永遠の嘘をついてやる

コバヨシが活躍した1980年代後半から1990年代はある程度の虚言が通用する時代でした。

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いわゆる「バレなきゃイカサマじゃねえんだぜ」というヤツで、大ぼら一代なんつって、自分を大きく見せる為の嘘を吐いてもわざわざそれを検証する人もなく、まあ当事者が言っているんだから、「らんま1/2は内容が内容だから放送する時間帯を移動したわけではなく、同時間帯の裏番組「おぼっちゃまくん」に視聴率戦争に負けたのも「真実」であるし、噂の眞相という雑誌が取材して記事にした「よしりん企画」の内幕がすべてデマであるのも「真実」であるし、薬害エイズの被害者である川田龍平が面と向かって小林を嘲るように顔を歪めて捨て台詞を吐いたのも「真実」なのだろうと読者は信じていました。

なにしろ当事者が証言しているのですから、わざわざそんな嘘など吐くわけがないと誰もが思うものでしょう。

しかし、時代は流れ、今の時代は発言の真偽をしっかり見極めなければ、たとえ当事者の証言でも安易に信用してはならないという意識が強まりました。

それでも小林はこの時代の風潮についてゆけずに、未だに虚言を弄び、それでマヌケな読者を騙そうとしているわけです。

もし仮に小林が今の風潮をしっかりと捉えて、自分を大きく見せる嘘を吐くのをやめておけば、今ほどの凋落はなかったように思います。

しかし、いわゆる全盛期の時に通用した虚言こそが彼自身を唯一支えていた武器であり防具でもあった為、それを捨てて新たな武器を作り出す労力は並大抵のものではないので、安易な嘘に縋り続けたのでしょう。みじめなものですね。


永遠の嘘をついてやる | ゴー宣DOJO

《『神功皇后論』も来年、単行本が出たら、大ヒットして、古代史ブームの牽引役になると思っている。博打を打つ覚悟のない奴は、しょぼくれていればいい。だが、『東大一直線』もバクチだったし、『おぼっちゃまくん』もバクチだったし、『ゴー宣』も『戦争論』も、次から次にバクチを打ってるだけじゃないかと思っている。》

《最近、脳溢血でリハビリなんて、クソくらえと思っている。》

《不良の精神をなくしたら、終わりなんだと思う。これが堅気の人には分かってもらえない。

音楽活動だって、ヤクザ商売そのものなんだから、そのうちバクチをやってやると思っている。》

《死ぬよりバクチ売って失敗する方がマシだろう。不良の精神があるかどうかだ。まだ70代そこそこだ。いったい何歳まで不良でいられるかなんだ!》


なんというみっともない虚言でしょうか。

何かひたすらイキって自分を大きく見せようとしていますが、要するに「わしは死にたくない。生きながらえて銭儲けがしたいし、カラオケやって信者にチヤホヤされたい」という願望を吐露しているだけの内容です。


さて、小林はどうしてこのような虚言癖の醜い爺さんに成り果てたのか、それは大林さんによる分析の中にヒントがありそうです。


《そもそも『おぼっちゃまくん』のヒットは、コロコロ編集者や末永直海がブレーンとして優秀だったおかげであり、シンエイ動画によるアニメ化が成功したおかげでもありました。

また、『戦争論』のヒットはつくる会の支持母体でもあった宗教右翼によるまとめ買いのおかげです。

ただし宗教右翼によるまとめ買いがなくなってからは、小林の本の売り上げは次第にジリ貧となっていきました。

しかし、小林は「わしは自分の実力でヒット作を生んできた」と思いたがる人間であるため、自らの実力を過大評価しています。

90年代後半以降に小林よしのりが右傾化してしまった原因については、様々な理由があげられるでしょう。

例えば、呉智英・浅羽通明・大月隆寛といった『宝島』系人脈の影響で、冷笑系保守の価値観を植え付けられたことがそうです。

また、薬害エイズ訴訟で運動団体と揉めた影響によって、左翼の人たちを憎むようになったこともそうです。

さらに、秘書金森の影響や右派陣営の知識人たちとの付き合いで洗脳されてしまったことや組織票として頼るようになった宗教右翼の言説に影響を受けたことなどもそうです。

それらの要因だけではなく、中年になった小林が右傾化してしまったのは彼の生い立ちの影響も無視できないでしょう。

幼少期のころに喘息で苦しんでいた小林は両親から虐待を受けて育ちました。

母親への憎しみは小林が後に女性蔑視をこじらせる原因となり、父親への恐怖心と祖父への追慕の念は小林が後にファザコンをこじらせる原因になりました。

幼少期のころの小林一家は母親がエゴイズムを貫く個人主義者であり、父親がマルクス主義を信奉する典型的な左翼でした。

ゴー宣を描いて政治にかぶれるようになった小林はエゴイストの母親を戦後民主主義を体現する存在と考え、一方でマルクス主義者だった父親を戦後左翼を体現する存在と考えたのかもしれません。

つまり、中年になってからの小林の右傾化は自分を虐待した両親の価値観に対する反発であったとも言えます。

戦後民主主義者である母親や戦後左翼であった父親に対する小林なりの反抗が右傾化という答えであったのでしょう。それにしても遅すぎる反抗期です。

ちなみに、高校時代のころの小林は髪を伸ばして不良を気取っていたくせに、学校では本物の不良におびえ、家庭では両親に頭が上がりませんでした。

つくる会時代の小林が自分のことを不良グループの構成員になぞらえて得意げになっていたことも納得がいきます。不良気取りのくせに実際はヘタレだった少年時代のコンプレックスを小林は大人になってから解消しようとしたのでしょう。

さらに、小林は虐待のせいで両親に対しては屈折した感情を抱いていますが、母方の祖父に対しては追慕の念を持っている人間です。そうであるならば、右傾化していたころの小林が「わしは悪人となっても祖父を守る」と言っていたことの謎も解けてきます。

戦後的な価値観を体現していると見なした両親に対する反発と戦前からの古き良き日本を受け継いでいると見なした祖父に対する敬愛は小林の右傾化に心理的な影響を与えたのかもしれません。

小林の右傾化や後の反米化は戦前戦中の日本に対する一方的な美化の感情が根底にあります。

今は亡き大日本帝国と敬愛する母方の祖父をイメージとして重ね合わせた影響で、右派時代の小林は戦前戦中の日本を美化するようになったのでしょうね。

小林が中年になってから思想をこじらせるようになったのは、やはり子供のころの不幸な生い立ちが背景にあったのかもしれません。

ただし、確かに小林は可哀想な過去を持つ人間ですが、だからと言って彼が言論人としてやったことは許されるものではありません。

小林は売れない漫画家となった現実を直視できず、未だに虚勢を張っています。

そもそも小林が人前で虚勢を張っているのは、自らの臆病さや弱さの裏返しでもあります。

小林が「リハビリなんて、クソくらえ」とまで言い出したのは、左半身のしびれに未だに苦しんでいることの裏返しでしょう。案の定、小林が目指していた実践リハビリは失敗に終わりました。それどころか、小林の「病は気から」作戦も失敗に終わったようですね。

また、小林が音楽活動で「そのうちバクチをやってやると思っている」と言っているのは、私的なカラオケ趣味を正当化するためでしょう。

しかしながら、よしりんバンドが武道館で歌うという小林の夢は、誰がどう見ても実現不可能です。

ブログで小林が「バクチ」という言葉をやたらと強調しているのは、やけくそになっていることの表われでしょう。

おそらく小林は、自分の創作活動や言論活動が失敗だらけのまま、落ちぶれて死んでいくことに耐えられないのかもしれません。

しかしながら、小林が漫画家や言論人としてもう一度ブレイクを果たすことは、今のままでは実力的にもはやあり得ないでしょう。

小林のように自分の嘘を信じて虚勢を張る生き方をしていると、やがて現実が見えなくなってしまいます。

現実を見失った状態で暴走を続ける生き方をしていたら、最後は破滅が待っています。

小林が今やるべきことは、「自分が長い間取り組んできたバクチは失敗に終わった」という現実を受け入れることです。

嘘をつくことや虚勢を張ることはもうやめて、これまでの人生を懺悔する作業こそが小林のやるべきことでしょう。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518406836.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/516644114.html

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この記事へのコメント

大林わるのり
2025年12月06日 00:52
晩年の小林よしのりの特徴とは、右派・タカ派の立場から変節して左傾化したことと、ゴー宣DOJOを私物化してカラオケ活動にうつつを抜かすようになったことです。

2010年代以降の小林の左傾化の原因には、次のような要因があるでしょう。生長の家を支持母体にした影響で、教団の意向を組んだ言論活動をするようになったことです。

谷口雅宣が実権を握ってからの生長の家は、右派路線を放棄してリベラルでエコロジー重視の路線に転換しました。小林が唱えた女系天皇支持や脱原発の表明などの意見は、支持母体である生長の家の方針とも一致しています。

また、小林が女系天皇支持を表明したせいで、右派陣営と完全に決別したことも影響しています。かつて属していた右派陣営に対する意趣返しや、安倍政権が誕生したことや世論が右傾化していったことに対する逆張りも動機としてあるでしょう。

左派からも右派からも嫌われて言論界での影響力が低下した小林は、ゴー宣道場という蛸壺集団に閉じこもって自己満足のための運動に明け暮れるようになりました。

小林は公私の区別が欠如している人間であるため、彼がゴー宣道場で独裁者となって暴走するのは必然でした。刹那主義者で物事を深く考えられないちぇぶが小林の片腕となったことも、ゴー宣道場の堕落を促進させる一因となりました。

生長の家を支持母体にしたゴー宣道場は愛子さまへの推し活に明け暮れる女系カルト集団となり、さらには小林の私的なカラオケ活動が優先されるファンクラブへとなり果ててしまいました。

2020年代の小林の言論の劣化やカラオケ趣味への傾倒は、認知症の影響も考えられるでしょう。小林が論理的な思考ができなくなったことや、感情や本能のコントロールができなくなったことは、病の影響を抜きには考えられません。おそらく脳出血で入院する前から、小林には血管性認知症の症状が出ていた可能性があるでしょう。

さらに、晩年の小林の左傾化とカラオケ趣味への傾倒を見ていると、やはり両親に植え付けられた価値観の影響をどうしても考えてしまいます。幼少期のころの小林家では、父親がマルクス主義を信奉する左翼であり、母親がエゴイズムを優先する個人主義者でした。

ゴー宣を描いて政治にかぶれた小林は、父親を戦後左翼と見なし、母親を戦後民主主義者と見なしたのでしょう。中年になってからの小林の右傾化は、自分を虐待した両親の価値観に対する心理的な反抗としての意味もありました。

晩年の小林の左傾化は、若いころは戦後左翼だった父親との精神的な同一化とも言えるのかもしれません。

幼少期に自分を虐待した父親への恐怖心の影響で、小林は大人になってからファザコンとなりました。若いころの父親が持っていた戦後左翼の価値観に対して、小林は無意識では反発していたものの最後は遂に飲み込まれてしまったのでしょう。

また、晩年の小林がカラオケ趣味と愛子さまへの推し活に夢中になっているのは、エゴイストだった母親との精神的な同一化にも見えます。

ちなみに晩年の小林の母親は、カラオケ趣味と氷川きよしへの推し活に夢中になっていました。小林はエゴイストの母親のことを憎んでいたのに、皮肉なことに最後は生き方を真似するようになってしまいました。

老年期になってから頭脳の働きが衰えたことにより、小林の発言や振る舞いはかつて両親に植え付けられた価値観の影響が目立つようになったと言えます。

晩年の小林の思想や生き方は、自分を虐待した両親の価値観から最後まで自由になれなかったことを意味しているわけです。両親が植え付けた価値観に対して反抗しようとしたものの、結局は精神的に屈してしまったのが晩年の小林の姿だったのかもしれません。

結局、小林は毒親による精神的な支配から最後まで解放されなかった可哀想な人間だったと言えるでしょうね。
元イボ読者
2025年11月26日 20:47
正直、作家や漫画家の髪が白髪だろうがハゲだろうが、読者にとってはどうでもいいことですよね。
講演などで人前に出るなら、多少は外見に気を遣った方がいいかもしれませんが、普段表に出るわけではないなら、年相応のそれなりの身だしなみであればいいと思います。

イボ先生ぴゃんは昔から、近くにいるブレーンに影響を受けまくります。
ブレーンのちぇぶさんが刹那的で物事の上っ面にしか興味がないようなので、その影響なのでしょう。

最近のブログの内容といえば「ちぇぶが~」「ちぇぶが~」「ちぇぶが~」「妻が~」ばかり。
他の漫画作品をまったく読まない、話題にしないのは昔からですが、ここ最近は本当にちぇぶさんの話ばかりですね。

自分を律することができず、甘やかしてくれる相手には無制限に依存し、手痛い指摘には耳を塞ぐ、悪態をつくという生き方を続けてきた結果、作家でも漫画でもなくなって最期を迎えるというのは、よくできた寓話のようです。
大林わるのり
2025年11月26日 01:24
ゴー宣の主人公よしりんは、現実の小林よしのりとはかけ離れた人間として作中で描かれていました。美男子で、頭が良く、天才漫画家で、言論人としては論破王で、女にモテていて、カラオケでは歌がうまいという超人がゴー宣の主人公よしりんでした。

ゴー宣は言論漫画やエッセイ漫画であるだけではなく、漫画家が描く物語でもあるのだから、ある程度は話を盛って何が悪いというのが小林の姿勢だったのでしょう。しかし問題なのは、小林は病的なまでの虚言癖の持ち主であるということです。

小林は虚勢を張るために自分をかっこいい人間として描いていましたが、実際の彼のダサさや俗物性はやがて読者に見破られてしまいました。また、小林が言論人として主張してきた数々の発言も、後になってからその誤りを読者に見破られてしまいました。

小林が嘘を積み重ねることで得た名声は、読者から嘘を見破られることによって失われていくのは必然でした。しかし、小林は今までの成功パターンに固執するあまり、嘘をつくという悪習をやめることができなくなりました。

例えば、小林が「だが、わしはアンチエイジングが嫌だ」と言っているのは明らかに嘘です。なぜなら小林は老人性イボを除去したことがありますし、RIZAPに通っていたことさえもあった人間ですからね。

また、ゴー宣で描いてきた数々のモテモテ自慢は嘘であることが見破られているのに、小林は今もモテモテ自慢をやめようとしていません。
「現在は、白髪のままでも、40代、50代の女性にはモテているのだ」

嘘をつくことがやめられない小林は、もしかすると自分で自分の嘘に騙されるようになったのかもしれません。何しろ小林は「わしは歌がうまい」という嘘を信じているうちに、シンパたちの前でジャイアンリサイタルをするまでに至ったのですからね。

白髪頭をカラーリングすべきかどうかについて書いている小林のブログ(「わしはカラーリングすべきなのか?」「ファッションと態度だな」)からは、本人の強烈なナルシシズムが文章に表われています。

小林が自分をかっこいい人間であるかのように思いたがっているのは、無意識では容姿に劣等感を抱いていることの裏返しでもあります。

ゴー宣の主人公よしりんという偽りの完璧超人キャラを演じているうちに、小林は等身大の自分が見えなくなりました。「わしはかっこいい人間だ」と無理やり思い続けた小林は、「老化とメタボ化が進んだわし」という現実の自分と向かい合うことを拒むようになりました。

小林が近年の漫画に出すようになった丸ハゲよしりん(直系よしりん)の自画像は、老化とメタボ化が進んだ自分の姿をまともに直視したくないことの裏返しだったのでしょうね。

小林の髪をカラーリングすべきかどうかにこだわっている周囲の人たちも、自分はかっこいいと思いたがる小林も人として重大なことを忘れています。それは、人間は年を取ったらその人の生き方が顔や姿に表われるということです。もちろん小林も例外ではありません。

歪んだナルシシズムに溺れ、現実の自分の姿を直視することを拒む小林は年の取り方を誤ってしまいました。
大林わるのり
2025年11月22日 20:52
小林よしのりが大人になってから虚勢を張る生き方をするようになったのは、結局、幼少期のころの生い立ちが原因であった可能性が高いでしょう。そもそも幼少期のころの小林の最大のコンプレックスは、持病の喘息のせいで健康優良児ではなかったということです。

喘息を抱える虚弱児であったのに、相撲大会に参加していつも負けていたことは小林少年にはトラウマとなったでしょうね。男の子が相撲大会に出ることが世間の同調圧力でほぼ強制であったのは、小林にとっては耐えがたい苦痛であったはずです。

しかし、小林が相撲大会に参加をしなかった場合でも、周囲の子供たちから「善範は逃げた」と馬鹿にされることは目に見えています。だから、当時の小林は痩せ我慢をして相撲大会に出て、負けることを選んでいました。

小林が虚勢を張る生き方をするようになったきっかけは、相撲大会で負け続けていたことの劣等感も原因の一つでしょう。

小林のマッチョイズム的な姿勢は、臆病さや弱さを隠すために虚勢を張っていることの裏返しです。痩せ我慢をして嫌々相撲大会に出ていたころの幼少期の小林もそうでした。

また、小林のマッチョイズム的な姿勢は、男尊女卑的な価値観ともセットです。小林が男尊女卑的な価値観を持つようになったのは、やはり幼少期に両親から虐待を受けた影響を無視できません。

大人になってからの小林は、母親への恨みの影響でミソジニー的な人間性になりました。小林が抱えている男尊女卑的な価値観は、ミソジニー的な価値観も内包されています。

また、大人になってからの小林は、父親への恐怖心と祖父への追慕の念の影響でファザコンになりました。小林が男尊女卑や亭主関白に憧れを持つようになったのは、無意識の中で恐れていた父親と精神的に同一化してしまった影響であるとも言えるでしょう。

両親から「喘息は依頼心のせいだ」と言われ、プレハブ小屋に放り込まれたことも小林の後の生き方に影響を与えたでしょうね。「依頼心を克服して自立する=虚勢を張って生きる」という風に、小林は解釈してしまったのかもしれません。

喘息の持病に悩まされていたのに周りから大事にされなかった幼少期の生い立ちは、小林の心に深い傷を残しました。晩年になっても虚勢を張る生き方をやめることができなかった小林は、幼少期のころのトラウマにずっと苦しめられ続けた弱者であり、可哀想な人間であったと言えるでしょう。