愛子天皇論はミーハーだけで成り立っているものではない

やはり小林よしのりの血管性認知症は相当進行していることが今日(9月19日)付の小林ブログを読むと分かります。

小林は成年式を終えられて以降の悠仁親王の世間評について、目を疑うような酷い言葉を書き連ねています。


愛子天皇論はミーハーだけで成り立っているものではない | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/57408/

《悠仁さま成年式を契機に、男系派による「悠仁さま上げ」のXツイッター工作が目立って来た。

愛子さま人気が圧倒的なことに危機感を持つ男系派が、悠仁さまの印象操作をして人気を上げようと躍起になっている。

愛子さま派だった知識人も、すでに騙されているようで、悠仁さまミーハーを作ることに加担しているようだ。

しょせん、愛子天皇論は、ミーハーだけで成り立っているものではないのに。

人気があることは美しさだけでなく、奇跡的な愛子さま自身の人柄に依る点が大きい。

天皇陛下の直系こそが、帝王学を学んでいるという事実が、愛子天皇論を支えている。

いずれ、その真実は、明らかになっていくことだろう。人工的な印象操作ではどうにもならない真実があるのだから。》


この小林の失礼にもほどがある駄文から読み取れるのは悠仁親王への軽侮以外ないでしょう。

小林が書いている内容を噛み砕いて書くと次のようになります。

「実際には人気者でもない奴を人気者に仕立て上げ、人としての品格もなければ、皇族としての資質もない、つまりは人柄が低劣であることを隠蔽し、さも高貴であるかのように人工的に印象操作しているのは許されん!」


小林は以前から秋篠宮家を軽んじる発言を繰り返してきましたが、それにしてもここまで侮辱的な発言をするのは行き過ぎています。

おそらく小林は認知症がかなり進行しており、自分の感情を抑えることが出来ない状態になっているのでしょう。


最近の悠仁親王についての報道は実に微笑ましいエピソードばかりで、そりゃ自然と好感を抱くのは普通のことであり、別にいわゆる男系派の工作によって一般国民が洗脳されているわけではありません。

悠仁親王が成年皇族となり、これまで伏せられてきた人物像が報じられただけの話で、それは敬宮内親王の時にも起きた現象に過ぎません。

未成年だからということで情報を規制することで、「友達がいないんじゃねぇの?」やら「自閉症なんじゃねぇの?」やら「知能に問題があると見た」やら酷い憶測が飛び交っていましたが、敬宮内親王も悠仁親王もそんな憶測の被害者であり、その人物像が報じられることで、そのデマを晴らすことが出来ただけです。


小林がそれを「悠仁さま上げ」と感じるのは、単にこれまで飛び交っていたデマを信じ込んでいただけであり、自分が信じたデマがデマであると認めたくないあまり、これまであった憶測こそが真実であり、最近明らかになっているエピソードはすべて男系派の工作によって作り上げられた嘘であると思いたいのでしょう。

「いずれその真実は明らかになっていくことだろう」なんてフレーズは陰謀論者の常套句です。

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小林のこの陰謀まみれの妄言について分析したコメントが届いていますので紹介させていただきます。


《もしかすると小林は、ゴー宣道場に呼んだ矢部万紀子が悠仁さまに好意的な評価をしたことに対し、「すでに騙されている」「悠仁さまミーハー」と憤っているのかもしれません。

ほんの少しでも悠仁さまに好意的な評価をすることを「悠仁さま上げ」「悠仁さまミーハー」と決めつけて罵る小林は、尊皇家ではなく狂信的な女系カルトでしかありません。

「愛子天皇論は、ミーハーだけで成り立っているものではない」という小林の言い訳は、実際は図星と言っていいでしょうね。

彼の愛子さま推しはミーハー的な感情ありきで成り立っています。

ミーハー的な推し活以外の理由をあげるならば、小林やゴー宣道場が支持母体としている生長の家が女系天皇支持を方針にしているということも大きいでしょう。小林が女系天皇支持を唱えて生長の家の機嫌を取っていれば、教団の信者たちが本を買ったり運動を支えたりしてくれるという現実がありますからね。

愛子さまに対する小林の人物評は「愛子さまミーハー」そのものであり、特定の権威に対する個人崇拝でもあります。

小林による狂信的な天皇崇拝や愛子さま推しは、北朝鮮にはびこる金一族への個人崇拝とそっくりです。基本的人権や国民主権を否定し、世襲による最高権威を盲目的に個人崇拝するという共通点が両者にあります。

皇室典範は未だ改正されておらず、しかも悠仁さまが将来の皇位継承者として存在しています。だから、愛子さまは将来の即位のために帝王学を学んでいる、というのは小林の主観に基づく妄想でしかありません。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/518189936.html

この記事へのコメント

大林わるのり
2026年05月17日 00:55
やがては旧宮家による「皇位簒奪」、新たな身分制度の成立
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47450

最近の小林が旧宮家養子案への反対を熱心に表明しているのは、自らの人生を賭けた「愛子天皇実現」の夢が潰えそうになっていることに対する悲鳴でもあります。

何しろ小林は、国会議員たちのことを「馬鹿はもちろんだが、もはや狂気だ」とまで罵り、旧宮家養子案を容認した中道に対しては「もはやキ印のサル以下」とまで罵っています。

しかし小林は、先の総選挙で中道の主張をろくに確かめもしないまま、「愛子さま立太子に協力している政党」と褒めて投票していたことを未だに反省していません。

ちなみに総選挙の時の小林は中道の公約の中身を調べていなかった上に、同党による政権交代が起きると予言をして大恥をかいていました。

小林は今ごろになって中道のことを罵倒していますが、そもそも自分自身がろくに調べもせずに願望に基づいた分析や予測をしていたことを恥じるべきでしょう。

何よりも無視できないのは、中道が旧宮家養子案を容認したというのは、女系天皇派の政治家である野田佳彦元首相さえも結局は持論を押し通せなかったことを意味しています。小林一派が皇位継承問題で野田元首相の推し活に励んでいたことは、骨折り損のくたびれ儲けで終わったようです。

自らの政治音痴を全く反省できない小林が、国会議員たちや政党についてあれやこれやと罵倒をしているのは実に滑稽です。

また、小林の滑稽さといえば政治に対する無知だけではなく、皇位継承問題に対する意見の浅はかさもそうであると言えます。

例えば、小林が旧宮家養子案について反対を表明しているのは、皇位継承で血の継承の重視にこだわっていることに等しいとも言えます。小林が愛子さまへの皇位継承を熱烈に主張しているのは、「直系こそ尊い」という血の継承の支持にも見えます。

しかし別の場面での小林は、皇位継承問題に対する血の継承という考え方を否定する主張をしています。例えば小林は、「人気投票で愛子天皇と決めてはならない」という男系天皇派の主張を批判しています。

「カルっトるさん」の「ゆるがせブルース」は流行らない。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/47349
>「男系=天皇」というカルト思想に嵌ってガチガチに固まった者は、「人気投票で愛子天皇と決めてはならない」と、同じことばっかり繰り返す。人気投票ではない、人気投票ではないと。

一方で小林やシンパたちは、世論調査で多くの声が女性天皇容認だから愛子天皇を認めろと何かと主張しています。ゴー宣シンパは、2024年4月の共同通信の世論調査で女性天皇容認が90%だったという結果にすがりついています。

愛子さまトーーク 臨時ニュース!女性天皇容認90%(共同通信)
https://aiko-sama.com/archives/38259

それだけではなく、小林は愛子さまの資質に対しても何かと絶賛していますが、もしかすると血の継承ではなく本人の資質で天皇を選べとでも考えているのかもしれません。

世論の支持や本人の資質で国民統合の象徴を選ぶことを容認する小林の主張は、下手をすると天皇制そのものの否定へとつながる危険性があります。

なぜなら小林の主張は、「皇族の血の継承によって成り立つ天皇制は廃止し、民主的な選挙で有能な人間を象徴大統領に選ぶシステムに変えろ」と言っているようなものだからです。

小林のように、世論の支持や本人の資質で国民統合の象徴を選べと主張している人が、旧宮家養子案のことを「皇位簒奪」と批判する資格など果たしてあるのでしょうか。

皇位継承問題での小林のスタンスは、ある場面では血の継承を重視しているかのような主張を唱え、別の場面では血の継承を否定しているかのような主張を唱えることで成り立っています。

結局、小林の場合は、「愛子天皇の実現は正しい」という結論ありきで無理やり主張を組み立てているせいで、言っていることが支離滅裂になってしまうのです。

小林が旧宮家養子案に反対していることの真意は、「わしの推しメンの愛子さまを天皇にしてくれない国会議員どもが憎い」という我がままに尽きるでしょう。

市川美織のことを妖精に例えたり、渡辺麻友のことを弥勒菩薩に例えていたころと同じく、小林は自分の脳内で愛子さまを一方的に神格化して個人崇拝し、「愛子天皇が実現すれば日本は何かも良くなる」という狂気の妄想を信じるまでに至りました。

愛子さまを個人崇拝するあまり神がかり的な狂気の妄想に溺れた小林が、国会議員たちのことを「馬鹿はもちろんだが、もはや狂気だ」「もはやキ印のサル以下」と言ったところで説得力はありません。

小林による「愛子天皇実現」という全人生を賭けた推し活が大失敗に終わることは、彼の脳内にある「愛子天皇が実現すれば日本は何かも良くなる」という妄想的な夢が破綻する瞬間をも意味しています。

脳内で作った狂気の妄想に逃げていた人間が、いざという時になって現実を突きつけられてパニックを起こしている様子は、自業自得ではあるがあまりにも痛々しいとしか言いようがありません。
大林わるのり
2026年04月10日 23:15
緊急特別動画第2弾!『小林よしのりが青山繁晴氏に告ぐ! 愛子さまが天皇になられても結婚出産に支障なし!』配信!!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46717
>お待たせしました!緊急特別動画の第2弾、配信しました!今度はターゲットを名指しだ!
(中略)
>この動画を、絶対に青山繁晴に見せよう!!

時浦ブログによると小林がアップした女系天皇プロパガンダ動画は、今度は青山繁晴・環境副大臣を名指しで批判した内容となっているようです。

結局、小林が作った動画は国会議員を粘り強く説得するためのものではなく、自分の勝手な持論をぶつけて一方的に論破宣言するための内容に過ぎません。

小林が例の動画でやっていることは、今までさんざん唱えていた主張を繰り返しているだけのものである上に、ゴー宣の漫画でやっていた論破芸をそのまま動画に持ち込んだだけのものでしかありません。

陳腐な歴史絵解き漫画の執筆をブレーンやスタッフに丸投げさせ、言論活動さえもまともにやろうとしなくなった小林は、動画で論破ごっこをすることで「わしは無敵の論破王だ」という誇大妄想に逃げ込もうとしています。

今の小林が説得と論破芸の区別さえもまともにできていないのは、彼がゴー宣で読者を騙した成功体験に未だにすがりついている影響もありますし、例の病で頭脳が衰えたせいで正常な思考ができなくなった影響もあるのかもしれません。

悲しいことにゴー宣道場に残ったシンパたちは、乱心した小林に追従して無意味な動画拡散作戦をやらされようとしています。

皇位継承問題、緊急動画第3弾、配信!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46720
>トッキーが緊急動画第2弾を編集し終えた。これは見れば誰に送るべきか、みんな分かるでしょう。日本の尊厳をマザームーンに毀損させようと企む男系固執主義者どもが誰でも見れるように拡散してくれ!もちろん、愛子さまでもいいと言っている立憲や、中道の政治家たちだって、おぼろげにしか分かってないのだから、この武器を渡してやってくれ!さあ、第2弾が今すぐアップされる。そして第3弾もあるのだぞ!言論核兵器3連発の威力を見せてやってくれ!カルト化してない議員なら、アップデートする者もいるだろう!

今やっと緊急動画第2弾を配信したばかりなのに、小林はこのブログのタイトルで「緊急動画第3弾、配信!」と書いています。小林ブログでの書き間違いが珍しくなくなったのは、今の彼の思考力が衰えていることの証明であるとも言えるでしょう。

そもそも小林がこのブログで書いている内容は、言っていることが突っ込みどころ満載となっています。

例えば、小林は「日本の尊厳をマザームーンに毀損させようと企む男系固執主義者ども」と言っていますが、女系天皇推進派の政治家である野田佳彦・船田元・野田聖子も統一教会と付き合いがあったという事実を小林はなぜ無視するのでしょうか。

しかも、右派時代のころの小林が統一教会と付き合いがある知識人たちや政治家たちと仲良くしていたことは、彼自身が「日本の尊厳をマザームーンに毀損させようと企む」売国奴言論人であったという話になってしまいます。

つくる会時代に勝共文化人と共闘していた過去や、「世界日報」系知識人を『沖縄論』ブレーンやゴー宣道場師範に起用していた過去と小林はなぜ向き合わないのでしょうか。

また、小林が「愛子さまでもいいと言っている立憲や、中道の政治家たちだって、おぼろげにしか分かってない」と言っていることも、どう見ても変です。過去の自分が立憲や中道への支持を表明していたことに対して、小林はなぜ具体的な釈明をしないのでしょうか。

そもそも小林が特定の政治家や政党に入れ込む場合というのは、「愛子天皇を実現してくれるから」という理由が何かと最優先になりがちです。

例えば、先の総選挙で小林が中道改革連合を熱心に応援していたのは、ろくに政策を確かめもせずに「中道なら愛子天皇を実現してくれる」と根拠なく思い込んでしまったからです。

政策の内容や言っていることを調べもせずに、「愛子天皇を実現してくれるから」という理由だけで特定の政治家や政党への推し活を行っていた自らの見識のなさを小林は反省するべきです。

さらに、小林が女系天皇プロパガンダの動画拡散作戦にこだわっている姿も実に滑稽です。次は緊急動画の第3弾も発信したいと小林が張り切ったところで、そもそも作戦の内容自体が勝算ゼロで無意味ではないかと突っ込まざるを得ません。

独善と妄想に溺れた小林が「あの気に食わん男系カルトを論破してやったぞ!」と勝手に勝利宣言し、思考停止したシンパたちが「この動画さえ広めれば愛子天皇実現の目標は確実になるんだ!」と自己満足するためのごっこ遊びというのが、一連の動画拡散作戦の実態です。

つまり、小林一派がやっている動画拡散作戦は単なる運動のための運動に過ぎません。

ただし虚勢を張って誇大妄想に逃げ込んでいる小林でさえ、本音では「何をやっても愛子天皇実現の目標を達成することはもう無理だ」という諦めの気持ちがあるのでしょう。

だからこそ、小林は「わしは無敵の論破王だ」という妄想でできた物語を守ることと、シンパたちを駆り立てた運動のための運動を続けて小王国のボスの座を守ることで、自らのアイデンティティを維持しようと必死になっています。

小林が「わしは無敵の論破王だ」という妄想の物語にすがりつくようになったのは、ゴー宣を始めて思想家や言論人を無理やり演じようとするようになった負の影響によるものです。

逆張りによる言論もどきでしかないゴー宣のことを文化人たちが深読みして過大評価したことも、小林を勘違いさせる一因となりました。例えば、大月隆寛がゴー宣を「竹やりで戦う論壇村に核兵器を持ち込んだ」とヨイショしてしまったことは、小林に対して実に罪深い影響を与えたと言えます。

小林が女系天皇プロパガンダの動画を「言論核兵器」と言っているのは、大月隆寛がゴー宣を「核兵器」と呼んで称賛した過去を未だに引きずっていることの表われでしょう。

言論人として落ちぶれた上に頭脳が衰えてしまった小林が、過去の栄光にすがりつきながらアイデンティティを保とうとしている姿は、あまりにも滑稽で哀れとしか言いようがありません。
大林わるのり
2026年04月08日 22:02
動画拡散、頼む。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/46648
>昨日はチェブリンと大須賀氏が仕事場に来て、皇位継承問題に関する重大な動画収録をした。トッキーが編集したら、明日からでも、毎日1本、3本は公開する。みんなはこれを政治家の目に触れるように、拡散して欲しい。まだ誰も言ってない視点から、皇位継承問題の核心をついているから、愛子天皇派にも、男系固執派にも届けたい。
(中略)
>みんな、愛子天皇のために、動画拡散頼みます。

小林とちぇぶは女系天皇プロパガンダの動画を作って、シンパたちに拡散させようとしています。一連の動画を国会議員の人たちにも見てもらうことによって、政治を動かして愛子天皇実現につなげようというのが、小林による表向きの説明のようです。

しかしながら今の小林には、国会議員を説得できるほどの影響力があるようには見えません。何しろ、小林は言論人としては何を発表しても本が売れなくなり、すでに過去の人となっています。もちろん現在の小林自身が、国会議員たちからどのような評判となっているかも察するに余りあります。

また、小林の意向を受けたゴー宣関係者たちが、度重なる暴走によって国会議員たちに嫌われてしまったという可能性も当然あり得ます。「変な絵解き漫画をあちこちに配る危ない奴ら」という評価を受けてしまった人たちが言っていることを、果たして政界の関係者たちがまともに相手にしてくれるでしょうか。

さらに、新しく作った動画の内容を小林が、「まだ誰も言ってない視点から、皇位継承問題の核心をついている」と言っているのも実に馬鹿馬鹿しい限りです。

そもそも小林一派が言っている女系天皇推進論の主張は、すでに使い古された内容を壊れたレコードのごとく繰り返し唱えているだけの代物に過ぎません。だから、小林が動画で女系天皇推進論を頑張って唱えたところで、これまでと同じような主張になるのは目に見えています。

その上、頭脳が衰えて新しいことを学ぶ力さえもなくなった小林には、「まだ誰も言ってない視点」に基づく主張を唱えることも、「皇位継承問題の核心をついている」言説を唱えることももはや不可能です。

女系天皇プロパガンダの動画を作って広めることで、国会議員たちを説得するという小林一派の作戦は、現実味も勝ち目もない無益な戦いでしかありません。

とはいえ、一連の愚かな作戦を思いついた小林や金髪の女帝でさえ、現在の自分たちには「愛子天皇実現」の目標を達成できる力など皆無であることを薄々察しているはずです。

小林による大言壮語は、自らの弱さを隠すために虚勢を張っているだけに過ぎません。しかも今の小林は、自分が作った嘘に自分でわざと騙されて気持ち良くなるという幼稚な現実逃避をひたすら繰り返しています。

だから、小林が女系天皇プロパガンダの動画をシンパたちに拡散させようとしているのは、国会議員たちを説得するためでも「愛子天皇実現」の目標を達成するためでもありません。

運動のための運動を今後も続けて、門下生たちを結束させて組織をまとめるためというのが小林と金髪の女帝の目的なのでしょう。結局、小林と金髪の女帝は、「愛子天皇実現」というニンジンを門下生たちの鼻先にぶら下げて、騙してやりがい搾取を行うといういつもの手法を今回もやっているだけです。

小林とちぇぶもそうですし、シンパたちもそうですが、現在のゴー宣道場はあらゆる場面で「やってる感」がまかり通る空虚な集団と化してしまったようですね。
大林わるのり
2025年09月27日 19:45
愛子さまの「常に公を第一義にする性分」を誰も理解できない
https://www.gosen-dojo.com/blog/57596/
>人々は公と私の区別が、もうできなくなっている。だから、愛子さまの感覚を憶測できない。あそこまで立派な「海の中の看護師・愛子」の小説を幼き日に書き、赤十字に務められた愛子さまがいるにも関わらず。留学もしなかった愛子さまが、明確に公私を区別し、常に公を第一義にする性分を身につけてしまっていることを、想像できないのが一般国民なのだ。

小林は悠仁さまを褒める声に対しては「悠仁さま上げ」「悠仁さまミーハー」と決めつけているくせに、自分自身は愛子さまの一挙手一投足をこれでもかと持ち上げています。

小林による愛子さまに対する評価は、彼の主観に基づく妄想の域を出ることはありません。少女時代に書いた作文も、赤十字への就職も、留学をしなかったことも、愛子さまが「常に公を第一義にする性分」だからと小林は憶測で語っています。

小林の尊皇の情とは、悠仁さまを軽視する一方で愛子さまを個人崇拝する偏った推し活です。「公と私の区別が、もうできなくなっている」という評価は、他ならぬ小林自身に当てはまっています。

>一方、よしりんバンドは、わしのウシハク精神を成功させるために、チェブリン、大須賀、ともしら、スキペンらを、利用する。

自分を古代の豪族になぞらえ、運動団体を豪族集団になぞらえる小林の「わしはウシハク」宣言は単なる公私混同です。カラオケごっこ集団を率いて自己満足することが、小林の言う「ウシハク精神」なのでしょうか。

よしりんバンドは小林の私的なカラオケ趣味であり、運動の目的である「公論の形成」とは関係がありません。それどころか、「歌で皇室を守る」という理由で小林が自分のバンドごっこを正当化していたのは、狂気の沙汰でした。

カラオケ趣味で運動団体を私物化している小林には、「人々は公と私の区別が、もうできなくなっている」と大衆を蔑視する資格はありません。
大林わるのり
2025年09月22日 17:20
矢沢永吉がうらやましい
https://www.gosen-dojo.com/blog/57454/
>矢沢永吉が東京ドームで歌うと言う。羨ましい。

矢沢永吉は、年を取ってからも歌手として現役であり続けるために努力をしてきたのでしょう。ステージの上に立ち続けるために身体の健康に気を使い、歌唱力を維持するためにボイストレーニングに励んできたから、矢沢は今も現役で歌手活動ができています。

一方、小林よしのりは自分の健康を過信して不摂生な生活を続け、現役生活に支障が出るまでになりました。また、小林は言論系の絵解き漫画の仕事が中心となり、ストーリー漫画家として新しい作風を学んだり画力を向上させることを怠るようになりました。

ちなみに矢沢永吉と小林よしのりは、作られたキャラを自ら演じることによってファンを獲得したという共通点があります。しかし、石原裕次郎や長嶋茂雄や木村拓哉にも言えるように、作られたキャラを自ら演じ続けることは並大抵でない努力を要します。

矢沢の場合は、「矢沢永吉」というキャラを演じ続けるために努力を重ねてきたおかげで、カリスマとして多くのファンたちから今も慕われています。

一方、小林の場合は、ゴー宣の主人公「よしりん」というキャラを演じ続けているうちにボロが出てしまい、俗物としての正体を見破られて多く人たちがファンをやめました。

プロとしての仕事の在り方に対しては、矢沢永吉と小林よしのりは対照的であったと言えるでしょうね。
2025年09月22日 02:30
そもそも半月足らずしか入院してなかったわけですが?
数か月、年単位の入院なら体力が落ちた、声量が落ちたも納得できるがたかが2週間程度様子見で入院生活送ってたくらいでそこまで悪くなるんならそれはもう老化だろう?
少なくとも老化の前兆は皆、分かってたよなあ?
病気持ちの老人に実際なってみて、ようやく気持ちがわかったわけか。
普通の人は若いうちからだいたい想像つくんだよ。
ここで過去の小林の発言を迷著『コロナ論』から見てみましょーーー!
「歳取って健康で無くなったら、それはもう寿命ですw諦めて受け入れましょーーー!そしておとなしくクタバレーwww」(意訳)
大林わるのり
2025年09月21日 16:59
脳出血の後遺症で歌を歌えなくなっても、小林よしのりはよしりんバンドの廃止を決断できないままでいるようです。

小林からすれば、自分の歌声を披露して信者たちに喝采されることは気持ちいいし、歌うことをリハビリのために正当化できるからよしりんバンドはやめたくないのでしょう。

小林の自己満足のためのバンドごっこは言論人や運動家として意味がある仕事ではありませんし、何よりも、カラオケを使ったリハビリは「今、この時期にふさわしいのか」という問題があります。

私が気になっているのは、小林がリハビリと歌の練習のためにカラオケボックスに通っていることです。新型コロナの変異株「ニンバス」が流行っているこの時期に、わざわざカラオケボックスに通うことは感染対策としてはふさわしい行動ではありません。

小林のような持病のある高齢者が新型コロナに感染したら、重症化を招く恐れがあります。彼の趣味とリハビリを兼ねたカラオケボックス通いが原因でコロナに感染し、命に関わる問題が起きてしまってからでは洒落になりません。

そういえば、コロナ禍のころの小林は、「新型コロナは基礎疾患のある老人を死なせてくれる優しいウイルス」と非情な発言をしていました。もしも自分が持病のある老人になったらどうなるか、という想像力が小林にはなかったのでしょう。

脳出血の後遺症を持つ今の小林の身体にとっては、新型コロナは決して「優しいウイルス」ではありません。病を抱える身となった今、小林は過去の老人切り捨て発言に対して反省をするべきでしょう。

もちろん、『コロナ論』シリーズで描いた内容が間違いだらけであることも、小林はそろそろ気付くべきです。『コロナ論』シリーズの内容を筆者の小林が信じ続けていたら、自らの命を落とすことにつながりかねません。

今からでもいいから、小林は『コロナ論』シリーズの間違いを認めて反省し、感染対策に気をつける必要があります。「ニンバス」が流行っている今の時期は、持病を持つ老人である小林はカラオケボックス通いを控えた方がいいでしょう。
ライジング購読者:代表はまずリハビリを
2025年09月21日 01:02
本当に辛い!
https://www.gosen-dojo.com/blog/57440/

代表は奥様の指示に従って、
趣味のカラオケより脳の治療・リハビリを優先させるへきです。

可能なら岡山のDOJOもキャンセルするかリモートにするのがいいでしょう。

これは春先の東京から中国地方までの移動経験からの報告になりますが、
新幹線の駅区間は半数以上が30分は開いているので、車内でエコノミー症候群などなるや助からない危険性が高いのです



大林わるのり
2025年09月20日 15:57
わしが脳溢血から生き残った理由
https://www.gosen-dojo.com/blog/57428/
>朝、早起きして、ゴー宣282章、神功皇后論、「歴史を変える恋」のわしのペン入れを終えた。画稿〆切は22日(月曜)。これもヤマト政権とクマソを巡る画期的なストーリーだ。

『神功皇后論』では小林はコンテは描いているものの、ペン入れをした個所はそんなに多くないでしょう。しかも、シナリオはブレーン担当の時浦に丸投げしている可能性が高いでしょうね。

小林が入院している最中でさえ、『神功皇后論』は休載していませんでした。これは、シナリオもネームのペン入れも小林があまり関わっていないことの証明とも言えます。

>我ながら大胆不敵な古代史を描いているものだな。

日本の古代史を題材にしたストーリー漫画を描いた人といえば里中満智子が有名ですし、日本史の学習漫画でも古代史を描いた人は数え切れないほどいます。

日本の古代史を題材にした小説を書いた人といえば黒岩重吾、邦光史郎、豊田有恒、八木荘司らがいますし、彼らでさえフィクションを作る上で勉強をして自分なりの歴史観を持っていました。

小林が『神功皇后論』に対して自己満足できる理由は、先人たちの作品と自作を比べたことがないからでしょう。日本の古代史を題材にした作品を手掛けた創作者は、何も小林だけではありません。

>わしが脳溢血から、生き残った理由は、まさにこの作品を描くためだろう。

シナリオの作成を時浦に丸投げし、ネームのペン入れの大半をスタッフに丸投げしておいて小林はよくそんなことが言えますね。

脳溢血から生き残った理由は『神功皇后論』を描くため、とは「わしはまだ死にたくない」という小林の意思表明でしょうね。「役に立たなくなった老人は安楽死させろ」という過去の発言を批判されることを恐れるあまり、小林は必死で命乞いの言い訳を考えています。