小林よしのりの不安商法
不穏なままで暮れていく世の中で、ひたすら希望を創り出そう | ゴー宣DOJO
《中国との関係が最悪になり、エンタメは締め出され、ばら撒き財政で借金大国化が決定し、円安で物価高で貧困層が飢え、少子化は進む一方なのに、外国人排斥で人出不足も加速して、なにより皇統の男系固執・男尊女卑で因習が持続し、明るい材料が見当たらない。》
《働けど働けど働けど働けど、なお我が暮らし楽にならざるを、流行語大賞にするべきだった。》
小林は秘書カナモリをブレーンにして「戦争論」を描いたあたりから、ずっと過剰に不安を煽り続け、それを商売に利用してきました。
それはいわゆる「不安商法」というやつであり、情報商材屋の手口でもあります。
情報商材屋はターゲットにした相手の不安を利用する形で財産を巻き上げます。
将来への不安や現状への不満は誰にでも共通して常に付きまとうものであり、そこを巧みに刺激して、そこに怯えた相手に狙いを定めて、その人の貯蓄や生活費まで根こそぎかっさらうのが情報商材屋であります。
例えば、「あのワクチンは危険だから打ってはいけない」「危険なワクチンを売り捌いている悪徳な売人と国と医師が手を組んで我々を騙している」「そんな巨大な悪と立ち向かう為に団結しよう。その為にはあなたの力が必要だ。お金が必要だ」なんてな流れで、まんと騙されるマヌケもいたとかいなかったとか。
「このお茶を飲めばコロナウィルスなんて撃退出来る!」とか「葬式仏教の永年墓地は信用してはならない。これからは手元供養です!」とか「リホーム業者選びを間違えると資金を無駄にしますよ。是非とも我が社にご相談ください!」とか、口の上手い情報商材屋の餌食になった人の話なんて誰もが聞いたことがあるでしょう。
そのあたりのことについては、アメブロにもチラッと書きました。
オトナノススメ | ボードレールはもう読まないhttps://ameblo.jp/wasioto-211/entry-12949248172.html
Houdini/フーディーニ | ボードレールはもう読まないhttps://ameblo.jp/wasioto-211/entry-12949313116.html
小林の「不安商法」はそんな情報商材屋がやっていることとまったく同じです。
その小林の「不安商法」について大林批評で見事に分析されています。
《「世の中が不穏なままで暮れていく」と小林よしのりが深刻そうに言っていても、「ああ、またいつもの癖が始まったよ」と突っ込むしかありません。
そもそも小林は、世の中が不穏であるかのように作中で煽り、特定の敵を設定して藁人形論法で攻撃する手口をゴー宣で行ってきた人間です。読者の不安を煽る言論の手口を繰り返してきた小林は、昔から狼少年であったと言えるでしょう。
その狼少年・小林は深刻そうに世相を憂う主張をしていますが、彼が言っていることにはある種の違和感を感じてしまいます。それは、「あなたが昔言っていた主張と違うではないか」という違和感です。
例えば、「中国との関係が最悪になり、エンタメは締め出され」と小林は言っています。小林のこの発言は、右派時代のころの反中国的な姿勢とは明らかに矛盾しています。
中国を刺激することでエンタメが締め出されるのは、日本にとっては経済的な損失につながると小林は言いたいのでしょう。日本は経済を守るために中国に配慮するべきだという今の小林の立場は、反米右派の論客として唱えていた経済至上主義批判とも矛盾するものです。
また、「ばら撒き財政で借金大国化が決定し」とも小林は言っています。しかし、小林は新ゴー宣15巻では菊池英博の『増税が日本を破壊する』(ダイヤモンド社)を論拠に、日本は財政危機ではないという主張をしていました。
日本の債務は純債務で見ればEU並なので、借金大国ではないというのが2006年ごろの小林の主張でした。小林が「日本は借金大国」論を唱えてばら撒き財政を批判するのは、かつての主張とは矛盾しています。
さらに、「外国人排斥で人出不足も加速して」とも小林は言っていますが、2016年ごろにブログで移民制限を主張していたこととは矛盾しています。
移民制限は責任ある大人の態度だ
https://yoshinori-kobayashi.com/10555/
一方で小林は、「首相が女になっただけで、政権批判も封じられるし」とも言っています。「首相が女になっただけで」の言葉は「女」という属性を強調する表現であり、どう見ても属性差別です。
ちなみに2か月前(2025年10月16日)の小林は、今とは正反対の主張をしていました。
連立の組み合わせばっかり考えるテレビ報道に飽きた。
https://www.gosen-dojo.com/blog/57950/
>玉木があんなにヘタレで小物なら、もう、高市早苗でいい。さっさと政治を始めて欲しい。財政出動と公共事業を外国人排除でやればいいし、公明党がいなくなったんだから、靖国参拝すればいい。
結局のところ小林は、自分が注目を集めるためにわざと極論を言っているだけなのです。世の中に対する不安を煽り、「真実を見抜いているわしは正しい」「巨悪と戦うわしは正義の味方だ」と読者を洗脳するのが小林のやり方でした。
いたずらに読者の不安を煽る狼少年・小林の言論からは、希望が創り出されることはありません。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/519394944.html
この記事へのコメント
ゴー宣の作者となった小林は、不安商法と選民思想をセットにして言論活動を行い続けてきました。小林信者としてゴー宣道場に参加した門下生たちも同じく、不安商法と選民思想をセットにした言葉を何かと唱えています。
「帝国主義の再起動スイッチ」を押してしまった高市! ゴー宣道場 in 東京「世界大戦は始まるか?」参加者募集中!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44822
小林シンパの「スキーペンギン(スキペン)」の主張は、まさしく不安商法と選民思想がセットになっています。
「高市は確実に「帝国主義の再起動スイッチ」を押してしまった」
「もし世界がこのまま暴走すれば、第三次世界大戦は「もしも」ではなく「発生時刻を待つだけのイベント」になる」
スキペンは、世界がこのまま暴走したら第三次世界大戦は「発生時刻を待つだけのイベント」になってしまうと不安を煽っています。一方でスキペンは、未来を(良い意味で)書き換えるための議論の場としてゴー宣道場が必要とも言っています。
「“未来そのものが書き換えられてしまう”という、ターミネーターの世界観に近い恐怖だ。だからこそ、混迷の時代には冷静に語り合える場所が必要になる。感情論でも、プロパガンダでもなく、「戦争とは何か」「自主独立とは何か」を真正面から論じる場が。その一つが、漫画家・小林よしのり氏が「一人でもやる」と宣言したゴー宣道場だ!」
「混乱する世界情勢の中で、子供たちの未来をどう守るのか。国家とは何か。個人はどう生きるべきか。その問いに向き合うための“思考の避難所”となるだろう」
「世界がターミネーターのような暗い未来へ傾きつつある今だからこそ、一人ひとりが「考える力」を取り戻さなければならない。未来は、まだ書き換えられる。そのための議論の場に、多くの人が集うことを願っている」
もはや突っ込むのも馬鹿馬鹿しいですが、ゴー宣道場のイベントとは、「小林思想は正しい」という前提ありきで関係者たちが駄弁りあうごっこ遊びでしかありません。
今のゴー宣道場は小林・ちぇぶの独裁によって異論が排除され、自己満足のための運動ごっこを続けているだけの集団となっています。「思考の避難所」の役割を果たすとか、世界の未来を書き換えるとか、そんな力はゴー宣道場にはありません。
不安商法と選民思想をセットにした言説を唱えて自己満足に陥っているスキペンは、典型的なカルト信者の姿にしか見えません。スキペンは、小林が思いつきで言った意見に合わせて自分の主張を組み立てて、運動ごっこのために不安商法をやっているだけです。
もっともゴー宣カルトのボスである小林からすれば、スキペンが模範的な小林信者として自分の意見に追従してくれたことは、さぞかし嬉しいのでしょう。
スキペンの告知文がすごい。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44828
>スキペンの「世界大戦は始まるか?」の告知文がすごく上手い!スキペンって、あんなにインテリだったのか!どうりで娘たちが、頭がいいはずだ。やっぱり親の会話を普段から無意識に聞いて、子供は育つんだな。皇族だって、「帝王学」はやっぱり親の態度を見て育つのは当然だと思う。
シンパを褒めるために、「子供は親の態度を見て育つ。もちろん皇室であっても、帝王学は親から受け継がれる」という論法を使うのは実に小林らしいやり方です。
小林のこの論法は、
「天皇陛下は、親である上皇さまの態度を見て帝王学を身につけた。もちろん、愛子さまも親である天皇陛下の態度を見て育ったから、帝王学を身につけているはずだ。一方で、悠仁さまは天皇陛下が親ではないから帝王学を身につけていない」
と言っているようなものです。
愛子さま上げのためにわざわざ悠仁さま下げをするとは、小林の正体はやはり似非尊皇家だったようですね。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44616
昔から小林よしのりは、ゴー宣で読者の不安を煽りながら受け狙いの言論活動を行ってきました。2月のゴー宣DOJOのイベントのテーマを「世界大戦は始まるか?」にするとは、不安商法に頼る小林らしいやり方です。
そもそも小林の不安商法には、これっぽっちも社会正義が存在していません。自分を巨悪と戦うヒーローに仕立てて読者たちから喝采されたい、という承認欲求が小林の根底にあります。
社会的な影響力が低下してミニカルトの教祖となった今の小林からすれば、残ったシンパたちを運動のために利用したいという気持ちも当然あるはずです。だから小林にとっては、シンパたちを運動ごっこに駆り立てるためにもこれまで通り不安商法に頼らざるを得ません。
辻元清美議員をゴー宣DOJOのイベントに呼べるというのは、小林からすれば願ったり叶ったりでしょうね。高市首相への逆張りに必死となっている小林にとって、辻元は自分の箔付けのために利用できる人間だからです。
とはいえ、「ゴー宣DOJOのイベントの前には何かが起こる」とはうまいこと言ったものです。今回の場合は、もちろん悪い意味で当てはまっていますが。
「主賓ゲストで、辻元清美議員を招待することになっていたのだが、解散総選挙なら、その投開票の日によっては、欠席になってしまう」
解散総選挙が決まった場合、投開票の日によってはゴー宣DOJOのイベントに辻元清美議員が参加できない可能性もあり得るそうです。
辻元が2月のイベントに参加できるかどうかはまだ分かりませんが、やることなすことがどこか抜けているのは実にゴー宣DOJOらしい仕草です。小林いわく、2026年2月のイベント「世界大戦は始まるか?」は辻元が欠席しても開催を強行するそうです。
「わしとしては、辻元清美議員が来れなくなっても、このテーマ「世界大戦は始まるか?」で議論しておきたい」
「わし一人でも、このテーマで2月14日(土曜)は開催するから覚悟しておくように!」
辻元がゴー宣DOJOに参加した場合でもしない場合でも、小林が言論人として愚かであることに変わりはありません。
辻元をイベントに呼ぶことができたとしても、小林の不純な承認欲求が一時的に満たされて終わりです。小林が辻元をゴー宣DOJOに呼ぼうとしているのは、「辻元をわしの箔付けのために利用したい」や「わしは辻元からチヤホヤされたい」が目的となっているからでしょう。
一方で辻元が欠席した状態でイベントが開催されたならば、小林は取り巻きたちと一緒に自己満足のための駄弁りに終始するであろうことは目に見えています。その場合はイベントが無内容なものに終わったとしても、小林やシンパたちがブログで「大成功」と宣伝するのでしょうね。
また小林やちぇぶには、「ゴー宣DOJOのイベントのために辻元を人寄せパンダとして利用したい」という気持ちも当然あるでしょう。イベントのゲストが人寄せパンダであるというのは、ゴー宣DOJOが運動のための運動をやめられない集団と化していることの証明とも言えます。
今の小林は日常への復帰を忘れた運動家もどきであり、ゴー宣DOJOは自己満足のためのごっこ遊びに明け暮れるカルト集団と化しています。辻元がゴー宣DOJOのイベントに参加しようがしまいが、その事実に変わりはありません。
不安商法と運動ごっこを未だにやめられない小林に対しては、「本当に愚かだな」という評価しかできません。
「岡田晴恵は、最初は普通のオバサンの姿だったのが、テレビ局のメイクの力で妙にオンナを意識して『ぶりっこ』するようになり、当人も明らかにそんな注目される待遇に舞い上がり、嬉々として番組の期待に応える恐怖コメントを続けた」
(小林よしのり『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』扶桑社、69ページ)
岡田晴恵氏のメイクの変遷の理由は、彼女の著書で明らかにされています。岡田氏が眼鏡を外すようになったのは、週刊誌の記者に付きまとわれたことがトラウマになったからです。
「あの記者の目を見た時から、私は人の顔や目を見るのが怖くなった。メガネを外すようになったのもこの後である」
(岡田晴恵『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』新潮社、129ページ)
食事が喉を通らなくなってやつれてきた岡田氏に対し、テレビ局のメイク担当者が配慮をしていたようです。
「やつれや疲れの露わな顔をカバーするために、メイク担当者が化粧や髪型を工夫してくれた。だが、思いも寄らないところから弓矢が飛んできた。ある有名な女性タレントに『老いたキャバクラ嬢みたい』で不愉快、とブログに書かれたことで、ネットで私の服装、メイクや髪型への非難や中傷がさらに燃え上がった。私は、あこがれていた女性の発言だったので落ち込んだ。そのときのメイクの担当者は、『明るく見せたかったから新しい髪型にして、自信を持って送り出したのに、先生が名ざしで中傷されてしまった。すみません』と泣いた。多くのスタッフに支えられて、私はギリギリのところで何とか生きていた」
(岡田晴恵『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』新潮社、130ページ)
テレビ出演をしていた岡田晴恵氏の気苦労を何も察せずに、ゴー宣で一方的に誹謗中傷をしていたのが小林です。小林は岡田氏に対して謝罪をするべきでしょう。
https://www.gosen-dojo.com/blog/58850/
小林よしのりの言論活動には社会正義などありません。受け狙いのために逆張り発言を唱え、読者の不安を煽って特定の敵をレッテル貼りで罵倒するのが小林の手口です。
右派文化人だったころの小林は、平和ボケ国家の日本が中国や北朝鮮など諸外国の脅威に狙われているかのような言説を唱えていました。そして今の小林は、タカ派政権の暴走のせいで日本が中国との戦争に巻き込まれそうになっているかのような言説を唱えています。
右派時代のころと現在の小林は政治的立場は違っていますが、共通しているのは特定の敵を設定して読者の不安を煽っているということです。小林は右派時代のころは中国を敵と決めつけ、左傾化してからは高市政権を敵と決めつけて自分を巨悪と戦うヒーローのように演じています。
だから小林による高市政権批判は、いつもの手口である逆張りに基づいた反権力パフォーマンスでしかありません。小林には高市政権と本気で戦う気持ちは全くありませんし、日本が中国との戦争に突入する危機を止めようという気持ちも全くありません。
そもそも小林が反高市になったのは、ゴー宣DOJOで山尾志桜里に反論できなかったことに対する恨みが動機となっています。
日本が中国との「止められない戦争に突き進む」可能性を懸念している小林は、かつての自分が何と言っていたかを忘れたのでしょうか。台湾を独立国として持ち上げる一方で中国の軍事的脅威を煽り、国のために戦うことの尊さを主張していたのが右派時代の小林です。
そもそも日本における「積年の恨みが劣化したナショナリズムの暴発」のきっかけを作り出したのは、右派時代の小林の言論活動です。小林が日本の右傾化やナショナリズムの暴発を本気で懸念しているのなら、自分の数々の言説が社会に与えた影響について謝罪をするべきでしょう。
転向の経緯を何も説明しないまま時流を読んで意見を変える小林は、厚顔無恥な変節漢でしかありません。
ポピュリズムを利用した逆張り言説を唱えてきた小林が、ポピュリズムを批判しても全く説得力がありません。言論の自由が保障されていることを利用して無責任な言説を唱え続けた小林が、言論の自由を守れと叫ぶのは図々しいにもほどがあります。
それにしても小林とゴー宣DOJOは、一体どうやって「高市政権」や「全体主義」と戦うつもりなのでしょうか。まさか小林一派は、よしりんバンドによる歌の力で「高市政権」や「全体主義」と戦おうと本気で考えているのでしょうか。
内輪向けの自己満足のためのエンタメ路線を方針にしているゴー宣DOJOには、全体主義と戦う力などありません。独裁と公私混同で運動団体を腐敗させた小林が「「言論の自由」を守って全体主義と戦いぬく」と言っているのは、悪い冗談にもほどがあります。
小林がやるべきなのは、過去の言論活動に対する清算を行うことです。自らの間違った言説が社会に負の影響を与えた事実から、小林は逃げるべきではありません。今の小林は「高市政権」や「全体主義」と戦うよりも、己の心の中に巣くっている肥大した自我と戦うことの方が必要でしょう。
ところで、今日も小林はブログで書き間違いをしていたようです。小林は「レーダー照射」を「レーザー照射」と書き間違え、「口を噤む」を「口を紡ぐ」と書き間違えていたようです。果たして小林の頭脳の具合は大丈夫なのでしょうか。小林本人に病識が欠落しているのが何とも気がかりです。
情報商材屋等と言わずとも歴史に学べば、昔からその手の話は沢山ありますよ。
日蓮の立正安国論、ノストラダムスの大予言、戦前には日蓮主義(田中智学の造語)が空前の大ブームだったわけで。
戦争論では完全にスルーでしたよね。都合が悪いでしょうし。なぜなら八紘一宇も田中智学が作った造語であり、戦前は日蓮主義を元にしたユートピア思想に取り憑かれた人も多かったわけで。石原莞爾であったり、宮沢賢治であったり。
宗教右翼なんてのもお笑い草で、言い得て妙ですが要は宗教左翼ですよね。イデオロギーを元にしたユートピアを作ろうなんて。尊王を気取るのも、建神主義とは矛盾しませんし。人工の神を立て、宗教を容認しつつ、共産主義的な理想郷を作ろう…左翼の人が大喜びしそうな本に仕上がりそうですよね。実際は右翼だなんだと激怒しましたが。
さて、喉元過ぎれば熱さを忘れると言うものですが、煽るまでもなく社会不安が広がる背景は沢山ありましたよね。リーマンショックによる金融危機、震災、原発事故、コロナパンデミック。戦前も特に世界恐慌は社会不安が広がるには充分にあったわけで。
不安ならば単に学べば良いだけですよ。煽った奴が悪いとは何でしょう。放射能デマも単純に高校レベルの物理や化学を勉強すれば良いだけです。薄めてもカルピスはカルピスなんて言わなくなりますから。ワクチンデマに騙される人も、科学がとても苦手なんだろうな、とも思いますし。
そうですね…やはり幼少の頃に言われた漫画を読んでばかりいるとバカになるぞ、ちゃんと勉強しろ、は正しい教えだったかなと。