女がもっと強くなってほしい
コバヨシが新年早々、高市首相について属性差別(女性蔑視)に基づいたみっともない悪口雑言を繰り返しています。
昨年末の道場イベントで、推しである山尾志桜里からその属性差別を批判されてその場で反論出来なかった恨みがまだ続いているようです。
ちゃんみなやHanaを初めて見て、怖がるおばちゃんたちの心理とは | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
《男尊女卑に慣れた旧日本人にとっては「女は愛嬌」が普通で、女は誰にでも愛嬌をふりまくべきだと思っている。だから高市早苗が国内でいつも笑顔を作り、海外で誰にでも愛嬌をふりまくのを、立派な仕事をしていると評価するのだ。
実は「女は愛嬌」は男尊女卑の女性感であり、日本では宴会の席で、常に女が男に媚を売り、身体を触られても、嬌声を上げている。だからセクハラが横行するのだ。》
カラオケ大会でコバヨシの萎びた粗チンを握らされた笹幸恵は確かに嬌声をあげて「名誉です」なんて言っておりましたね。
また、コバヨシはこれまで「女は愛嬌がなきゃいけない」と主張されていたわけですが、そのことを反省したり撤回することもなく、「女は愛嬌は男尊女卑の女性観」と言って批判するとか、どの口が言っているのでしょうか。
楽しむこととふざけることは違う | ゴー宣DOJOhttps://www.gosen-dojo.com/blog/9992/
《わしの顔に飽きた者は、笹さんの美人さに見とれたり、泉美さんの愛嬌に笑みをこぼしたり、そういう動機で来る者だっている。》
AKB48選抜総選挙で注目すべきメンバー | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/12365/
《やっぱり「男は度胸、女は愛嬌」という言葉は正しいのだと確信できる。》
さゆりんごの笑顔はあざとくないよ | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/13521/
《だが若い娘の笑顔はやっぱり可愛いのです。「男は度胸、女は愛嬌」とは昔の男尊女卑の言葉かもしれないが、真理は突いている。
若い娘が男に媚びるために、たとえわざと笑顔を作っているにしても、男は自分に危害が及ばない限り、騙されてやるのが粋というものだ。
媚びてくる女の笑顔に騙されねえぜと突っぱねるのは無粋というものだ。
男は「自分に危害を加えない」女の愛嬌は大好きだ。》
ちなみに、上のコバブログは黒歴史データベース rising-logで検索しました。
新しい小林の公式サイトでは検索機能が実装されるというから、今後は黒歴史データベースを利用する必要がなくなるのかと思ったら、公式サイトの検索機能がマジでゴミで、ブログタイトルの文言でしか検索出来ねぇでやんの。マジ使えねぇ。
ということで、今後も黒歴史データベースを使っていきたいと思いますので、note版ライジングや新サイトへの対応もしていただけたら嬉しいです。
話が脱線してしまいました。
コバヨシの「女は愛嬌は男尊女卑」というブログについて適切に過ぎる大林批評が届いています。
《小林よしのりがブログで書いている文章は、内容があっちこっちに飛んでまとまりがありません。
小林による芸能文化と女性文化に対する分析は、実に薄っぺらい内容です。
小林は、高市首相の外交姿勢を「一周遅れで男尊女卑が作った上目遣いの媚び」と表現しています。高市氏の外交を女が男に媚びる仕草になぞらえる小林の言い回しは、属性差別と見られても仕方がありません。
また小林は、高市首相への属性差別に対する批判のことを「くだらない秀才主義」と言っています。小林が言っている「秀才主義」の人間とは、名指しはしないもののおそらく山尾志桜里氏のことを指しているのでしょう。
やはり小林は、ゴー宣DOJOで山尾氏に反論できなかった恨みを未だに引きずっているのかもしれません。小林よしのりがちゃんみなやHanaに好意的なのは、彼がアイドル好きでミーハーな性格であることの裏返しです。小林が流行りのアイドルにすぐにハマる人間であることは、AKBファンとして有名になる以前からの癖であるとも言えるでしょう。
ちゃんみなやHanaが好きな小林は、自分の考えた女性論を高市首相に対する属性差別へとつなげました。
昔からそうですが小林による相手への藁人形論法の内容は、実際は彼の特徴をそのまま投影したものでしかありません。「「女は愛嬌」が普通で、女は誰にでも愛嬌をふりまくべきだと思っている」と小林が言っているのは、彼が普段思っている女性観をそのまま紹介した内容のように読めてしまいます。
小林が文中で使っている「女は愛嬌」「公然ハニトラ」という表現は、高市首相が女性という属性であることを揶揄したものです。
小林の論法は、高市首相の政治姿勢に対する批判と、女性という属性に対する罵倒を混ぜることで成り立っています。高市首相に対する属性差別をやめようとしない時点で、小林こそが「男尊女卑に慣れた旧日本人」であることが分かります。
小林が日本人の女性を「常に男に愛嬌を振り回す」存在であると決めつけているのは、明らかに属性差別です。
ミーハーな人間のままで成熟した年の取り方ができなかった上に、女性に対する差別を未だにやめられないのが晩年の小林の生き様のようです。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/519543855.html
コバヨシは大晦日の生放送で、「AKBはピュアだと思っていたのに、どいつもこいつも男と付き合っていた。ニセモノのピュアに騙されてた」的な実に気色の悪い発言をしていました。
年明けに結婚発表した声優の楠木ともりのガチオタの反応と似た気持ち悪さがあり、これぞコバヨシの本質なのだと改めて得心しました。
そんなコバヨシに媚びを売ることでしか自己を確立することが出来ない道場師範がすぐさま、コバヨシのちゃんみな上げに加担しました。
今日から仕事 | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
《ちゃんみなはかっこいいよね。THE FIRST TAKEというYouTubeの歌番組にめちゃくちゃはまっていた時があって、そこにたびたび登場して、かっこよくて歌がうまいので、ライブの動画も見たりした。
女性歌手の変遷を大きく眺めて、男尊女卑の世界から抜け出した、媚のない世代というふうに分析するのは、なるほどなあと思った。》
女がもっと強くなってほしい | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
《今日の泉美さんのブログが面白い。そうなんだよな、それが普通だったし、多分、今もそれが家庭の普通として生き残っているはずだ。わしだって、妻の信念は、「男子、厨房に入るべからず」だし、妻はわしに皿洗いやゴミ出しなどさせたことがない。女が男を育てると思っていて、男を小物に育てたくないというのが妻の信念だ。
女がもっと強くなって欲しい。形骸化した男尊女卑なんか破壊してしまう強い女性が出て欲しい。》
70過ぎの爺さんが上から目線で「もっと女が強くならなあかん!」とか説教するの、マジで害悪でしかないんですけど。ソープで事後に嬢に説教する客のマインドでしかないでしょう。
そして泉美木蘭のブログのミジメさよ。
これまで一度たりとも、「ちゃんみな」について言及したことがなかったクセに、コバヨシが持ち上げた途端に「前から注目していた私」アピールをする泉美木蘭。
どれだけコバに媚びなきゃいけないのか、他人のことながら哀れすぎて泣けてきます。
私が親なら正月に帰省して来た折に「お前の人生それでいいのかい?」と心配するレベルです。
《小林よしのりがブログでちゃんみなを褒めた後で、泉美木蘭も唐突にブログでちゃんみなを褒めたようです。泉美がブログに書いている意見は、小林の顔色をうかがい、小林の言葉に合わせて自分の理屈を組み立てているに過ぎません。
結局、泉美が言っていることややっていることは、単なる小林のイエスマンでしかありません。
小林は今日の泉美のブログの内容をなぜか褒めています。自分の思いつきの意見を元にイエスマンがエッセイを書いてくれたことは、小林にとっては嬉しいのでしょう。ゴー宣DOJOは、男尊女卑的なボスに対して女性師範がひたすらイエスマンに徹している組織だからです。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/518860083.html
コバヨシは自分の男尊女卑を肯定しながら、皇統の男系継承は伝統であるとする保守陣営に対して、男尊女卑の馬鹿伝統に固執するネトウヨだと罵倒しています。
明らかに矛盾した理屈には目眩を覚えますが、小林シンパはそこに一切の疑問を抱きません。
それを信仰と言わずなんと言う?
女がもっと強くなってほしい | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
《だが、勝新太郎と対談し、酒を飲んだ時、「大物とはこういう男だ!」と実感したし、男として心から尊敬し、憧れた。あれは男尊女卑の時代の大成功例だと思う。
そんな男の大物がいた時代と比べれば、今のネトウヨ男系主義者など、屁みたいな男ばかりだ。何が保守だ。屁だらけじゃないか!と怒りが湧く。屁の馬鹿伝統のせいで、皇統を崩壊させようとしてるのだから、呆れて屁も出ない。》
確かに勝新は昭和の豪快な役者でありますが、小林は勝新ではなく、勝新に憧れ、そのガワだけパクって大物の真似事をしているチンカス芸者に過ぎません。
いわゆる豪快な傑物というのは自然とそうなるものであり、小林のようななりすましとは違います。
なりすましは所詮なりすましに過ぎないのに、保守派の連中が勝新みたいな大物ではないからと言って叩くのってどうなん?
勝新でもないくせに勝新ぶろうとしているお前の方がカスじゃんとしか言いようがありません。
この記事へのコメント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44789
>今日はライジングが配信される。泉美木蘭さんが、いい記事書いてる。高市早苗に対して、このくらい辛辣に語る女性がもっと現れなきゃ、女性の活躍の時代は来ないなぁ。
要するに小林は、「イエスマンの女性が自分の意向をくんで評論を書いてくれたから嬉しい」と言っているわけです。そもそも泉美木蘭がやっていることは、小林の意見やゴー宣DOJOの方針に合わせて自分の主張を組み立てているだけです。
例えば泉美がゴー宣DOJOの師範としてやってきたことは、小林の生き方を正当化するために虚勢を張ることの意義をブログに書いたり、ボスのジャイアンリサイタルをヨイショしたり、小林がちゃんみなを褒めれば自分も追従するといったものでした。
病や老いに、牙も毒も抜かれないために
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/12518
強者の牙が復活、さあ闘いに挑むぞという決意のライブだった!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44056
今日から仕事
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44410
泉美は小林イエスマンであるため、彼女が高市首相を批判しているのも小林の意見に合わせているからに過ぎません。もしも小林が高市政権支持だったならば、泉美もブログやライジングで高市支持の文章を書いていたでしょうね。
小林が考えている「女性の活躍」とは、男尊女卑の独裁者にイエスマンの女性が追従することのようです。独裁者小林に女性師範が追従している今のゴー宣DOJOは、女性の活躍とは正反対の歪な組織であると言わざるを得ません。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44603
泉美木蘭が高市首相を批判していますが、小林よしのりと同じく属性差別的な罵倒に終始しています。
>「首相は女性なんだぞ!」と言って、「女性」を免罪符に、女性首相の批判を許さない、政策分析をさせないなんてふざけているし、そういう態度こそが女性差別に他ならない。
おそらく泉美は、(名指しはしていないものの)山尾志桜里による高市首相への属性差別批判に反論をしているのかもしれません。山尾憎しとなった小林の意向を受けて、泉美は名指しを避けながら山尾に対して批判をしている可能性があります。
泉美が別の個所に書いている「「女性だから」という理由で擁護しようとする知識人」も、(名指しはしていないものの)山尾のことを指しているのかもしれません。
しかし、高市首相に対する属性差別を批判することは、「「女性」を免罪符に首相の批判を許さない」ことを意味するものではありません。もちろん山尾は、高市首相のことを「「女性だから」という理由で擁護」しているわけではありません。
「女性」という属性を差別することと、権力批判や政策批判は全くの別物です。小林や泉美の論法が悪質なのは、高市首相を「女性」という属性で罵倒することを権力批判や政策批判のように装って正当化しているからです。
以下の文章を読めば分かりますが、泉美による高市首相への批判は属性差別的なレッテル貼りが目立っています。
>高市早苗が、男性権力に「利用された女」ということなら、男性優位の権力の世界に気に入られる政策を掲げているところを買われて、基盤のぐらついた少数与党の顔として神輿に乗せられ、「バカ女が調子に乗っている」という話になる。
>いやいや、あれは男性権力を「能動的に利用してのし上がった女」なのだということなら、男性優位の権力の世界に向かって、「私を担げば、男性優位の世界を守り、男尊女卑を温存してあげますよ」という顔を見せて地盤を固めているクソ名誉男性だという話になる。
「男性権力に「利用された女」」、「バカ女が調子に乗っている」、「男性権力を「能動的に利用してのし上がった女」」、「クソ名誉男性」……。泉美が書いているこれらの言葉は、高市首相を「女」という属性から罵倒したものばかりです。
泉美が書いている文章は高市早苗への属性差別的な人格攻撃に終始しており、首相や政権に対する建設的な批判とは程遠い内容です。それどころか残念なことに、泉美による高市批判はオリジナルな意見として言っているものではありません。
泉美がブログに書いている意見は、高市首相への属性差別をしている小林よしのりの意見をそのまま真似しているだけです。男尊女卑的なボスのイエスマンとなって属性差別の体質までも真似している泉美の生き方は、プロの物書きしても社会人としても実に恥ずべきものです。
運動団体のトップに追従して思考停止している泉美に対しては、「(小林を)しっかり批判しなければだめだ!」と言ってやりたくなります。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44576
>高市早苗は男社会への媚びだけだ。麻生太郎に媚びて首相になった。
(中略)
>だから伊勢神宮参拝でも、安倍晋三の遺影を誇示して、ネトウヨの岩盤支持層に媚びた。
>麻生太郎に媚び、従米路線でトランプに媚び、男系固執でネトウヨに媚び、媚び媚びだらけの媚び女に過ぎない。男尊女卑は高市早苗の媚び媚び戦術のためには必要不可欠なのだ。
相変わらず小林よしのりは、高市首相への属性差別を行うことで自らの悪目立ちを狙っているようです。小林が高市首相を「媚び媚びだらけの媚び女」と罵倒しているのは、あからさま過ぎる属性差別です。
小林が高市首相の生き方を「男社会への媚び」と決めつけていることは、属性差別的なレッテル貼りに他なりません。小林の言う「高市早苗の媚び媚び戦術」なる言い回しは、「高市早苗は女性という属性を生かして男性や強いものに媚びて生き延びた」と言っているに等しいものです。
小林がむきになって高市首相への属性差別を行っているのは、山尾志桜里に反論できなかったことの恨みが根底にあります。それが証拠に小林はこのブログでも、山尾に対する悪口を書いています。
山尾に言いたいことがあるならば、小林はゴー宣DOJOのイベントで彼女に直接反論をしておくべきでした。相手に面と向かってゴーマンをかますことができない内弁慶の臆病者のくせに、小林が「ゴーマニスト」を名乗っているのは笑止千万です。
初期ゴー宣を見れば分かりますが、そもそも小林による「ゴーマンをかます」言論とは、受け狙いのためにわざと奇をてらう発言を行う手法でもありました。
最近の小林が自らを「不良」になぞらえているのは、かつての彼が「ゴーマニスト」を称していたこととある意味で似ているのかもしれません。
よしりんバンドの横浜LIVEで小林は、美川憲一の難病に対する揶揄を「わしは正直者の不良だから本音を言える」と正当化していたそうです。従って小林は、高市首相に対する属性差別さえも「わしは正直者の不良だから本音を言える」という理由を使って心の中で正当化しているのでしょう。
小林が自分を「ゴーマニスト」「不良」と称しているのは、「強いものや権威に反抗するわしはかっこいい」という中二病的な発想の裏返しでもあります。
小林が高市首相への属性差別を政治批判や権力批判のつもりでやっているならば、言論人としても人間としても幼稚であると言わざるを得ません。受け狙いのために露悪趣味的な発言をして悦に入る旧ゴー宣の時代から、小林は悪い意味で成長できていなかったことになるからです。
「不良として生きるわしを見てくれ」という気持ちから悪目立ちしたかったのならば、小林が文化人として言っていることややっていることは迷惑系YouTuberと大差がありません。迷惑系YouTuberならぬ迷惑系言論人と化した小林の言論活動には、公のために役に立つ要素は何一つありません。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44487
またしても小林よしのりは、高市首相への属性差別を露わにした駄文を書きなぐったようです。しかも、小林がむしゃくしゃした気持ちでブログ記事を書いたであろうことは、文章がですます調になっていることからも想像がつきます。
どうやら小林は、ちぇぶのご注進で高市首相のXを読んだようです。
高市早苗 @takaichi_sanae
https://x.com/takaichi_sanae/status/2007706937216118968
>今もダンナさんが空腹に耐えている様子なので、これから遅めの朝昼兼ねた食事の仕度をします。
小林は高市首相のXを、「公務をこなしながら、夫の料理を作る良妻賢母を、強調するポストを上げている」と決めつけ、「公私混同でくだらない」と吐き捨てました。
高市氏が首相になってからも夫の食事を作っていることに対し、小林は「女の属性から滲み出る公私混同の器の小ささ」とまで言い切っています。
小林が書いた文章は言葉に悪意が満ちており、いつも以上に高市首相への属性差別をむき出しにしています。山尾志桜里氏に対する恨みの影響とはいえ、小林が高市首相を「女性」という属性を理由にここまで憎むのはさすがに人としてどうかしています。
それ以外にも、小林の文章には他にも人間性を疑うような言葉が書かれていました。
「わしにもその炎上しているポストを送ってきましたが、なるほど、障害者か何か知らんが、夫のために料理をして、良妻賢母を気どっています。首相なら家政婦くらい雇うか、夫が自分の食事くらい作れよと言いたくなります」
「高市早苗のように妻が首相なんて大役をやって、忙しいのならば、わしは
自分のめしくらい作りますよ」
高市首相の夫である山本拓氏は、脳梗塞で倒れてからは右半身不随に苦しんでいます。あろうことか小林は、山本氏を「障害者か何か知らんが」呼ばわりした上に、「夫が自分の食事くらい作れよ」とまで言いました。障害者への差別を平気で行うとは、小林の人間性の醜悪さには反吐が出ます。
一方で小林は、小林は妻のことを「「男子、厨房に入らず」の古い家柄に育った」と紹介し、妻が自分の料理を作っていることを「効率優先の役割分担」と言って正当化しています。
小林は本音では、「わしの男尊女卑は良い男尊女卑、わしの亭主関白は良い亭主関白」とでも思っているのでしょう。とはいえ、自分の亭主関白を正当化するために、妻の育ちや「役割分担」を言い訳にするとは小林のやり方は実に姑息です。
また、カラオケ三昧の生活を送って仕事に不熱心なくせに、「わしは漫画奴隷として働かせられてる」「創作活動に集中させられている」と小林が嘘をついていることも人として姑息です。
小林は「妻が血圧を下げるための料理を作っている」と言って、妻が良妻であるかのごとく強調しています。しかしながら、退院後の小林の血圧が下がったのは降圧剤が効いているおかげです。
それに、小林が最近食べている朝食は病人食にふさわしくないメニューが目立つようになりました。自分が食べたいものを奥さんに無理やり作らせて、療養を軽視しているという事実をなぜ小林は無視するのでしょうか。
それにしても、今回の小林のブログ記事の内容のひどさは異常であり、どこをどう突っ込めばいいのかさえも迷ってしまいます。感情に任せて悪意に満ちた駄文を書きなぐった小林に対しては、「人間はここまで心が醜くなることができるのか」としか言いようがありません。
女がもっと強くなって欲しい。形骸化した男尊女卑なんか破壊してしまう強い女性が出て欲しい。》
何を言いたいのかよくわからない文章ですね。前段では自分が男尊女卑であることを自白して、後段では女に男尊女卑を破壊してほしいってどういうこと?自分を破壊してほしいってこと?ナニソレ。
とりあえず、この人はお皿を洗ったりゴミ出しする人を小物と思っているようなので、家事をする人を見下しているのはわかりました。でも、この人の言うその小物がする家事もできないのなら、この人は小物未満の生き物ってことになりますね。
「女が男を育てる」っていうのもヘンで、大人なら異性に頼らずに自分で成長しろよ。どこまでお子ちゃまなんでちゅか。気持ちワルイ。
あえて「育てる」という言葉を使うなら、逆ですよ逆。この老夫婦で言えば、自分に何かあっても夫が自分のことくらいは自分で出来るように(当たり前のこと過ぎてアホらしい)妻が育てておかなきゃダメなんですよ。もはやロクに仕事も出来ず、見た目もヨレヨレで、自分の家なのに何がどこにあるのかわからない爺さんってことでしょ?そんな生き物のままにしてどうするんでしょうか。自分はなーんもできないのに、言うことだけはイッチョマエでエラそうって、シンプルに老害なだけです。
この人、日本の自主独立とかって言ってませんでした?自分は自主独立どころか社会のお荷物まっしぐらであることに自覚を持っていただきたいものです。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44431
「1月11日の公論イベント「女はつらいよ」は面白く深くなりそうだ」
残念ながら、1月に開催が予定されている「新春 女はつらいよ」が面白く深いイベントになることはないでしょう。なぜならこのイベントは、女性師範に和服コスプレをさせて自分の側に侍らせたいという小林のスケベ心が動機となって開催が決まったからです。
「単なる思いつきで、フェミニズムなテーマをやるわけではない」
それにしても、小林は根っからの嘘つきのくせに嘘をつくのが下手になりました。自分の思いつきが元になってイベントの開催が決まったという事実は、小林にとってはよほど都合が悪いのでしょう。
小林の不純な動機が元で開催が決まったイベントに、後付けでフェミニズムっぽいテーマを加えていった時点で「単なる思いつき」以外の何物でもありません。
女系カルト運動団体のボスである小林は、思いつきで開催が決まったイベントに「愛子天皇を目指す」という大義を盛り込むことも忘れていません。
しかし、小林による愛子さまへの推し活にシンパたちが追随しているという事実からして、「愛子天皇を目指す」がイベントのテーマに加わるのは「単なる思いつき」と見られても仕方がありません。
小林が唱えている愛子天皇待望論は実に意味不明です。
「愛子天皇を目指すならば、その社会的背景も考えておくべきだ。歴史のタテ軸をオタク的に追及するばかりでは、真の愛子天皇待望論とは言えない。社会のヨコ軸からも、愛子天皇を待望する必然を考えておかねばならないのだ」
小林が愛子天皇を正当化するために唱えている歴史認識は、万世一系否定や欠史八代論など皇統伝承を無視した主張です。小林一派が今まで唱えてきた「歴史のタテ軸をオタク的に追及」した愛子天皇待望論は、そもそも理屈自体が破綻しています。
とうとう小林は、皇位継承問題で「歴史のタテ軸をオタク的に追及」することさえも嫌がるようになりました。小林のこの言い訳は、男系天皇支持派と議論を避けるための方便なのでしょうか。或いは、ブレーンだった高森明勅を敬遠するための方便として小林は言っているのでしょうか。
小林の主張に無理があるのは、フェミニズム的な主張と女系天皇推進論をミックスしていることです。女性の地位向上につなげるために内親王を天皇にしようという理屈自体が、皇統伝承を無視したものでしかありません。
そもそもフェミニズム的な女性解放論をつき進めてしまうと、「天皇制を廃止して、皇室に縛られている内親王を解放しよう」という理屈につながりかねません。しかし、小林はこのことを分かっていないせいなのか、フェミニズムの学者・知識人を藁人形論法で攻撃しています。
「フェミニズムの学者・知識人が、愛子天皇に無関心なのは、天皇制が歴史のタテ軸だけで語られるものという既成概念に嵌っているからだろう。そこは男系固執・男尊女卑派も同じ感覚である」
小林による主張がめちゃくちゃなのは、「愛子天皇実現は正しい」という結論ありきで自己流の理屈を組み立てているからです。結論ありきで牽強付会な主張を作っていく小林の言論のやり方は、まさに「単なる思いつき」が当てはまっていると言えるでしょう。
「我々は総合知で、愛子天皇を語れるようにしたい」という小林の言葉は、所詮は建前だけのものに過ぎません。小林の思いつきの意見に門下生たちが無批判で追随する今の状態では、どんな問題であっても総合知で語ることは不可能です。