可哀想な人間小林よしのりのトラウマ

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コバヨシは「ゴーマニズム宣言」の前身である「おこっちゃまくん」(月刊宝島・1989年-1991年)を連載していた頃から「わし以外のマンガ家は頭が悪くて幼稚な腰抜けしかいない」という強がりを言い放ち、マンガ家として天賦の才能があると自称し、「わしならもっと凄いものが描ける」「わしがエロ漫画を描いたら誰よりも過激で猥褻な作品になる」「わしがホラーを描いたらとんでもなく恐ろしい物語になる」「わしは手塚治虫の火の鳥以上の歴史大河作品をライフワークにすることになろう」というようなことをずっっっっっとずっと言い続け、昭和・平成・令和と時が流れて、35年以上経ちましたが、結局コバヨシはそのような作品を一つたりともモノにしないままプロマンガ家として終幕しようとしています。

私は世代ではないので、「東大一直線」を通過しておらず、当時どのようなインパクトがあったのか分かりません。ギャグマンガというのは即時性というか、連載しているその時が一番鮮度が高く、のちの人がその笑いについて評価するのは難しいものでありますから何とも言えませんが、おそらくは「作家の初期衝動」に読者(当時の子供たち)は惹きつけられたのでしょう。

しかし天賦の才能があるマンガ家の作品は例えギャグ作品でも後世の人さえも惹きつけるものです。

天才バカボンなどがその良い例でしょう。

コバヨシは天才を自称していますが、実際に残されている数少ない作品(ゴー宣シリーズ以外)を読むと、正直なところ「別に普通」としか言いようがないものばかりです。

「別に普通につまらないもの」と「別に普通に読めるもの」と「別に普通におもしろいもの」があり、いわゆる天才タイプではありませんし、鬼才でも奇才でもなく、極めて普通な昭和感漂う古いタイプのマンガを描く人といった感想を抱く人がほとんどなのではないでしょうか。

自分から勝手にハードルを上げてしまったことにより、小林の過去作(古本)をAmazonやメルカリなどで試しに買って読んだ人が「天才言うわりに全然おもろないやんけ!」と失笑してすぐに廃品回収に出してしまうような有り様になっていやしないでしょうか。

コバヨシのマンガ家としてのキャリアは1995年頃にヤンマガで連載した「私たち普通の日本人」「次元冒険記」で実質終了しています。

それ以降はマトモに漫画誌から依頼が来ることもなく、「ゴー宣の小林」「戦争論の小林」というフィルターを通してしか作品を発表することが出来ませんでした。

コバヨシは鳥山明が「ドラゴンボール」で使い潰されたかのように言って嘲笑していますが、鳥山はDB連載終了後も実は名作と呼ぶに相応しい作品を幾つも発表しています。

ドラゴンボールがあまりにも世界的に有名になりすぎたがゆえに、それ以降の作品を軽んじる人が見られますが、マンガ読み、マンガ通はドラゴンボールよりもむしろそれ以外の短編を高く評価していたりもするのです。

鳥山明はご自身のことを決して「天才」などと自称しませんでしたし、そのように評価されても謙遜し、驕ることがありませんでした。

しかし、おそらく小林よしのりとそのシンパ以外はその作風の好き嫌いはあるにしろ、鳥山明が天才であったことを否定する人はいないでしょう。

自称天才であるコバヨシにはそれは耐え難い「真実」であり、そんな「真実」など認めたくはないから鳥山の訃報を嗤うことで憂さ晴らしをしたわけです。

いやはや何とも卑しい心根です。

https://youtu.be/pAv00xN_FfU?si=XRggmz7qdJ9P8C2d

そんなコバヨシについての見事すぎる的確な分析を今日も紹介します。


《ゴー宣DOJOだけではなく、小林自身も「どん底」の状態にあると言えます。

「どん底の時代から、いかにして浮上するか、いかにして活路を見出すか」と小林が言っているのは、まるで彼が自分自身に言い聞かせているかのようです。

不治の病によって余命を自覚せざるを得ない身となったことやチーフ広井の体調不良など今の小林はどん底のさなかにあります。

小林が漫画家としてオワコン化したことは、最近始めたばかりの漫画ブックの大コケでも証明済みです。

小林が今置かれた現実と真面目に向かい合うならば、漫画家や言論人としての引き際を考えて終活に取り組むべきでしょう。しかし、小林は自らの現実を直視しようとせず、運動ごっこと趣味のカラオケに夢中になることで自己逃避をしています。

漫画や言論で勝負をすることをやめてカラオケにうつつを抜かす小林の生き様は、プロの表現者としては滑稽で愚劣なものでしかありません。

小林の言いつけ通り『愛子天皇論3』をまとめ買いしてきた門下生たちでさえ、生活苦のせいで無い袖は振れない人も少なくないでしょう。門下生たちの経済的な苦境に同情さえせず、自分の金儲けのためならファンから平気で搾取を行う小林商法はもはや限界を迎えています。

しかし、小林が自らの間違いに気付いて反省をすることは、もはやあり得ないでしょう。

「永遠の嘘をついてやる」と小林が言っているのは、「わしは反省なんてしないぞ」と宣言をしたようなものです。

反省をすることや現実を直視することを拒んだ小林は虚勢を張る生き方を続けることを選びました。

小林よしのりが大人になってから虚勢を張る生き方をするようになったのは、結局、幼少期のころの生い立ちが原因であった可能性が高いでしょう。

そもそも幼少期のころの小林の最大のコンプレックスは持病の喘息のせいで健康優良児ではなかったということです。

喘息を抱える虚弱児であったのに、相撲大会に参加していつも負けていたことは小林少年にはトラウマとなったでしょうね。

男の子が相撲大会に出ることが世間の同調圧力でほぼ強制であったのは、小林にとっては耐えがたい苦痛であったはずです。

しかし、小林が相撲大会に参加をしなかった場合でも周囲の子供たちから「善範は逃げた」と馬鹿にされることは目に見えています。だから、当時の小林は痩せ我慢をして相撲大会に出て負けることを選んでいました。

小林が虚勢を張る生き方をするようになったきっかけは相撲大会で負け続けていたことの劣等感も原因の一つでしょう。

小林のマッチョイズム的な姿勢は、臆病さや弱さを隠すために虚勢を張っていることの裏返しです。

痩せ我慢をして嫌々相撲大会に出ていたころの幼少期の小林もそうでした。

また、小林のマッチョイズム的な姿勢は男尊女卑的な価値観ともセットです。

小林が男尊女卑的な価値観を持つようになったのは、やはり幼少期に両親から虐待を受けた影響を無視できません。

大人になってからの小林は母親への恨みの影響でミソジニー的な人間性になりました。

小林が抱えている男尊女卑的な価値観は、ミソジニー的な価値観も内包されています。

また、大人になってからの小林は父親への恐怖心と祖父への追慕の念の影響でファザコンになりました。

小林が男尊女卑や亭主関白に憧れを持つようになったのは無意識の中で恐れていた父親と精神的に同一化してしまった影響であるとも言えるでしょう。

両親から「喘息は依頼心のせいだ」と言われ、プレハブ小屋に放り込まれたことも小林の後の生き方に影響を与えたでしょうね。

「依頼心を克服して自立する=虚勢を張って生きる」という風に、小林は解釈してしまったのかもしれません。

喘息の持病に悩まされていたのに周りから大事にされなかった幼少期の生い立ちは小林の心に深い傷を残しました。

晩年になっても虚勢を張る生き方をやめることができなかった小林は、幼少期のころのトラウマにずっと苦しめられ続けた弱者であり、可哀想な人間であったと言えるでしょう。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518937849.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/519107491.html

この記事へのコメント

大林わるのり
2026年01月01日 23:09
ゴー宣ファンの中には、小林よしのりが作中で自分を「天才漫画家」と宣伝していたことを本気で信じてしまった人もいるでしょう。恥ずかしながら、かつての私もそうでした。

確かに小林は、ギャグ漫画家として『東大一直線』と『おぼっちゃまくん』をヒットさせた過去があります。そのせいで、ゴー宣ファンの中には小林を漫画家として過大評価する人が出てしまうのも無理もありません。

ファンがゴー宣での宣伝を真に受けて小林を「天才漫画家」として過大評価してしまうと、後になってからどのような反応になるかは想像に難くありません。

小林がギャグ漫画家として描いた過去作と出会って、幻滅してしまうかもしれません。なぜなら小林のギャグ漫画を、天才が描いた後世に残る古典的な名作として評価するのは明らかに無理があるからです。小林の数々の作品で描かれたギャグでさえ、下ネタや駄洒落や一発芸ばかりでしかありません。

また、小林がフィクションで何を描いても好意的に評価する盲目的な信者と化してしまうかもしれません。漫画ブックに小林名義で発表されている新作『おぼっちゃまくん』を絶賛しているシンパたちがそうです。

或いは漫画家としての小林に対して、「将来はどんな作品を描いてくれるだろうか」と過剰な期待を抱いてしまう人も出てしまうかもしれません。小林ファンだったころの私がそうでした。

ファン時代のころの私は小林のことを、ヒット作を生み出した天才漫画家で言論人としても勉強を重ねている人として解釈していました。ゴー宣ファンだったころの私は、「将来の小林は青年誌でシリアスな社会派作品を描くかもしれない」と思っていました。

「小林はゴー宣での勉強の成果を生かして、『沈黙の艦隊』のような本格的な政治漫画を描いてくれるかもしれないし、もしくは『あずみ』のような歴史ものの大河作品に挑戦してくれるかもしれない」
と当時の私は本気で期待していました。

「もしも小林がゴー宣での勉強を生かして、真面目なストーリー漫画ばかり描くようになったら、『ギャグ漫画家小林よしのり』が好きだったファンは悲しむだろうな」
とファン時代のころの私は思っていました。

今思えば恥ずかしい話ですが、ゴー宣ファン時代の私は小林のことをストーリー漫画家として期待し過ぎていました。小林が天才漫画家ではないことは現在なら理解できますが、ファンだったころの私は彼の自己宣伝を鵜呑みにしていました。

そもそも小林は、『東大一直線』のころからギャグ漫画家としてワンパターンな内容の話作りを繰り返してきました。しかも小林はプライドの高さと嫉妬心が邪魔をして、他の漫画家が描いた作品から学ぶことができませんでした。つまり、小林は漫画家として一流になる資質が欠けていたのです。

言論系の絵解き漫画に逃げた上に、自分が編集長を務める雑誌で自己満足のために作品を描いていた時点で、小林が漫画家として成長する余地はもうなくなっていたのでしょう。

小林名義で発表された『大東亜論』や『神功皇后論』でさえ、歴史作品とはいえ彼がゴー宣で描いてきた絵解き漫画の域を出るようなものではありません。

それどころかブレーンに頼らないと言論活動ができない時点で、小林は勉強不足な人間です。『ビッグコミック』や『モーニング』に連載されている社会派作品を描けるような頭脳は、小林は初めから持っていなかったと言えます。

ファン時代の私が、小林による「わしは天才漫画家」の宣伝を鵜呑みにしてしまったのは、まさしく黒歴史でした。小林による「わしは天才漫画家」の宣伝が単なるハッタリでしかなかったことは、彼の漫画家人生の歩みが見事に証明しています。
すろん
2025年11月23日 17:12

 先日、PCのファイル整理をしていたら、以前書きなぐりをした小林よしのりについての雑文が出てきました。疑問編と提案編がありました。下記はその疑問編になります。

小林よしのり氏への疑問点
令和2年10月29日

1、小林よしのり氏のゴーマニズム宣言を読むと「あれはああだ、これはこうだ。だからそれはおかしい、まちがっている」もしくは「(承前)だからそれはこうなるのが正しい」こういう部分をよく見る。しかし、否定にせよ肯定にせよ、小林氏が断定的に言い切っている部分には、「なんでそうなるの?」と疑問符が付くことが多々ある。自分に基礎知識が不足しているからなのだろうとは思うのだが、読者の中には同じような疑問を持つ人が多数いるのではないかと思う。『わしがこう思うからこうなのだ』というギャグをかましているのが「ゴーマニズム宣言」、とも理解できるが、それでは「小林信者」以外の読者は徐々に飽きて呆れて相手にしなくなるのではないか。

2、かつての作品に脱正義論がある。その中に、とても印象に残るエピソードが書かれていた。薬害エイズでカミングアウトした川田龍平たちとの「運動」に温度差を感じていた小林氏は、ある日川田龍平から笑いながらこんな指摘を受ける。「発売中の作品に重大な事実誤認がある。母親の髪の毛はあの当時ロングヘア―だったのに、作品ではショートになっている」というものであった。それに対して、小林氏はこう答えている。「マンガ的手法として、キャラ立ちを図るために多少の修正は認められていることだ」と。川田龍平はそれを聞いて、しばらくじっと考えて、こう云い捨てた。「しょせん、小林さんは漫画家なんですよね。」そのあとは、なにを目的に川田龍平はこんなことを自分に云ってきたのかについての考察を進めていく内容になっている。以上は、私の30年前の記憶で書いている。作品上の文章を引用したものではないため、詳細な語句や表現・言い回しは原本とは相違しているかもしれない。
ポイントは「これはマンガ的手法として認められていること」つまり、マンガ家は使っていいけれど、それ以外の表現者には認められないという決め事がある ということなのではあるまいか。このことは「なんだかんだ能書きをぬかしていやがるが、最終最後にはおちゃらけネタオチで話を〆る漫画家のごたくにすぎない」という批評に信ぴょう性を与えるのではないか。小林氏の脳内で是々非々の基準があれば問題外の事なのか。それでは言論人・知識人としては失格なのではないのか。正義論を読んで30年近く経ってもこのことは疑問のまま残っている。



わたしが愚行録ブログを読み始めたのは平成5年の6月からですので、その3年前に記述したことになります。
鷲ヲさんと大林さんの論評によって、小林よしのりという人物について理解を深めることができました。今までわからなかったことが解析されて、なるほどあれはそういう事だったのか、と納得できることは、知る喜びであり快感でもあります。
小林よしのりが表現活動を続ける限り、世の中に害毒をまき散らすわけですから、公衆の敵としての害悪の詳細を世に知らしめる役割を果たしている愚行録ブログはとても貴重だと思います。