「ゴー宣道場」には昔から小5男子が来ることはあったが、何か?
大林わるのりさんの熱のこもった論評が毎日読めるのは愚行録だけ!
てな感じで、当方ブログコメント欄のアクセス数が毎日ぎゅんぎゅんに高まり、ブログ自体は更新してないのに、みんなやっぱり私と同様に大林わるのりさんの論評を毎日楽しみにしているようですね。
《このブログの一読者ですが、大林わるのりさんのお陰で、過去のイボ先生ぴゃんの行状が掘り起こされ、色々と考えを深めさせていただいてます。ありがとうございます。》(元イボ読者)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/487335712.html
確かにこのコメントにあるように、今の時点で過去を振り返ると以前は見えていなかったことがよく見渡せるようになっていて、そこを整理して解き明かしてゆく大林わるのりさんの論評は単なるウォッチャーに過ぎない私とかよりも、むしろ小林シンパや小林よしのり本人こそがしっかり目を通すべきなのではないかと思います。
《小林よしのりは玄洋社の頭山満を深く尊敬し、彼を主人公にした『大東亜論』シリーズを描いていたことがありました。小林が心酔していた頭山満は、「一人でいても寂しくない男になれ」という名言を残していましたね。
果たして小林は、「一人でいても寂しくない男になれ」という言葉の通りに生きることができているでしょうか。残念ながら現在の小林はイエスマンに囲まれていないと不安になっている惨めな小心者にしか見えません。
ちなみに新ゴー宣時代の小林は孤独に耐えることの重要性を作品で主張していたことがありました。
作中では高校時代の小林の回想シーンが描かれています。
文化祭でキャンプファイアーを囲みながら感動している同級生たちに失望した小林少年は、教室の黒板に「みんなで青春ごっこしてろ」とチョークで書いていましたね。(※正確には黒板ではなく、クラスの共有ノート)
カラオケごっこにうつつを抜かしている小林とDOJOの仲間たちは、文化祭で青春ごっこに明け暮れながら自己満足していた小林少年の同級生たちとかぶって見えます。私は彼らに向かって「みんなで道場ごっこしてろ」と言ってやりたいです。
子供のころから「漫画家になりたい」という目標を持ち続け、高校時代のころも部屋で漫画を描き、夢を捨てずに孤独に耐える強さを持っていたのが小林少年でした。少年時代の彼は、年を取ってから堕落した自らの姿を見た時に果たして何と思うのでしょうか。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/510529759.html
小林が高校の頃のこの学祭エピソードですが、どうにも妙な違和感があって、発表された当時には首を傾げながらもスルーしていました。
確か小林が通っていた商業高校はレベルが低い為に地域の不良の受け皿であった筈で、それなのにこのエピソードでは凶悪な不良たちは透明化され、青い春を謳歌する学園ドラマが展開されるのはどうしたことでしょうか?
また、学祭に熱狂する連中に対して冷ややかに見下す小林ですが、それに対する反抗がホームルームノートに匿名で公衆便所の落書きみたいな悪口を書くだけとかなかなかに陰湿な上にショボいと思うのは私だけでしょうか?
これって、それ以前に批判していた「茶々松」と何が違うの?
むしろ、相手に向かって直接批判して、はっきりと不参加を表明する茶々松の方が人として真っ当でしょう。
学祭の下働きを強制されたことに不満がありながらも拒否もせずに粛々と作業し、そのことを誰にも褒められず、勝手に疎外感を覚え、楽しそうに一体感に酔い痴れるクラスメイトたちを一方的に怨み、かと言って夜の校舎、窓ガラス壊してまわるわけでもなく、こっそり匿名でノートに不満を書いて逃げるとか、随分と情けない尾崎豊です。
そんな反抗とも呼べない駄々こねは中学二年生ぐらいで卒業しておくべきでしょう。
そして今現在はカラオケ大会やら「よしりんぽっくり祭」やらで、なんや知らんが、感動して泣いてるやつまでおる。
要するに高校生の頃に同級生たちと一緒に熱狂したかったのに出来なかった怨みを爺さんになった今晴らしているわけです。
爺さんになってやっと割礼の儀式をしているという、なかなかにみっともなくも切ない話です。
「わしがぽっくりくたばる前に学生時代に果たせなかった青春を今謳歌したいんじゃー!」とボケ老人が暴走している姿は実に見苦しい。
さて、大林わるのりさんの素晴らしい論評集についてですが、そのすべてに同意というわけではありません。
参院選・山尾志桜里『小5男子』と「女性天皇と選択的夫婦別姓」やり取りで“やらせ説”が浮上に大反論!拭えぬ不信感 | 週刊女性PRIME https://www.jprime.jp/articles/-/37497?display=b
https://x.com/hosumi315/status/1942900713992126815?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A
https://x.com/shioriyamao/status/1943154320788328621?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A
小5男子やらせ説について、大林わるのりさんは次のように書きました。
《山尾志桜里が、選挙活動中に小五男子と出会ったエピソードをXでツイートしました。
「三鷹駅。小5男子がわざわざ来てくれました!「政治家になにをやってほしいですか?」と聞いたら「女性天皇と選択的夫婦別姓」と即答。やるよ!」
というのが彼女のツイートです。
小学五年生の男子が言う意見にしては不自然であり、山尾と男の子の会話のシーンは仕込みではないかと疑われても仕方ありません。それと例のシーンの写真では、気になる個所があります。この猛暑の中で、山尾と出会った男の子の上半身の服装が長袖なのも不自然です。
もしもこのツイートが仕込みならば、山尾は子供をダシにしていることになります。過去に待機児童問題を訴えていたのも、人気取りのために子供をダシにしていたのかもしれませんね。
まるで小林よしのりのゴー宣で、唐突に描かれる小林とタクシー運転手の会話のシーンや、女性読者からの手紙が紹介されるシーンを彷彿とさせます。
また、物価高やコメ不足など暮らしに関わることが人々の関心を占めている中で、「女性天皇と選択的夫婦別姓」を優先して実現して欲しいという人は果たしてどれくらいいるでしょうか。
このツイートを仕込みでやったのだとすれば、山尾は人々の暮らしに関心を持っていないことが分かります。彼女の支持者である小林が、経済に無知で人々の暮らしに関心を持っていないのとそっくりです。
或いは、もしも「女性天皇と選択的夫婦別姓」を優先して実現して欲しいと考えている小五男子がいたとすれば、親に吹き込まれてそうなったという可能性もあるでしょう。
特定のイデオロギーに凝り固まった親を持つ子供というのは、ある意味で不幸かもしれません。ゴー宣DOJOでも小林の狂信的なファンが親になったら、子供に対して思想の刷り込みを行っていそうですね。
Xに書かれた不自然なシーンについてネット上で炎上をした山尾は、例のポストを削除しました。平気で仕込みを行っていながら脇が甘いところや、批判をされると逃げるという山尾の体質は、彼女の支持者である小林よしのりとそっくりです。》(大林わるのりさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/516005713.html
私は山尾の投稿を読んでも別に違和感は覚えず、この少年の実在を疑う人たちの反応については単に「山尾は信用ならないから全部やらせだろ」と思い込んでしまっているだけだと観察していました。
山尾の選挙活動にはゴー宣の泥鰌たちが動員されており、その泥鰌の子供ならばそう答えても不思議ではないでしょう。
また、大林わるのりさんが何度も解き明かしている生長の家の宗教2世ならば、そう答えるのがマストです。
そんなわけで大林さんのコメントの前半部分には同意出来ませんが、後半部分はおおむね同意します。
「ゴー宣道場」には昔から小5男子が来ることはあったが、何か? | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/55766/
《昔から「ゴー宣道場」には、早熟な小学生が来ていたから、女性天皇支持の小学生もいるさ。早熟な子供はいるし、親の影響を受けて、社会問題に詳しくなる子供だっているんだぜ。》
男尊女卑の上に子供まで見下すネット世論、いい加減にしろ! | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/55784/
《自分がまじめに勉強したことがない、国家について考えたことがないから「そんな子供がいるわけない」「仕込みだ」と決めつける。
「子供と女は、自分と同じ程度にバカなはずだ」と自分の低レベルさまで引きずりおろそうとするな!!
実際、小5男子と山尾さんとの意見交換をそばで聞いていた人がいて、虚偽を流されていることに怒っている。
11歳、12歳にもなれば、頭良く政治に興味を持つ子供は普通にいる。親が政治について熱心に話し合う家庭もあり、子供も影響を受ける。私はこれまで13年間「ゴー宣道場」に参加してきたので、そういう利発な小学生は何人も見てきた。》
「女性天皇と選択的夫婦別姓」を望む小5男子の実在を疑った者は全員謝罪しろ! | ゴー宣DOJOhttps://www.gosen-dojo.com/blog/55865/
《どうやら小学5年生の男の子は政治に興味があり色んな政治家にサインもらう有名な子らしいです。
まず「週刊女性PRIME」はしっかり謝罪してほしいですね。「週刊女性」が女・子供を見下す男尊女卑にここまで露骨に加担して、恥ずかしくないんですかね?》
小林よしのりや泉美木蘭の言う「早熟な子供」やら「利発な小学生」の危うさこそ指摘されるべきでしょう。
子供が政治家にやってほしいこととして、真っ先に「女性天皇と選択的夫婦別姓」と答えることの異様さこそもっと真剣に論じられるべきでしょう。それこそ宗教2世の問題やカルト団体の問題、親ガチャ毒親の問題に関わる案件です。
しかし、ゴー宣道場に参加した利発な子供として、未だに元門弟shinkimuさんの娘さんを利用するのはいかがなものでしょうか。
あと、時浦ブログで「小5男子」の素性を明かしてしまっていますが、つまりその小僧は色んな立候補者の所に行っては、その候補者の主張に合わせているお調子者であり、果たしてそれを利発と評価して良いのでしょうか。甚だ疑問です。
この記事へのコメント
大島優子ちゃんと市川美織ちゃんに告ぐ
https://www.gosen-dojo.com/blog/7133/
>昨日はものすごく嬉しい結果と、ものすごく悔しい結果が同時に出たので、動揺して布団に突っ伏して泣きながら寝た。
この文章は誇張されたギャグ表現であっても、本人が真面目に本当のことを書いたものであっても内容はドン引きするものです。小林はギャグ漫画家でありながらギャグが滑っていて、本人が笑われる存在となっているのだから実に滑稽です。
>みおりんが
>「フレッシュレモンにもうあきられたのかなと思って・・・」
>なんて言うから、わしはもう
>「あきてな~~~~~~~~~い!全然あきてないんだ~~~~~~~~~っ!」
>と絶叫したら、涙がどわっと溢れ出してきて、ふと隣を見たら、秘書のみなぼんもボロ泣きしてるじゃないか!
小林の高校時代の文化祭でキャンプファイアーを囲んで泣いていた同級生たちと、AKB総選挙でボロ泣きする小林と岸端が私には重なって見えました。少年時代に青春ごっこという通過儀礼を果たせなかった小林が、年を取ってから青春を取り戻そうとした結果がこれですか。ダサい年の取り方ですね。
>柏木ゆきりん が3位になったのは衝撃だった。わしは血の気が引いた。(中略)ゆきりん、ごめんなさい。優子があなたに敗れるかもと思って、優子に大量に票を入れてしまいました。次回は絶対に入れます。
当時の小林は、推しメンの柏木由紀が清純派だと信じ込んでいました。まさか柏木がジャニーズのチャラいアイドルと付き合っているなんて、小林は思ってもいなかったのでしょう。
AKBアイドルたちは作られたキャラを演じているだけなのに、小林は表向きのキャラを信じ込んでいました。AKBオタ時代の小林の推しメンたちがその後どうなったかを見ると、彼の人を見る目のなさが改めて分かります。
>しかし、多くの知識人の言葉に接してきたが、AKBメンバーの言葉から学ぶものの方が多い。
小林はプロの意義を散々強調してきたのに、知識人というプロの言葉よりもアマチュアの言葉の方が学ぶものが多いとまで言う有様です。言論漫画家としての立ち位置を確立し、知識人として活動してきた小林先生がそれを言っちゃあダメでしょう。
小林の過去のブログを読んでいて、当時私が感じていたあの不快な気持ちを思い出してしまいました。しかし、過去の発言を振り返るという作業は大事です。このブログ記事は、小林がいかに愚かであるかという証拠でもありますからね。
無所属となったことにより、これまでのように労組系の組織票に頼れなくなった影響も大きいでしょう。旧民主党時代に山尾が選挙区で当選できていたのは、労組による支援のおかげでした。
無所属となった山尾が頼ろうとしたのが、生長の家という組織票だったのでしょうね。生長の家といえば、小林のゴー宣DOJOに教団の信者たちが潜り込んで活動をしています。
山尾のポスター貼りを行っていたのは、ゴー宣DOJOの関係者たちでした。だから、山尾のXで話題になった小五男子は、親がゴー宣DOJOの会員で生長の家信者だったのでしょう。この子が女性天皇と夫婦別姓をやってくれと言っていたのは、カルトに所属する親による洗脳のせいだったのです。
Xでの例のツイートが仕込みでないならば、山尾は説明責任を果たすべきでした。しかし彼女には、例のツイートに関して本当のことを言えない裏の事情があります。なぜなら山尾が本当のことを説明してしまったら、自分は生長の家と協力して選挙運動をしていると認めたことになります。
それはつまり、右派系候補と統一教会の関係や、公明党候補と創価学会の関係と同じく、新興宗教べったりの候補として山尾が有権者に見られることになるからです。だから、山尾はXでの例のツイートについて説明責任を果たすことができませんでした。
また、物価高やコメ不足など暮らしに関わる問題が争点となっている中で、改憲と女性天皇を公約の中心に掲げたこともピントがずれていました。結局、山尾は経済政策が弱かったのであり、生活に苦しむ庶民に対して関心を持っていなかったのです。
1992年の米大統領選挙で民主党のクリントン候補が掲げたスローガンは、「問題は経済だよ、バカ」でした。庶民の暮らしに関心がない山尾や小林よしのりに対して言えるのは、「問題は経済だよ、バカ」という警句ですね。
山尾が選挙で負けたということは、彼女を支持していた小林やゴー宣DOJOが負けたことでもあるのです。しかし、小林は負け惜しみのような強がりの態度をブログで表明しました。まあ、今後も小林一派はいつも通り運動のための運動を続けるのでしょうけど。
それと、菅野志桜里に関しては、もはやカルトがどうのこうのレベルを超えています。公の人生と私的生活はある程度別とはいえ、夫も子供も奪われた女性が自殺だなんて酷すぎる。倉持と菅野は一生を死んだ女性への贖罪に捧げるべきです。「あの」国民民主党から出馬しようとして、その後はタマキンに捨てられて「愛子天皇」だなんて無節操の極みです。
それと、カルト宗教の危険性について熱弁をふるっていますが、ならば統一協会が「男系男子絶対」「悠仁さままで忽せに云々」と扇動していることも厳しく批判すべきです。
「百歩譲って」なんて表現で、アナタのカルトぶりもバレてますよwww
社会人であるならば暮らしに関わる問題に関心を持ちますし、子供も親からそういう話を聞かされるでしょう。生活していくこと、食べていくことこそが人間にとっては最優先になりますからね。
だから、小五男子でありながら、「女性天皇と選択的夫婦別姓」を優先して実現してほしいと即答できるのはあまりにも不自然です。特定のイデオロギーに凝り固まった親によって、偏った価値観を刷り込まれた可能性を疑われても仕方ありません。
そもそも山尾志桜里の選挙活動では、ゴー宣DOJOの関係者がポスター貼りに協力していました。しかもゴー宣DOJOは、生長の家の信者が門弟となって活動をしています。山尾が出会った小学生の親は、ゴー宣DOJOの関係者で生長の家の信者という可能性が浮上してくるのです。
生長の家は女系天皇支持を表明していますが、天皇を現人神として個人崇拝する狂信的な尊皇主義の団体でもあります。小林一派も生長の家と同じく、女系天皇支持がイデオロギー化した狂信的な尊皇主義の人たちです。
「女性天皇と選択的夫婦別姓」をやって欲しいという意見は、賢い男の子が自発的に考えて言った意見ではなく、宗教団体信者の親を持つ子が教団に洗脳されて言った意見である可能性が高いでしょう。
鷲ヲさんが指摘している「宗教2世の問題やカルト団体の問題、親ガチャ毒親の問題に関わる案件」という問題が、どうしても浮上してくるのです。
信者を教団に精神的に隷属させるカルト宗教のやり方は、まさしく社会悪そのものです。そして、カルト宗教の信者を親に持ってしまう子供もまた不幸な存在であると言えます。
百歩譲って、スイーツさんの言うように女性天皇容認が仮に正しかったとしても、カルトの信者を親に持つ子供が洗脳されて言わされているのであれば、無条件で賛同することはできません。どんなカルト宗教であっても綺麗事は言えるのですよ。カルトが子供を洗脳して言わせているから駄目なのです。
山尾によるXの投稿が仕込みではなかったとしても、やはり問題はあります。彼女は、カルト信者を親に持つ洗脳された子の意見を利用して、自己アピールをしているのです。子供を出しにしていると言われても仕方ありません。
また、山尾は、カルトが子供にもたらす悪影響を無視しているとも言えます。彼女のやり方を支持しているゴー宣DOJOも、当然批判されるべきです。
何よりも、カルトに選挙運動を支援してもらう女性候補者と、カルトの組織票に頼って運動や執筆を行う言論漫画家の罪は重いと言わざるを得ません。
博多弁で「ナンカ、キサン」「くらさるうぞ」
とか言いあってて、おかしかったです。
そして、サッカー選手も髪をバッチリリーゼントで決めてるから、一切ヘディングをしないという。
小林の時代はこれよりガラが悪かったことでしょう。
福商はその後、福翔高校という普通高校になりました。
小林の時代で言えば、福大に進学しただけでもあの高校ならエリートでしょう。
それを一浪したら、もっといい高校に入れたなどと言うのはどうにもフカシくせえのであります。山尾の小5よりフカシくせえのです。
自分のことなんだから証人はいないから好きほうだい言ってる感はあります。
ところで、子供を政治的に利用する輩には碌な奴がいない、これは常識です。勿論、小学生であっても賢い子供は一定数います。女性天皇容認、それのどこが悪い?女性天皇を容認しないと皇室はなくなります。これだって、常識以前でしょう?
コバよしりんもブログ主様も常識を持つべきです。
小五男子の親がゴー宣DOJOの門弟で生長の家の信者という可能性は、当然ながらあり得るでしょう。生長の家は女系天皇支持でリベラルな政治路線なので、教団の信者が女性天皇と夫婦別姓を支持しても不思議ではありません。
そうであるならば、山尾によるXの投稿は仕込みではなかったと言えるかもしれません。しかし、その場合でもいろいろ問題点が浮かんでくることは避けられません。
ゴー宣DOJOの門弟で生長の家の信者が選挙運動に関わっているというのが事実ならば、選挙の立候補者が特定の宗教団体の信者に選挙運動を頼っているという問題が出てきます。
またこの小五男子は、特定のイデオロギーに凝り固まった親から、偏った価値観を刷り込まれたということになります。親がゴー宣DOJO関係者ならば小林思想の刷り込みですし、親が生長の家信者ならば教団の教えの刷り込みとなります。
「宗教2世の問題やカルト団体の問題、親ガチャ毒親の問題に関わる案件」という鷲ヲさんの指摘は重要です。
山尾によるXの投稿は仕込みでなかったとしても、他にも問題が出てきます。特定の思想団体の構成員を親に持つ子で、しかも宗教団体の信者を親に持つ子の声を、山尾が自らのアピールのために利用したことになります。それはやはり、子供を出しにした行為と言えます。
山尾は、「宗教2世の問題やカルト団体の問題、親ガチャ毒親の問題に関わる案件」に関心を持っていないのでしょう。彼女は、カルトがもたらす問題にも、家庭に関する問題にも関心がないのです。宗教2世や毒親の問題に関心がないのは、不倫で他人の家庭を壊しても反省しない彼女らしいと言えます。
しかも、山尾が小五男子の声を利用して、例のツイートをしたのは次のような見方もできます。彼女は暮らしに関わる問題を解決するよりも、「女性天皇と選択的夫婦別姓」を優先してやるべきと考えているのでしょう。
山尾は、改憲と女系天皇を重要な公約にしていることからも分かるように、庶民の暮らしには関心がなく、経済政策の知識が弱いのです。山尾を支持する小林も同じく、経済音痴で庶民の暮らしには関心がありません。
結局、山尾による例のXの投稿が仕込みでなかったとしても、様々な問題点が浮かぶことは避けられません。
しかも、宗教団体に運動を乗っ取られた上に、選挙の活動に関わるまでになったゴー宣DOJOは、日常へ帰ることを放棄して「準赤軍派」「準オウム信者」と化したと言えるでしょう。
小林の主張をすべて鵜呑みにするのではなく、彼が言っていることを疑いながら読むことの大事さは、ゴー宣での小林の回想シーンにも当てはまっていますね。
高校時代のころの小林が、文化祭に熱狂する生徒たちを見下していたエピソードについて、私はもう一つのエピソードを思い出しました。小林がドストエフスキーの『罪と罰』を読んで、ラスコーリニコフの思想に共感していたエピソードです。
ラスコーリニコフの似非超人思想にかぶれて、「一人の天才のためならカスどもの数人を殺してもいい」と思い込んでいた小林と、文化祭に熱狂する生徒たちを見下していた小林が、私には重なって見えました。
少年時代の小林は「茶々松」であったというだけではなく、病的に高いプライドをこじらせて自分以外の周囲の人たちを見下していたということも分かります。
「わしは漫画を描く才能があるから偉い。お前たちは才能がないから、わしより劣った凡人だ」
というのが少年時代の小林の、病的に高いプライドの根拠だったのかもしれません。しかも、小林は漫画家になるという目標を実現してしまったため、少年時代のころからの肥大したプライドを抱えたまま年を取りました。
また、小林は学生時代に果たせなかった青春を、大人になってから謳歌しようとしているという指摘は重要です。高校のころに文化祭に熱狂できなかった小林が、老人になってからゴー宣DOJOでカラオケごっこをしているのは、まさにそうですね。
しかし、高校時代の小林が文化祭に熱狂できなかったのは、病的に高いプライドのせいで同級生たちを見下していたからです。高校時代に青春を謳歌できなかったのは、当時の小林にも原因があります。そのことに対する反省は、小林にはないのでしょう。
還暦前後の小林がAKB48の推し活にのめり込んだのも、学生時代に果たせなかった青春を謳歌しようとしたことの表われだったのかもしれません。
或いは、高校のころは不良に憧れるヘタレだった小林が、文化人になってからは「権威よ死ね」を売り物にした逆張り言論を行って反抗ごっこをしていることもそうです。つくる会時代の小林が、自分を不良グループの構成員になぞらえていたシーンはまさにその典型です。
少年時代に女にモテたくてもモテなかった反動で、ゴー宣でモテモテ自慢をしたり、年を取ってからは女性に性加害を繰り返しているという見方もできるでしょう。小林による女性蔑視は、母親による虐待の影響や、女にモテなかった少年時代の恨みが根底にあるかもしれません。
「少年時代に謳歌できなかった青春を、大人になってから取り戻したい」という願望は、大人になってからの小林の無意識の中にずっと残り続けているのかもしれませんね。まさしく、小林は年の取り方を誤ってしまった人間の典型と言えるでしょう。