね〜。だから嫁には頭上がらないっすわ。マジ感謝」とか謙遜を装う感じが男らしくてカッコイイ的文化がコバヨシを支えているわけです。
そんなコバがどの口でヤマタクを馬鹿にしてやがるのでしょうか。
自分のことを棚に上げすぎでしょう。
コバはその言い訳として、「効率優先の役割分担なだけで、わしが創作に時間を費やした方が稼ぎになる」からと、妻に家事全般をやらせているのだとしていますが、いやいやそもそもお前は既に「よしりん企画」のお荷物でしかなく、創作には一切関わっていないやんけ!
更にコバは「高市早苗のように妻が首相なんて大役をやって、忙しいのならば、わしは自分のめしくらい作りますよ」と言って、自分の妻をこき下ろしてみせるのですから、コバのミソジニーはあまりに病的なレベルです。まさに脳髄まで達したミソジニーと言えるでしょう。
コバの妻は「よしりん企画」の経理を担当しており、決して専業主婦ではありません。
にも関わらず、妻の仕事(経理)を軽視し、大した働きはないから家事をやらせていると言わんばかりに、「大役をやって忙しいのならば、わしは自分のめしくらい作りますよ」と言い放っているのです。
もはやコバの妻は奴隷と同じ扱いと言って差し支えないでしょう。
そういやコバは「妻のことは女として見られない」などとも裏で言っており、だから外で性欲を発散させるしかないなどと嘯いている奴でした。
おそらくはコバ妻もそこは割り切っているのでしょうし、九州女として「旦那を立てる健気な嫁」こそが理想の女性像としてあるのかもしれません。驚きだよ、悲しいことだよ。
さて、コバの属性差別キャンペーンは新年早々からずっと続いており、それにツッコミを入れるとなるとまだまだ長くなりますので、幾つかに分割して取り上げていきたいと思います。
今回は「コバ属性差別シリーズ2026」の第1回ということで、コバが属性差別を続ける限りシリーズ化してゆくことになるでしょう。
では、大林批評もコバの属性差別を指摘した内容のものをチョイスして紹介します。
《またしても小林よしのりは、高市首相への属性差別を露わにした駄文を書きなぐったようです。しかも、小林がむしゃくしゃした気持ちでブログ記事を書いたであろうことは、文章がですます調になっていることからも想像がつきます。
高市氏が首相になってからも夫の食事を作っていることに対し、小林は「女の属性から滲み出る公私混同の器の小ささ」とまで言い切っています。
小林が書いた文章は言葉に悪意が満ちており、いつも以上に高市首相への属性差別をむき出しにしています。山尾志桜里氏に対する恨みの影響とはいえ、小林が高市首相を「女性」という属性を理由にここまで憎むのはさすがに人としてどうかしています。
それ以外にも、小林の文章には他にも人間性を疑うような言葉が書かれていました。
高市首相の夫である山本拓氏は、脳梗塞で倒れてからは右半身不随に苦しんでいます。あろうことか小林は、山本氏を「障害者か何か知らんが」呼ばわりした上に、「夫が自分の食事くらい作れよ」とまで言いました。障害者への差別を平気で行うとは、小林の人間性の醜悪さには反吐が出ます。
一方で小林は、妻のことを「男子厨房に入らずの古い家柄に育った」と紹介し、妻が自分の料理を作っていることを「効率優先の役割分担」と言って正当化しています。
小林は本音では、「わしの男尊女卑は良い男尊女卑、わしの亭主関白は良い亭主関白」とでも思っているのでしょう。とはいえ、自分の亭主関白を正当化するために、妻の育ちや「役割分担」を言い訳にするとは小林のやり方は実に姑息です。
また、カラオケ三昧の生活を送って仕事に不熱心なくせに、「わしは漫画奴隷として働かせられてる」「創作活動に集中させられている」と小林が嘘をついていることも人として姑息です。
小林は「妻が血圧を下げるための料理を作っている」と言って、妻が良妻であるかのごとく強調しています。しかしながら、退院後の小林の血圧が下がったのは降圧剤が効いているおかげです。
それにしても、今回の小林のブログ記事の内容のひどさは異常であり、どこをどう突っ込めばいいのかさえも迷ってしまいます。感情に任せて悪意に満ちた駄文を書きなぐった小林に対しては、「人間はここまで心が醜くなることができるのか」としか言いようがありません。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/519626577.html
どうしてコバヨシはここまで女性嫌悪をこじらせてしまったのか。
その理由は幼少期から少年期にまで遡って考察しなければならないのかもしれません。
コバヨシは自身の父親については社会問題などに関心がある知性のある人物であり尊敬出来る一面もあるとして描いている一方、母親に関しては享楽的で実子に対してさえ酷薄で社会問題に一切関心のない愚鈍な馬鹿女として描いてきました。
母親と妹に対する感情がコバヨシのミソジニーを育てたと言って良いのではないでしょうか。
そのあたりのことについても今後は深掘りしていこうと思います。
この記事へのコメント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45294
>おはよう。円安ホクホクやなー。株高円安ホクホクやでー。消費税?なんかいじわるやなー。暗いこと言わんどいて。円安やで、ホクホクやんか。いじわるやなー。せっかくホクホクなんやで。裏金議員?そんなことよりホクホクやんか。そんなことよりあんなことやろ?中道崩壊なんやで。いじわる言わんといて。裏金議員、ぜんぶ通したやんか。統一協会?いじわる言わんといて。そんなことよりこんなこともあんなこともホクホクやんか。そんなことより白紙委任やろ?私を選んだんやろ?ホクホクやんか。高市は女やろ?女にいじわる言わんといて。せっかく白紙委任でホクホクなんやで。いじわるやなー。
小林は相変わらず、高市首相のことを馬鹿にするポエムをブログで書いています。ギャグ漫画家としての才能が枯れてしまった今の小林は、自分が書いた低俗な内容のポエムを一流のユーモアと思い込んで気持ち良くなっているのでしょう。
小林が書いた品性下劣なポエムの中には、「高市は女やろ?女にいじわる言わんといて」という文章があります。この文章からは、小林のゲスい本性が読みとれてしまいます。
「高市は女やろ?」の言葉は、「高市首相は女だから何をやっても守られている」という決めつけを利用した揶揄であり、明らかに属性差別的な罵倒です。
また、「女にいじわる言わんといて」の言葉は、「高市早苗という女に意地悪な罵倒(人格攻撃)をするのは、立派な権力批判だ」と言っているようにも読めてしまいます。
そもそも相手が女性だからという理由で属性差別をすることと、高市氏の首相としての政治姿勢を批判することは全くの別物です。当然ながら首相の政治姿勢に対して批判を行うことと、特定の相手に人格攻撃をして罵倒することは全く別物です。
そういえば小林は言論人として論争をしている最中に、議論の論点を無視した人格攻撃を相手に行うことがたびたびありました。もしかすると小林は時浦と同じく、議論と人格攻撃の区別がついていない人なのかもしれません。
議論と人格攻撃の区別さえもできないようでは、小林は言論人としての資質が疑われても仕方がありません。現在の小林は言論人としては終わっています。それどころか高市首相への属性差別を未だにやめようとしていない時点で、小林は人間としても終わっていると言わざるを得ません。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45237
>朝起きたら積雪だ。今日は投開票の日、雪国は投票どころじゃないだろう。この時期の選挙じゃ予想通りだ。
今日の小林よしのりは、投票日に雪が降ったことは「予想通り」とブログで書いています。とはいえ小林が達観した態度を演じているのは、どう見ても強がりでしかありません。
昨日(2月7日)のブログで小林は、「明日は大雪の中の投票になるから、今回の選挙は無効だな」と言っていました。昨日の小林は、総選挙の結果を受け入れるのは嫌だから選挙自体が無効になってほしいと駄々をこねていたわけです。
>わしは高市早苗を否認するために期日前投票を済ませた。
今回の総選挙で、小林が(2月5日に)期日前投票に行った理由は「高市早苗を否認するため」だそうです。一方で2月5日のブログで小林は、某政党に投票した理由は「愛子さま立太子に協力している政党」だからで、「他の政策はもうどうでもいい」と書いています。
小林が投票をした理由は、「高市早苗を否認するため」なのか「愛子さま立太子に協力している政党」だからか、どれが本当なのでしょうか。おそらく小林は両方の理由を優先しているのでしょうけど、「他の政策はもうどうでもいい」と平気で言っているのはさすがに評論家として失格でしょう。
ちなみに小林は、2月6日のブログでは「高市早苗どころじゃないんだよな、本当は」とも言っています。「高市早苗どころじゃないんだよな、本当は」と小林が思っているのなら、「高市早苗を否認するため」という理由は無意味になってしまいます。
これらの言葉を見れば分かりますが、最近の小林は言っていることが日によってコロコロ変わっています。
おそらく小林は、総選挙が「高市自民党の勝利、中道の敗北」という結果になりそうでショックを受けており、動揺を隠すために必死になっているのでしょう。
「わしは精神的に負けていない」と強がりたい小林は、高市首相への属性差別ポエムをブログで書きなぐることしかできなかったようです。
>「女だから」という理由で支持率を上げる馬鹿どもと徹底的に戦わねばならない。女だから、愛子天皇を阻止する男系主義・男尊女卑を維持していい?女だから、円安賛美で、赤字国債に頼る経済でいい?女だから、台湾有事で戦争をしてもいい?女だから、白紙委任選挙をしてもいい?女だから、統一協会と裏金議員を容認してもいい?この「女だから亡国病」と戦う覚悟こそが、日本人の誇りだ!貫け!日本人の誇り。
小林は高市首相に対して、「女だから」という言葉を使ってこれでもかと罵倒をしています。しかも小林は「女だから亡国病」という奇妙な造語を生み出し、高市首相への属性差別は「日本人の誇り」を貫くために必要な行為であると正当化しています。
それにしても小林の論法は悪質です。なぜなら小林は、高市首相の政治姿勢に対する批判と、女性という属性に対する差別を混ぜることによって、「わしは権力と戦う真の愛国者」とアピールするやり方を行っているからです。
小林が、高市首相を批判するためにわざわざ「女だから」という言葉を何度も使っているのは、「高市早苗は女という性別だから嫌いだ」と言っているのと同じです。
今日の小林が高市首相への属性差別ポエムを思いついた理由は、総選挙の結果が自分の思い通りにならないことの悔しさと、「わしは精神的に負けていない」という強がりが動機になっているのでしょうね。そうであるならば、小林は人としてあまりにも下劣でみっともないではありませんか。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45169
>上野千鶴子が高市早苗のことを「女装した家父長制」と表現したら、倉田真由美が「フェミニストの大家が女性を貶める」と反発した。見当違いも甚だしい。上野千鶴子は正しいことを言っている!
高市早苗首相に対する属性差別をやめようとしない小林は、今度は上野千鶴子へのすり寄りを始めました。
小林による高市首相への属性差別は、高市氏を男尊女卑の因習の象徴として叩く一方で、自分をフェミニストで女性の味方として演出するという善悪二元論的なやり方で成り立っています。
小林からすれば、高市首相を「古臭い男社会に媚びる女」「男尊女卑の因習を守る女の敵」として叩くために、フェミニズムの理論をかじっておく必要があります。だから小林は今ごろになって、フェミニズム学者の言説を利用し始めたというわけなのでしょう。
昨年(2025年)12月の朝日新聞で、佐藤文香が「ジェンダーの囮」論で高市首相を批判したことに対し、小林がブログで賛同したのもそういうことです。
ジェンダーの囮
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44171
さらに、小林が上野千鶴子にすり寄ったのはもう一つの意図もあります。上野が『愛子天皇論3』を読んで感想文まで書いてくれたのが嬉しかったから、小林は彼女にすり寄ったのでしょう。
上野千鶴子氏に『愛子天皇論3』をお送りしたら…
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/12605
確かに上野の言い方は、高市首相に対する属性差別として批判されても仕方がありません。
なぜなら上野は、「女性であるならば家父長制を否定するべきだ」という価値観を一方的に当てはめた上で、高市首相を批評しているからです。上野の論法は、蓮舫が高市首相に対して「女性総理だから」という理由で多様性重視の政治を勝手に期待したこととも似ています。
また、上野が「女装した」という表現を使っていることは、高市首相が「女性」という属性であることを馬鹿にしているようにも読めてしまいます。
高市首相への属性差別をやめようとしない小林が、上野千鶴子による「女装した家父長制」という表現に飛びついたのもある意味で納得です。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45085
おそらく今日の小林よしのりとちぇぶは、デートの最中に高市首相の悪口で盛り上がっていたのでしょう。小林によると、「総合Pちぇぶが高市早苗を相当嫌っている」そうです。
もしかするとちぇぶは、高市首相に対して「私と同じ女のくせに、あいつは出世して目立ちやがって」というルサンチマンの感情を抱いている可能性があるのかもしれません。ちぇぶも小林と同じく、高市首相が「女性」という属性であることに対して憎しみを持っているのでしょう。
何しろちぇぶも小林と同じく、高市首相に対して属性差別的なレッテルを貼っています。ちぇぶは高市首相のことを「男尊女卑を永続させる卑怯な女」と言っていますが、これは「高市早苗は男社会に媚びて男尊女卑を永続させている」という意味に読めてしまいます。
小林が高市首相に対する属性差別にこだわっているのは、受け狙いのための逆張りと山尾志桜里氏に対する逆恨みが動機となっています。それだけではなく、ちぇぶが高市首相を生理的に嫌悪していることも、小林に何かしらの影響を与えているのかもしれません。
昔から小林はブレーンの影響を受けやすい人間ですが、彼が高市首相を異常なまでに憎悪するようになったのは側近のちぇぶの影響もありそうです。
小林は、ちぇぶの感想を紹介するという形で高市首相の悪口をブログに書いています。このブログに書かれた2人の会話は、小林が(反高市の)穏健派、ちぇぶが(反高市の)急進派という役に当てはまっています。
もしかすると小林は、高市首相への属性差別をDOJOウォッチャーから批判されていることを気にしているのかもしれません。だから、小林は自分を穏健派のようにブログで演出しているのでしょう。
「高市早苗のテレビ討論会ドタキャン事件に関しても、「リウマチの症状が出て痛くて日曜討論を欠席した、というだけなら私も仕方がないと思う。でも、そのあとに三重県いって、有権者と「握手」してるのはおかしい。どんなに薬で押さえ込んだとしても。嘘だな。」そう言っている」
「ちぇぶは、ネトウヨと推し活ファンに対する批判がとことん手厳しい」
「わしが「男尊女卑の世間に迎合して首相に上り詰めるには、相応の苦労があったんじゃないか?」と少しでも同情的に言おうものなら、罵詈雑言の言葉の絨毯爆撃が始まるから。わしは「むーーーんな気持ちはおセンチ」でやり過ごす」
小林は、「(ちぇぶによる)罵詈雑言の言葉の絨毯爆撃が始まるから」「わしは「むーーーんな気持ちはおセンチ」でやり過ごす」と言って、自分がちぇぶの尻に敷かれているかのように言い訳しています。
しかし、小林ブログで紹介されているちぇぶの言葉は、普段の小林が言っている意見とほぼ一致していると見ていいでしょう。
高市首相が日曜討論を欠席した件で、小林がブログに自分の意見を書かず、ちぇぶの意見を紹介しているのはおそらく裏の意図があるのでしょう。
この件で小林が高市早苗氏を仮病扱いして罵倒したら、過去に安倍首相を中傷した時と同じく難病揶揄としてネット上で炎上する可能性もあり得ます。だから、「高市首相が日曜討論を欠席したことを罵ったのは、わしではなくちぇぶなんだ」と小林は言い訳したいのでしょう。
小林がやっていることを例えるならば、ヤクザの組長が「子分が勝手に鉄砲玉になって暴走してしまった。親分のわしは指示を出しておらんぞ」と言い訳しているようなものです。小林は実に姑息な人間です。
小林がちぇぶの意見をブログに紹介したことからは、以下のような言い訳が読みとれてしまいます。
「高市早苗は男に媚びて男尊女卑を永続させる人間であり、女性の敵だ。だから、わしが高市に対して属性差別を行うことは正当な権力批判だ」
「見ろ、高市早苗は一般人の女性からは嫌われているぞ。なぜなら、わしの側近である女帝ちぇぶが反高市だからだ。女性に嫌われている高市早苗のことを、『女性』という属性で罵って何が悪い」
「わしが高市早苗を属性差別的な口調で罵倒しているのは、女性差別が動機ではない。そもそもわしは女性差別者ではなく、普段からレディーファーストを貫く人間なんだ。その証拠は、わしがちぇぶという強い女の尻に敷かれていることだ」
結局、小林は普段の自分による高市首相への属性差別を正当化するために、わざわざちぇぶの意見を借りたのでしょうね。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44693
>「女性」という属性があるからこそ、高市早苗の支持率が高く、ネトウヨは「男系固執」の高市早苗を支持しているのに、「女性の属性で批判すべからず」という悪しき風潮を作ってしまった。「属性を批判するな」と言った連中は、すべて敵だ。
高市首相への属性差別をやめようとしない小林は、とんでもない居直り発言をするに至ったようです。何しろ小林は、「「属性を批判するな」と言った連中は、すべて敵だ」とまで言い切っていますからね。
小林は、高市首相の支持率が高い理由を「「女性」という属性があるからこそ」と分析していす。首相の高支持率の理由は「女性首相だから」以外の要因も少なからずあるはずですが、小林が「「女性」という属性があるからこそ」という観点にこだわっているのは明らかに属性差別です。
おそらく小林は、「高市首相は「女性」という属性のおかげで支持率が高い。だから首相を「女性」の属性で罵倒することは当然許されるはずだ」とでも考えているのでしょう。
小林の論法は、首相を「女性」という属性で罵倒することを、巨悪を批判して権力をチェックするための言論のように装って正当化するものです。高市首相を「女性である」という属性で差別することは、権力に対する批判や政治姿勢に対する批判とは全く別物です。
女性蔑視の感情に基づいて高市首相への差別発言を繰り返していることを、立派な言論活動であるかのように装っている小林のやり方は実に悪質です。
また、小林は「「女性の属性で批判すべからず」という悪しき風潮」とも言っています。小林のこの主張は、高市首相への属性差別を批判している山尾志桜里に対する反論でしょう。
しかし、小林のこの理屈には問題があります。なぜなら小林は、「高市首相を『女性』という属性で差別をするのは良くない」という内容を、「高市首相という権力者がやっていることを批判するな」という内容に曲解して批判しているからです。
小林が高市首相に対する属性差別をやめようとしないのは、やはり山尾に対する恨みの感情が原因なのでしょう。ゴー宣DOJOのイベントに招いた山尾に反論できなかったことは、小林からすればさぞ悔しかったのでしょうね。
また、DOJOのイベントで山尾は論客として生き生きしていたのに、自分は頭脳の衰えのせいで置物化してしまったということも、小林にとっては屈辱だったのでしょう。論客としての自身の衰えを直視することを嫌がった小林は、この件で山尾に対して嫉妬心を持ってしまったのかもしれません。
小林が高市首相への属性差別を繰り返しているのは、権力に対する建設的な批判として評価できるものではありません。言論人としての小林は、歪んだ感情に基づいて社会派気取りの言論ごっこを行い、敵と決めつけた相手には平気で誹謗中傷を行うというやり方を昔から行ってきました。
そういったソフィストとしての言論もどきを、巨悪や権力との戦いのように装って正当化してきたのが小林の言論活動の正体です。しかも、小林には「強いものに吠えているわしが好き」というナルシシズムの感情もあったため、独断と暴走に基づいた言論活動を反省することができませんでした。
かつての小林が『噂の真相』を自称反権力の暴走のように決めつけて批判していたのは、今思えば投影に基づくレッテル貼りだったのでしょうね。
高市首相への属性差別を権力批判のように装って正当化し、自分を巨悪と戦うヒーローであるかのごとく演じている小林のやり方には心の底から軽蔑の気持ちを覚えます。