単なる思いつきで、フェミニズムなテーマをやるわけではない

当方ブログに対し、要望と苦言のコメントが届いておりましたので端的にお答え致します。


《正直大林さんの批評には興味ないです。主の批評を見たいです。》(匿名希望さん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519613138.html


大林さんから届く批評は大変な力作であり、私だけではなく多くの方が楽しみにしているのは現在の当方ブログの閲覧者数からも分かります。

以前にSeesaaブログのコメント欄はアクセスしづらいとのご意見もいただきましたので、多くの方に読んでいただきたい大林批評はやはりブログ本文で紹介すべきだろうと判断し、現在の形を取っています。それをご理解いただいた上で当方ブログを楽しんで下さい。

また、私個人の批評を見たいとのことですが、私はこれまで小林界隈について散々論じてきております。これ以上は同じことの繰り返しとなるので、今は最小限に抑えてコメントしている次第です。


さて、次に私への苦言を紹介します。


《悠仁さまが継承することは決まってるのに、デタラメな理屈で愛子天皇推す小林よしのりを批判するのはもっともであり、いいことだと思います。

でも、残念なのは「オレは興味ない、どうでもいい、誰でもいい」って言ってること。

本音だとしてもわざわざ言う必要なくないですか?

読む側は皇室について語るなら興味あるから語ってると思いますし、「どうでもいいんだけどさ」なんて態度で書かれたブログは読んでる人には不快ですよ。

単に小林よしのりの悪口言うのが目的のように見えてしまう。

言ってることが論理的でも正しいこと言ってても、「どうでもいいんだけどさ、興味ないけどさ、誰でもいいんだけどさ」なんて書いてあったら台無しですよ。》(カニカニさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519603060.html


皇統について、私個人としては本当に興味がないので、「誰が後継ぎになろうがどうぞご勝手に」という立場を表明しています。

小林憎しで記事を書くならば、「女系許さん。悠仁様こそ正統なり!」と主張した方がそりゃ良いのかもしれませんが、そんな心にもないことを書く気にはなれません。

「単に小林の悪口を言うのが目的か?」というご意見については、ここは小林よしのり界隈の愚行について取り上げる場所であり、そのことは既に明言しております。それを悪口と捉えるのは読み手の自由であり、そう受け取るのはやめてくれなんて私からは言いません。

繰り返しますが、ここはコバヨシ界隈の愚行をイジる場所です。私の立場や意見・批評に興味を示していただき恐縮でありますが、私個人の自己主張の場所は各種SNSやアメブロやnoteなどにあります。

ふりむかないで | ボードレールはもう読まない


ブラックボックス的なやつについて|鷲ヲとも


ここを読んでいる大半の人は私の主張など興味もないでしょうし、それをここで開陳しても単なる雑音になってしまいますので、極力そこを抑えているわけです。


さて、皇統について話題にあがったので、それに関連する最新の大林批評を紹介します。


《残念ながら、1月に開催が予定されている「新春 女はつらいよ」が面白く深いイベントになることはないでしょう。なぜならこのイベントは、女性師範に和服コスプレをさせて自分の側に侍らせたいという小林のスケベ心が動機となって開催が決まったからです。

小林の不純な動機が元で開催が決まったイベントに、後付けでフェミニズムっぽいテーマを加えていった時点で「単なる思いつき」以外の何物でもありません。自分の思いつきが元になってイベントの開催が決まったという事実は、小林にとってはよほど都合が悪いのでしょう。思いつきで開催が決まったイベントに「愛子天皇を目指す」という大義を盛り込むことも忘れていません。

しかし、小林による愛子さまへの推し活にシンパたちが追随しているという事実からして、「愛子天皇を目指す」がイベントのテーマに加わるのは「単なる思いつき」と見られても仕方がありません。

小林が唱えている愛子天皇待望論は実に意味不明です。

小林が愛子天皇を正当化するために唱えている歴史認識は、万世一系否定や欠史八代論など皇統伝承を無視した主張です。小林一派が今まで唱えてきた愛子天皇待望論は、そもそも理屈自体が破綻しています。

小林の主張に無理があるのは、フェミニズム的な主張と女系天皇推進論をミックスしていることです。女性の地位向上につなげるために内親王を天皇にしようという理屈自体が、皇統伝承を無視したものでしかありません。

そもそもフェミニズム的な女性解放論をつき進めてしまうと、「天皇制を廃止して、皇室に縛られている内親王を解放しよう」という理屈につながりかねません。しかし、小林はこのことを分かっていないせいなのか、フェミニズムの学者・知識人を藁人形論法で攻撃しています。

小林による主張がめちゃくちゃなのは、「愛子天皇実現は正しい」という結論ありきで自己流の理屈を組み立てているからです。結論ありきで牽強付会な主張を作っていく小林の言論のやり方は、まさに「単なる思いつき」が当てはまっていると言えるでしょう。

小林の思いつきの意見に門下生たちが無批判で追随する今の状態では、どんな問題であっても総合知で語ることは不可能です。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519626577.html


この大林批評を読んで、私もこれに関連した意見を表明したいとの欲求にかられましたが、ここで今、自己主張をするのは抑えておきましょう。

もしかしたら、次回に耐えられずに思わず自己主張してしまうかもしれませんが、そこはご容赦ください。

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この記事へのコメント

大林わるのり
2026年02月05日 20:36
上野千鶴子の「女装をした家父長制」という表現は正しい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45169
>愛子天皇を望むようになって、高市早苗の信奉する「男系男子継承」が伝統でなく、明治以来の因習だと知り、その因習が現在にまで継承されている事実に愕然とし、「フェミニズム」の重要性に気づいた。今では上野千鶴子より、わしの方がフェミニズムかもしれない。

小林よしのりが「上野千鶴子より、わしの方がフェミニズムかもしれない」と言っているのは、普通の人からすれば意味不明でしょう。しかし、小林が大真面目にこう言っているのは理由があります。

「愛子天皇の実現という絶対の正義こそが、フェミニズムを体現している。だから、愛子天皇推進派のわしこそが本物のフェミニストだ」と小林は考えているわけです。

小林が考えている理想的なフェミニズムの理論とは、「愛子天皇の実現は正しい」という結論ありきで成り立つお粗末な主張でしかありません。

小林がいつも言っている主張の内容は、以下のようになります。
「天皇を男系男子で継承する制度は、男尊女卑的な因習だから悪だ。だから男系天皇推進派は男尊女卑を支持する悪人だ」
「女系天皇の実現は女性の地位向上につながるから、文句なしに正しい。日本国内での世論も愛子天皇支持が多数派だ」

小林が言っている理屈に沿ったならば、日本に皇室が存在していることのレゾンデートルは否定されてしまいます。

天皇制を維持するための皇統伝承を否定し、「女性の地位向上のため」「世論の人気を集めているから」という理由で、日本国及び日本国民統合の象徴を選出しろと小林は言っているのですからね。

小林が愛子天皇待望論を正当化するために言っている主張は、以下のような理屈に言い換えることも可能となってしまいます。
「天皇制をやめて大統領制を導入しろ。日本で女性の地位向上を実現させるためには、有権者による人気投票で女性の大統領が選ばれるのがふさわしい」

小林がフェミニズムを利用して愛子天皇待望論を唱えたところで、理屈自体がすでに破綻していることはよく考えてみれば分かります。

政治や経済に対する分析にしろフェミニズム論にしろ、小林が言っていることがいつも支離滅裂になるのは、「愛子天皇の実現は正しい」という結論ありきで物事を解釈しているからです。

そもそも小林は、「愛子天皇が実現すれば日本中に良い『気』が充満して、この国の諸問題は自動的に改善される」と考えている人間です。つまり小林は、愛子さまへの個人崇拝に基づいた神がかり的な妄想でものを考えている狂人であるというわけです。

愛子さまへの個人崇拝ありきで成り立っている小林のフェミニズム論は、まともに相手にするには値しない馬鹿馬鹿しいものでしかありません。
大林わるのり
2026年01月10日 00:01
言論人としての小林よしのりは、「意見をコロコロ変える変節漢」という評価がすでに定着済みと言っていいでしょう。そもそも小林の転向は成長に伴うアップデートではなく、受け狙いで意見を変える無節操なものでしかありません。

何しろ最近でさえ小林は、「国際法は無意味」からたった1日で「(国際法は)慣習法として育てるしかない」へと変節したのですからね。国際法に対する見解がブレまくったことを気にしているせいなのか、小林はブログで惨めったらしくポエムを書いたようです。

国際法の意味
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44554
>どれだけ悪人の独裁者でも、独裁に苦しむ民がいても、他国が正義感ふりかざしてその国を爆撃したり、侵略したらダメなんだよ。ましてや大統領である独裁者を誘拐してしまっちゃダメなんだよ。それが国際法なんだから仕方がないんだよ。

アメリカによるベネズエラ侵略を批判する論拠として、「それが国際法なんだから仕方がないんだよ」と小林は言っています。しかしこの主張は、かつての小林が「国際法は無意味」と言っていたこととは明らかに矛盾しています。

>国際法は意味ないとも言えるが、慣習法だから育てるしかないんだよ。もし国際法が要らないと言うのなら、恣意的な正義の執行をアメリカに任せても、中国に任せても、ロシアに任せてもダメなんだよ。

矛盾だらけとなった自らの言説を取り繕おうとして、小林は必死になっているようです。そのために小林が生み出した理屈が、「国際法は意味ないとも言えるが、慣習法だから育てるしかない」というものなのでしょう。

しかし、小林が言うように国際法が無意味なものであるならば、慣習法として育てることの重要性は失われてしまいます。「国際法は意味ない」と「慣習法だから育てるしかない」の2つの矛盾する言説を組み合わせている時点で、小林の理屈は破綻しています。

>日本が正義を執行できるように、強くなるしかないんだよ。それが真のナショナリズムってものさ。世の中は理不尽なんだ。そこは諦めなさい。ひたすら自分が強くなるしかないよ。

小林は、「恣意的な正義の執行をアメリカに任せても、中国に任せても、ロシアに任せてもダメ」と言っています。しかし一方で小林は、「日本が正義を執行できるように、強くなるしかない」とも言っています。

特定の国による恣意的な正義の執行は許されないけれど、日本がそれを行うのは許されると小林は言っているわけです。小林の主張は矛盾しています。

また、日本が強くなって正義を執行しろと小林が言っているのは、国際法は無意味だから力の正義を押し通せと言っているようにも解釈できてしまいます。

小林は「国際法は無意味」と言ったことを謝ろうとせず、矛盾を取り繕うための言い訳を重ねてきました。その結果、小林が唱える国際法の見解は玉虫色の主張となってしまったようです。

言い訳を重ねたせいで、今の小林は自分が何を言っているかさえも分からなくなっているのかもしれません。自分が言っていることの意味さえも理解できていない今の小林には、言論人の仕事を続けていく資格はもはやありません。
不味かろう安かろう道場
2026年01月09日 20:55
イボ尊師の愚行観察を目的にこのブログに訪れる人たちも様々。「女性が天皇になったって別に構わないんじゃない?」くらいの人もいますが愛子天皇推進者は少なく、ごく一部のイボの影響を受けた人ですね。

現状では皇位継承権もなく、女性が即位できる様に皇室典範を改正した所でそれは未来の皇室に対してのものであり、継承者として適用されることのない愛子さまに執着してたらそりゃまあ愚行扱いされるのは致し方無いかと。
ワニワニ
2026年01月09日 04:49
小林界隈の愚行をイジる場所ということは、小林よしのりと信者は愛子天皇推進論者なわけですから、愛子天皇推進が愚行ということになりますよね?当然 愛子天皇推進が愚行ということでイジってるわけですから、普通に法律に従って悠仁さまが天皇になるべきだというのが、ここの考え方ってことになるはずですけどね?
XYZ
2026年01月08日 23:31
遅延ブーは仮装してもキモすぎる
流石にこれと色恋はないと思います

大林わるのり
2026年01月07日 23:39
すべてが激動するから覚悟せよ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44504

どうやら今の小林は正常な思考ができなくなっているようです。彼が書いたこのブログ記事を読んでいると、そう判断せざるを得ません。

小林のブログ記事の前半の部分では、トランプ政権の安全保障戦略がもたらした世界情勢の変化について言及しています。自称反米保守の小林によるアメリカ批判や親米保守派批判には、別に何も目新しい視点はありません。

「世界情勢が激動するだけでなく、我々の日常も激動せざるを得まい。呑気なお花畑に戯れちゃいられない」

小林が書いたこれらの文章は、世界情勢を論じながら読者の不安を煽るいつものやり方のようにも見えました。しかし小林のブログ記事の内容は、この後から明らかにおかしなものになっていきます。

「どれだけおのれの主体性で、状況を変えられるかという敏感さでは、さすが総合Pちぇぶが営業の仕事で培った競争力で、よく分かっていそうだ。彼女の俊敏な機動性は確かに役に立つ」

激動の時代の到来を訴えて読者の不安を煽っていた小林は、ちぇぶのことを「敏感さ」「俊敏な機動性」を持っていると突然褒め始めました。ちぇぶをこれでもかと持ち上げた小林は、ブログ記事の結論でゴー宣DOJOのエンタメ路線化を正当化するに至ったようです。

「もう「ゴー宣道場」は呑気な勉強会ではいられない。集客力が落ちるから、エンタメ性は高めていくしかない。変化できない奴は泥沼に沈む」

小林が集客力云々を理由にしているのは、コアラ企画の利益を重視するちぇぶの言い分の受け売りの可能性があるでしょう。目先の集客力を維持するためにエンタメ路線を推進するとは、刹那主義者であるちぇぶがいかにも考えそうな発想です。

とはいえ、ゴー宣DOJOが勉強会よりもエンタメ路線を選択するのは、運動団体として「公論形成」を目指すことの放棄に他なりません。幼稚なエンタメ路線は内輪向けのごっこ遊びに過ぎませんし、小林のカラオケ活動をごり押しするための言い訳に利用されているからです。

ゴー宣DOJOのエンタメ路線化を正当化するために小林が生み出した詭弁とは、「変化できない奴は泥沼に沈む」だそうです。小林が偉そうに世界情勢の変化について論じていたのは、ゴー宣DOJOのエンタメ路線化を正当化するためでした。

小林のブログ記事は、世界情勢の激動について論じた前半の部分から、ゴー宣DOJOのエンタメ化を正当化する後半の部分へと無理やりつながっています。彼の主張を要約すると以下のようになるのでしょう。

「時代が激動期に入り、世界情勢の激動は我々の日常の激動へとつながっている。激動の時代を生き延びるために、ゴー宣DOJOは勉強会からエンタメ路線へと変化するべきである」

小林がブログに書いた一連の駄文は、全くもって意味不明な内容です。どう見ても筆者が正常な思考で書いた文章ではありません。やはり小林は例の病が進行中の状態であると見ていいでしょう。周りの人たちは小林の頭脳の具合を心配しないのでしょうか。
大林わるのり
2026年01月06日 23:24
国際法は要らないか?
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44474

小林よしのりは、国際法に対して知ったかぶりをしているようです。例えば小林は、「国際法は罰則がなく、世界に警察はいない」と言っています。確かに、小林が言うように国際法には罰則や強制力はほとんどありません。

しかし、国際社会が世界各国の相互監視によって成り立っている以上、国際法を違反した国は国際世論の圧力を受けることは避けられません。違反国は経済制裁を受けたり、外交的に孤立するなど不利益を被ることもあります。

また、小林は「結局、国際社会は、軍事力だけがモノを言う」と言っています。しかし、各国の軍隊でさえ戦時国際法の影響を受けています。イラク戦争当時の小林の言い方を借りるならば、国際法の縛りがない軍隊は山賊と同じというわけです。

さらに、小林は「もし日本国に警察権力がないなら、暴力団のやりたい放題だ」とも言っています。軍隊を暴力団になぞらえる小林の論法は、そもそも例え自体が間違っています。

どの国であれ軍隊は自衛のために存在していますが、自衛権は国際法上の権利としても認められています。一方で日本国内の暴力団は、暴力団対策法や各都道府県の暴力団排除条例によって反社会的な団体として定義されています。

どうやら小林は、軍隊と暴力団の区別さえもついていないようです。もしかすると小林は、軍隊の存在は「悪」ではないが、暴力団の存在は「社会悪」であるという基本的なことさえも分かっていないのかもしれません。

そしてブログ記事の結論で、小林は「国際法は無意味」の主張をあっさりと捨てたようです。

「国際法はいまだに未完成だが、慣習法として育てるしかないと思っている。一国のリーダーが悪の独裁者でも、独立国家には、国家主権がある。これは原則である」

おそらく小林は、「国際法は無意味」の立場ではアメリカのベネズエラ侵攻を批判する論拠を持てないことにようやく気付いたのかもしれません。しかし、自らがどういう経緯で意見を変えるに至ったかを釈明できていない時点で、小林の変節は批判されても仕方がありません。

「国際法は無意味」から「国際法はいまだに未完成だが、慣習法として育てるしかない」へとたった1日で主張を変えるとは、小林の無節操さにはただただ驚き呆れるばかりです。
大林わるのり
2026年01月05日 22:48
アメリカのベネズエラ攻撃、やはり国際法は無意味だった
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44442

アメリカのベネズエラ侵攻に対して、小林よしのりは「やはり国際法は無意味だった」とブログに書いたようです。

しかし、小林が「国際法は無意味」という立場に立つことは、かつての主張とは明らかに矛盾しています。なぜならイラク戦争の時の小林は、アメリカの侵略を批判するために国際法の重要性を唱えていたからです。

小林は、ベネズエラを侵攻したトランプ政権に抗議をしない日本政府を「ポチ」と批判しています。しかしながら、「国際法は無意味」と言っている今の小林には、日本政府を批判する資格などありません。

そもそもアメリカによるベネズエラ攻撃を批判するための論拠となるのは、やはり今回の軍事行動が国際法に違反しているという事実です。今回のアメリカのように他国に侵攻して政権を転覆させた上に、その国の大統領を拉致するというのは、国際法上の内政不干渉の原則に反しています。

小林が「国際法は無意味」と言ってしまうのは、アメリカによるベネズエラ侵略を批判する論拠を失うことにつながります。

「国際法は無意味」の立場に立つならば、ロシアによるウクライナ侵略さえも批判することは不可能となってしまいます。「これでロシアも中国も、侵略OKとなって政府は批判できなくなってしまった」などと、今の小林に言う資格はありません。

一方で小林は、「世界は弱肉強食の帝国主義に戻った」とも言っています。しかし、世界が弱肉強食であることを小林が黙認するのは、別の形でも問題があります。

国際法は無意味で世界は弱肉強食であるという論法は、裏を返すならば、強いものには逆らえないから小国は超大国のポチになることが生き延びる道だという理屈にもつながってしまいます。

そういえば最近の小林は国際法は無意味と言っている一方で、「中国に生意気なことは言えない」「中国を刺激するべきではない」とも言っていました。今の小林には、親米保守派を「ポチ保守」と呼ぶ資格などありません。

だから、小林が結論で「日本も核を持つしかない」と言っているのは、何の覚悟もないまま勇ましい言説を唱えているだけでしかないのでしょう。

もしも日本が核武装を目指そうとして中国に抗議されたならば、小林がどのような反応をするかは目に見えています。その場合の小林はおそらく、「中国に生意気なことは言えない」「中国を刺激するべきではない」とでも言うのでしょうね。

言説の整合性を気にせずに思いつきで発言をする小林は、言論人としてはもはや終わっていると言えます。それどころか、「国際法は無意味」で「世界は弱肉強食」と居直る小林は、人間としても恥知らずで醜悪なニヒリストと化してしまったと言えるでしょう。