はにま通信と宗像教授の伝奇考

深夜に大林批評が届いたので紹介します。


《小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』は、1992年から95年のころは『SPA!』では看板作品として位置付けられていました。しかし、今のゴー宣は90年代のころと違って人気が低下しており、『SPA!』での連載に辛うじてしがみついている状態です。

ところで、気になることがあります。「日刊SPA!」のサイトでは様々な連載が公開されていますが、連載作品としてのゴー宣の最新話の更新は数か月も前から行われていません。どうやら小林が脳出血で倒れる前のころから、「日刊SPA!」でのゴー宣の最新話の公開は止まっているようです。

「日刊SPA!」での更新が止まっていることから分かるように、ゴー宣は雑誌『SPA!』や扶桑社ではお荷物扱いされています。ゴー宣が雑誌で戦力扱いされていない時点で、編集部が作品を将来的な打ち切り候補と見なしている可能性も当然あり得ます。

小林が例の漫画ブックを始めたのは、ゴー宣が『SPA!』で打ち切られた後も収入源を確保できるようにするための策だったのかもしれません。しかし小林の目論見は裏目に出てしまい、漫画ブックは始まったばかりの段階で大コケとなりました。

「『神功皇后論』も来年、単行本が出たら、大ヒットして、古代史ブームの牽引役になると思っている」

と小林が言っているのは、追い詰められた状態で虚勢を張っているだけです。

自分のゴー宣が将来は『SPA!』で打ち切りになる可能性を視野に入れている時点で、小林は『神功皇后論』のヒットを本当は信じていないのでしょう。どれだけ落ちぶれても嘘をついてまで虚勢を張り続ける小林は、本当に哀れな人間です。

『SPA!』でお荷物扱いされている言論漫画『ゴーマニズム宣言』は、そろそろ作品の寿命が見え始めてきたのかもしれません。》(大林わるのりさん) 

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519265175.html


どうやら商業誌連載の寿命が尽きるのが先か、コバヨシ本体の寿命が尽きるのが先か、という状況にあるようです。


ともあれ、古代史ブームの牽引役のマンガといえば、既に『宗像教授シリーズ』があるので、コバヨシの出る幕ではないでしょう。

私も久しぶりに宗像教授の伝奇考を読んでみたら、相変わらず面白かったので、コバヨシも是非読んで参考にすると良いでしょう。

得意のパクリをスタッフに指示してみては?

https://bigcomics.jp/series/93a6380689932#


古代史といえば、大山海の「はにま通信」を読んでいるのですが、これがバチクソ面白いのでオススメです。

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絵柄的には、つげマンガ系でもしかしたら好き嫌いが分かれるかもしれませんが、コバヨシのスタッフは是非とも読んで勉強してください。

マンガ家のスタッフならば、面白いマンガの現在地ぐらい把握しておくべきでしょう。

この記事へのコメント

大林わるのり
2025年12月26日 22:39
田油津媛のアイデア、降臨。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44247
>神功皇后VS田油津媛の対決、第一弾はすでに描いたが、(未発表)第二弾、最終対決の苦しんでいたアイデアがついに降臨した。
>書く前に顔を洗って、歯を磨いて、いよいよシナリオコンテに着手する。今日からコンテを徐々に仕事場にファックスして、明日には完成させる予定だ。スタッフの仕事始めは来年1月5日から。画稿締め切りは8日(木曜)だ。
>神功皇后VS田油津媛は、かなり激闘になる。勝手にワクワクしてしまうなぁ~~~~~~。

自分の作品のアイデアに対して、「勝手にワクワクしてしまうなぁ~~~~~~」と小林は言っています。しかし、作者である小林が自分のアイデアにワクワクしていても、作品を読んだ人もワクワクしてくれるとは限りません。

今の小林が創作者として問題なのは、自己満足で作品を手掛けているせいで読者が置いてけぼりになっているということです。「どのように描けば読者が面白いと思ってくれるだろうか?」という視点が、今の小林には欠落しています。

しかも、小林が自ら思いついたかのように言っているアイデアは、果たして本当に彼が考えたものであるかさえも怪しいものです。なぜなら今のゴー宣は、シナリオの執筆も原稿のペン入れもスタッフに丸投げされているからです。

そもそも小林が自分の創作活動をブログでやたらと強調しているのは、漫画の製作をスタッフ任せにして自分は仕事をしていないことを隠すためです。もしも小林がアイデアを本当に考えたとしても、シナリオの執筆はいつも通り時浦が担当するのでしょうね。

漫画家として終わってしまった今の小林は、一般人や漫画ファンがワクワクする作品を生み出す力を持っていません。しかし狂信的なシンパたちは、小林名義の作品ならばどのような駄作であっても褒めてくれるのでしょうけどね。
大林わるのり
2025年12月25日 23:05
どうやら小林よしのりは、漫画家としても言論人としても致命的な欠点があるようです。なぜなら小林(或いは時浦)は、漫画であっても物語に対する読解力が欠落していたり、或いはその作品を読んでもいないのに読んだかのように知ったかぶりをするという特徴があるからです。

私が気になったのは、手塚治虫『ブラック・ジャック』に対する小林の解釈です。

「さらにわしは大学生の頃、『ブラック・ジャック』を読み、そのキャラクターの設定に驚嘆した」
(小林よしのり『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論3』扶桑社、269ページ)

小林は、大学時代に『ブラック・ジャック』を読んだと公言しています。しかし、小林による『ブラック・ジャック』の解説は、本当に作品を読んだことがあるとは思えないめちゃくちゃな内容でした。

「そして、ブラック・ジャックと対立するドクター・キリコという安楽死専門の医者が登場する。生死ギリギリの患者を救おうとするブラック・ジャックに対して、安楽死させたほうが幸せな者もいると確信するキリコ。その時、ブラック・ジャックはキリコを完全に否定することができずに葛藤し、悩んでしまうのだ」
(小林よしのり『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論3』扶桑社、270ページ)

小林が紹介している「ブラック・ジャックはキリコを完全に否定することができずに葛藤し、悩んでしまう」というシーンは、私の記憶では原作には全くありません。私は少年時代のころに『ブラック・ジャック』を愛読していたので、小林による作品の理解は出鱈目であると断言できます。

もしも小林が大学時代に『ブラック・ジャック』を本当に読んだことがあって、そのような形で作品を理解をしたのならば、明らかに読解力に問題があると言わざるを得ません。

おそらく小林は実際は『ブラック・ジャック』の原作を全く読んでいないか、或いは大学時代に読んだとしても数十年経って内容を忘れてしまったかのいずれかでしょう。どちらにしろ言えるのは、小林は『ブラック・ジャック』の内容を知ったかぶりしているということです。

もしくは、小林名義の言論漫画である『コロナ論』シリーズのシナリオは、実際は時浦が書いた可能性もあるでしょう。しかし若いころの時浦は、手塚治虫の作品の熱烈なファンで愛読者でもあったはずです。

『コロナ論3』のシナリオを時浦が書いたとすれば、彼は手塚ファンのくせに『ブラック・ジャック』の内容さえも理解していなかったことになります。やはり、時浦のオタク知識は実際は怪しいのでしょうね。

或いは、師匠の小林が話している『ブラック・ジャック』の理解が間違っていることに気付いていたものの、時浦はイエスマンだから反論さえできずに言論漫画のシナリオにしてしまった可能性があります。仮にそうであるならば、時浦はブレーンとして小林の言説のチェック機能を果たしていなかったことになります。

『コロナ論3』のシナリオを書いたのが小林なのか時浦なのかはともかく、作中で描かれた『ブラック・ジャック』の内容の解説は明らかに出鱈目です。

小林(或いは時浦)は『ブラック・ジャック』に対する読解力が欠落しているか、もしくは読んでいるのに内容を忘れてしまったか、それとも作品を読んでいないのに読んだかのように知ったかぶりしているかのどれかに当てはまっているのでしょうね。

小林(或いは時浦)による『ブラック・ジャック』エアプは、漫画の神様・手塚治虫に対する冒涜と言っても過言ではありません。『ブラック・ジャック』エアプをして知識人を気取る小林(或いは時浦)は、原作者の手塚先生に対して謝った方がいいでしょう。
大林わるのり
2025年12月11日 15:52
もしも末永直海がよしりん企画を退職せずに今も秘書を務めていたならば、小林よしのりの漫画家人生は違ったものになっていた可能性があるでしょうね。

末永が小林の秘書兼ブレーンをやめていなければ、『おぼっちゃまくん』もコロコロで最終回らしい話が描かれた形できちんと完結できていたでしょう。

また、末永がブレーンとして残り続けていれば、小林は90年代後半以降もストーリー漫画家としてしっかりした創作活動を送ることができていたかもしれません。

末永が退職して以降の小林は、ストーリー漫画家としての仕事に精彩を欠くようになったことは否定できません。それは、小林が言論系の絵解き漫画の執筆に専念するようになったからというだけではなく、ストーリー漫画担当のブレーンだった末永を失った影響もあるのでしょう。

独りよがりでマニア向けな作風だった小林漫画を軌道修正してくれていたのは、ブレーン担当だった末永による助言だったのかもしれません。末永が小林ブレーンとして優秀だったのは、『おぼっちゃまくん』ヒットの功労者となっただけではなく、彼女が後に作家として独立できたことからも明らかです。

そもそも『おぼっちゃまくん』のヒットは、何から何まで小林の実力のおかげではありません。コロコロ編集者や末永がブレーンとして機能していたおかげであり、シンエイ動画によるテレビアニメ化がうまくいったおかげでもありました。

『おぼっちゃまくん』のヒットのせいで実力以上の成功を得てしまったことは、小林が自分の才能を過大評価して等身大の自分を見失う一因になったとも言えます。

よしりん企画が家族的共同体であることを強調していた小林は、頼りになる仲間だった末永をなぜ手放してしまったのでしょうか。末永を手放してスキャンダル雑誌を悪者扱いすれば、ゴー宣で得た名声を守ることができるという打算が小林にはあったのかもしれません。

おそらく小林は、ストーリー漫画家としての人生を今後も送ることを選ぶよりも、ゴー宣で自分を粉飾することで得た名声を守ることの方を選んだのでしょう。優秀なブレーンである末永を手放してしまったことは、小林をストーリー漫画家として終わらせてしまうことにつながったとも言えます。

もしも小林が『SPA!』で『ゴーマニズム宣言』の連載を始めていなれば、秘書でブレーンだった末永が後によしりん企画を退職することはなかったでしょう。

言論系の絵解き漫画しか描けなくなって漫画家として終わってしまう人生よりも、末永やスタッフたちと一緒にストーリー漫画を描き続けている人生の方が、小林にとっては幸せだったのかもしれません。

ゴー宣の作者となってしまったことは、小林の漫画家人生にとって大きな不幸をもたらすことになってしまいました。
大林わるのり
2025年12月05日 22:56
わしは野望を燃やしている
https://www.gosen-dojo.com/blog/58780/

小林よしのりが大言壮語をして自信満々な態度を見せている時は、実際には自信のなさや不安を内心に抱えています。

旧ゴー宣のころの小林が自分を「天才漫画家」と称していたのは、実際には自らの漫画の実力についてコンプレックスを抱えていたことの裏返しだったのでしょう。

また、今の小林が漫画の仕事に関してブログで自信にあふれた言葉を書いているのは、実際には不安と限界を感じて押し潰されそうになっていることの裏返しでしょう。

「わしは「おぼっちゃまくん」新作を描いている。実に楽しい」と小林が言っているのは、実際は楽しいとは正反対の気持ちなのかもしれません。

新作『おぼっちゃまくん』を発表した漫画ブックがが大コケしたことや、病気の影響で茶魔の絵も震えた線でしか描けなくなったことにショックを受けているのが今の小林の現実でしょうね。

ゴー宣スペシャルである『神功皇后論』を「大ヒットも狙える漫画じゃないかと、わしは野望を燃やしている」と小林が言っているのは、実際はゴー宣の人気低下を気にしていることを隠すためでしょう。

そもそも『神功皇后論』が大ヒットを狙える漫画であるならば、『SPA!』で連載中の段階から一般人たちの間で話題になっているはずです。もしも『神功皇后論』が『SPA!』の看板作品であったなら、小林は今と違って編集部から優遇されていたでしょう。

そうであるならば、『SPA!』で作品の巻頭カラーが載っていたかもしれませんし、小林と歴史学者の対談記事が雑誌に載っていたかもしれませんし、「日刊SPA!」でも連載作品の公開が今も更新されていたはずです。

実際には『神功皇后論』は大ヒットを狙える漫画ではありませんし、『SPA!』の看板作品でもありません。何よりも今のゴー宣が『SPA!』ではお荷物扱いされていて、将来の打ち切り候補と編集部に見なされている可能性があることは小林が誰よりも知っているでしょう。

ゴー宣スペシャルをどのような内容で出しても全く売れないことや、『愛子天皇論3』をシンパたちにまとめ買いさせても大して売れていないことも小林は知っているはずです。

『SPA!』編集部が90年代のころと違って自分を優遇してくれないことに対して、小林は内心では不満を感じているはずです。だから、『神功皇后論』で描かれた絵の修正を『SPA!』編集部が要求することは、小林にとっては面白くないのでしょう。

しかも、小林は『神功皇后論』のペン入れには関わっていない上に、シナリオの執筆も時浦に丸投げさせています。小林が漫画の創作についてブログで報告をしているのは、実際は自分が作品を執筆していないことを隠すためです。

新作『おぼっちゃまくん』でさえネタのアイデアやギャグは小林が考えていたとしても、果たして今の彼には物語のシナリオを執筆できる能力があるかどうかは疑問符がついてしまいます。

現実を直視することから逃げて悪あがきを続けている晩年の小林の生き方は、漫画家としても人間としても浅ましくて愚かであるとしか言いようがありません。
大林わるのり
2025年12月05日 00:18
横浜LIVEはテンション爆上げでいくぞ!
https://www.gosen-dojo.com/blog/58765/

小林よしのりが言っている「歌とトークでプロの歌手を超える!」なる発言は、自らの実力を無視した虚勢でしかありません。

言うまでもありませんが小林の歌唱力は、過去に自らが宣伝していた歌ウマ自慢とは全く正反対のものです。また、鳥山明の死を嘲笑したことからも分かるように、小林のトーク力は残念な代物でしかないようです。

歌手の真似ごとをして自己満足している小林は、またしてもプロの音楽関係者へのリスペクトを欠いた発言をしました。

「わしは最近の歌番組がダンスばっかりで、つまらんでしょーがない。自分で創るのだ。自分でとことん楽しめるエンタメを創る!」

「最近の歌番組がダンスばっかりで、つまらん」と小林が感想を持つだけならば、あくまでも個人の自由なので別に構いません。

しかし、よしりんバンドの力でダンスばかりの歌番組を超えることができると小林が言いたいのならば、真面目に仕事をしているプロの音楽関係者たちを馬鹿にしていることになります。

小林が批判しているダンスばかりの歌番組はプロが何かしらの形で関わっていますが、よしりんバンドのイベントはアマチュアの自己満足の産物でしかありません。その歌番組に出演してダンスをしているグループの人たちでさえ、一応プロとしてデビューしているわけです。

プロの音楽関係者ではない小林が、歌番組と向こうを張る音楽のエンタメを作る気でいるのは笑止千万です。小林の本業が漫画家であるならば、「自分でとことん楽しめるエンタメを創る」は漫画の創作活動によって実践するべきでしょう。

ただし、例の漫画ブックで発表された新作『おぼっちゃまくん』が駄作であることから分かるように、今の小林は本業の漫画で「自分でとことん楽しめるエンタメを創る」能力さえも失われてしまいました。

漫画の執筆をスタッフに丸投げし、カラオケ趣味と運動ごっこに溺れて歌手の真似ごとをしている今の小林はプロ失格です。プロの仕事をおざなりにしている小林は、プロの音楽関係者に対するリスペクトさえも失われてしまったのでしょう。

ゴー宣でプロの意義をこれでもかと強調していた小林が、年老いてからプロへのリスペクトを欠いた人間になるとは、ファン時代のころの私は夢にも思っていませんでした。

よしりんバンドに夢中になってプロの意義を忘れた小林に対しては、やはり「プロをなめるな」の忠告が似合っています。