小林よしのりは如何にして思想をこじらせたのか?

ここ1ヶ月ほど「大林わるのり」と名乗る方が愚行録コメント欄に興味深い論考・分析を投稿されており、毎回楽しみに拝読し、その幾つかをブログ本文でも紹介したのですが、それについて次のような反応がありました。


《大林わるのりはブログ主ですか? 文章の癖が連想させられます。》(匿名希望さん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/516005713.html


私の散漫すぎる悪文とは違い、大林わるのりさんの論考は要点をおさえしっかりと整理されており、比較するのも申し訳ないと思うのですが、小林よしのりへの批判はすべて私の手によるものだと思いたい人もいるのでしょう。

笑う。

片腹痛い話ではありますが、何故、私がわざわざ自分のブログに別名義でコメント投稿しなきゃならないのか意味不明で、こんな凄い論考をサクサク書けるならnoteの方に書いていきますよ。その能力がないからnoteの更新が止まっているのです。

ともあれ、大林わるのりさんの論考・分析は大変に鋭く、また大胆な推測に驚かされ、これまでの疑問が氷解したり、新しい発見があったりと非常に有意義な内容であるので、これまでいただいた投稿をゴー宣の時系列順に紹介したいと思います。


《小林よしのりの漫画『厳格に訊け!』の終盤で、学校を支配する暴力教師の江呂井が、人を愛したことも人に愛されたこともない寂しさを抱えた人間であることを、厳格和尚が見抜くシーンがあります。

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実は小林自身もまた、人を愛したことも人に愛されたこともない寂しさを抱えた人間なのかもしれません。彼がそうなったのは、幼少期に受けた両親の虐待の影響を抜きには考えられません。小児喘息を患っていたことを両親から甘えのせいにされ、プレハブ小屋で過ごすよう強要されたことがまさにそうです。母親から「あんたには生命保険をかけてあるから、いつ死んでもいい」と言われたことも、明らかに虐待の典型です。

幼少期に母親に寒空にさらされて喘息になったという回想を見ると、喘息の原因は母のせいという恨みが小林にはあります。

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小さいころの虐待を根に持っていたから、大人になってからの小林には母親への不満が常にあったはずです。わしは漫画でこんなに稼いでいるのに、母親が演歌歌手の追っかけやカラオケでその金を浪費しているという不満もそうです。

晩年に母親が病気になった時に小林が一度も見舞いに行かなかったのは、過去の虐待を根に持っていたからでしょうね。小林が女性に対して非人間的でひどい仕打ちを繰り返す人格になったのも、幼少期に母親に冷たくされたことが一因としてあるでしょう。


小林は高校時代に『罪と罰』を読んでいたことがありましたが、なぜかラスコーリニコフの思想の方に共感を覚えていたようです。

実は小林が『罪と罰』を最後まで読了できなかったという疑惑は案外本当っぽいかもしれません。

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「才能のある人間は悪いことを含めて何をやってもいいし、その才能のある人間を凡人が批判するのはおかしい」という似非超人思想は初期のゴー宣の頃から現在まで小林が事あるごとに言っていた主張の一つです。

この小林の主張と似たようなことを言っているのが、ドストエフスキー『罪と罰』の主人公のラスコーリニコフです。

「世の中には凡人と非凡人の二通りの人間が存在している。非凡人は選ばれた特別な存在なのだから、善悪を超えて何をすることも許される。従って、非凡人は社会の役に立たない凡人を殺害することも認められる」というのがラスコーリニコフの思想です。

作中で彼は自らが信奉する思想に基づいて、金貸しの老婆を殺害しています。

小林が信奉する似非超人思想は道徳の否定や関係性の否定につながりかねません。

「神や歴史や道徳や伝統よりも、強くて才能がある人間こそが偉い」

「人間が偉いのだから、人間の理性に基づいて社会を人工的に設計してもいい」

という保守思想とは正反対の考えに行き着いてしまいます。

小林は保守思想の師匠であった西部邁から何も学ばなかったのですね。

そしてラスコーリニコフが唱える「社会の役に立たない人間は死ね」という主張は優生思想としての側面もあります。そういえば小林は老人の安楽死を熱心に主張していましたね。

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下流老人の解決方法 | ゴー宣DOJO

「凡人よりも非凡人が偉い」という考え方も、もちろん優生思想につながる思想です。優生思想は、ナチズムだけではなくアメリカ的な新自由主義とも親和性があります。小林は、反米を唱えるくせにアメリカ的な弱肉強食の価値観が好きですからね。彼は自分が強者だと勘違いしているのでしょう。


小林が福岡大学に入学した後のことです。

当時の小林は福岡大学をいったん退学し、受験勉強を行ってもっといい大学に入りたいと両親に言い出しました。当然のことながら、小林によるこの要求は彼の母親に却下されています。

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漫画では、小林はこのことを反省しているように描いていました。しかしながら小林は本当に反省していたのでしょうか。

何しろ、彼は平気で自分を粉飾する男ですからね。「母親が邪魔をしたせいで、わしは福岡大学のような三流大学しか出られなかった」

という恨みがあったから、こういう回想シーンを描いた可能性があるかもしれません。

小林は子供のころに両親から虐待を受けた過去がある男です。小林は虐待の過去を根に持っているから、自分の学歴についても母親を逆恨みしていてもおかしくないでしょう。

ゴー宣を執筆するようになり、知識人たちと交流を深めていく中で、小林は学歴コンプレックスや知的コンプレックスに苦しんだ可能性だってあるはずです。

小林が三流私大しか出られなかったのは、学業を舐めていた高校時代のツケを払わされたことと等しいのです。小林は過去の自分を反省しないまま、学歴コンプレックスと母への逆恨みを募らせていったのでしょう。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/515099688.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/515747216.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/515917325.html


今回はマンガ家デビュー前までの小林よしりんについての見事な分析を紹介しました。

次回以降はマンガ家になったあとの小林について、大林わるのりさんの見事すぎる分析を紹介していきます。

待ちきれない人は以下のはてブのリンクに飛んで読んで下さい。

言論界の佐村河内守であり、漫画界の佐村河内守でもある - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/04/22/210520


「山尾しおり応援DOJO」 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/05/04/001723


今の小林よしりんは創作者として終わっているのか問題 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/05/25/055943


秀逸なコメントが届きました - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/05/31/041618


「木を見て森を見ない」揚げ足取りか、怜悧な分析か - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/06/001326


「コバより出でてコバよりウヨし」 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/15/062248


小林よしりんの皇室利用の問題点 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/15/074634


小林よしりんの学歴コンプ癖とマザコン性 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/15/081535


ゼロ年代以降の小林よしのり - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/15/090903


鳥山明氏の訃報を茶化す小林よしのりPart.101 - 脱イボナメクジ宣言https://washioblog.hatenablog.com/entry/2025/06/15/091503

この記事へのコメント

大林わるのり
2025年07月31日 16:25
漫画家になってからの小林よしのりは、母親から「もう漫画家はやめて福岡へ帰ってこい」と言われることが少なからずありました。ギャグ漫画を描いていたころも、言論漫画を描くようになってからもそうでした。

ゴー宣ファンだった少年時代の私は、母親から小林への干渉を善意の意味合いで解釈していました。
「小林の母親は、息子が漫画家という不安定な職業に就いていることを心配しているのだな」
「息子が言論人になってマスコミに叩かれるようになったから、気が気でないんだろう」

小林の母親は、幼いころの息子に冷たい仕打ちをしたとはいえ、親としての愛情はあるのだろうと私は思っていました。しかし、ゴー宣ファンをやめた今の私は、昔とは違った解釈をするようになりました。

小林の母親が幼いころの息子に対してやったことは、どう見ても虐待そのものでした。喘息で苦しむ息子を「甘えのせいだ」と決めつけてプレハブ小屋に入れ、「あんたには生命保険を掛けてあるからいつ死んでもいい」とまで言い放ったことがまさにそうです。

社会人になってからの小林に、母親が「もう漫画家はやめて福岡へ帰ってこい」としょっちゅう言ってきたのは、明らかに過干渉でしょう。大人になってからの我が子を過干渉で精神的に追い詰めるというのは、毒親あるあるです。

大人として自立しようとしていた小林に対し、母親は精神的な自立を妨害しようとしていたのです。母親の言うことを聞いて、漫画家をやめて地元に帰ることは小林にとっては今までの人生の全否定になりかねません。

一方、小林の母親は、息子が漫画の仕事で稼いで仕送りしてくれたおかげで、カラオケ三昧の裕福な暮らしをしていました。さらに彼女は、「もう漫画家はやめて福岡に帰れ」と息子に言う一方で、息子が文化人としてテレビの討論番組に出ていることを近所の人たちに自慢していました。

小林の母親は、過干渉によって大人になった息子を精神的にコントロールしようとしていたのでしょう。その結果、小林は母親から親離れできず、母親は小林から子離れできませんでした。

母親が晩年に癌で入院した際は、小林は一度も見舞いに行こうとしませんでした。明らかに、小林による母親への復讐だったのでしょう。子供のころに自分を虐待し、大人になってからもネチネチと精神的に干渉してきた母親に対して、小林が普段どう思っていたかは想像に難くありません。

小林のマザコン癖は、母親による幼少期の虐待と、大人になってからの過干渉の影響で作られたのでしょうね。驚きだよ。悲しいことだよ。
スイーツ
2025年06月17日 21:16
タマキンとよしりん、二人は似た者同士です。未だに菅野志桜里のような傷がついたアバズレに執着するのは、あの爺さん二人だけでしょう。

タマキンは国民の声に恐れをなして菅野を捨てましたが、よしりんはまだ執着しています。週刊文春のように自分の下半身は乱れまくっているのに他人の下半身ばかり責めて数億稼ぐ人間たちは確かに問題があります。

しかし、何故菅野がここまで拒否されているのかと言えば、やはり死人が一人いるからです。当たり前だけど、死んだ人は二度と生き返りません。倉持・菅野サイコパス不倫カップルは子供から母親を奪ったことになります。

それに、国民民主党と言えば皇位継承問題だけでなく原発問題・ワクチン問題など道場と正反対の考えの集団なのに、そこから出馬する菅野を糾弾するどころか応援する、、、そこには「公」も「個」もなく、ただただ醜い「私」があるだけです。

玉木が卑怯な最低男である事は事実ですが、それを言うなら小林よしのりも同類です。これが組織や運動の怖さであり、いつの間にか「愛子皇太子」より「小林よしのり」「菅野志桜里」の方が大事という卑しい集団に成り下がりました。

今度と言う今度こそ確信しました。「愛子皇太子」を望む僕にとって道場は敵です。ま、男系男子絶対のブログ主様の笑いは止まらないでしょうねwww
大林わるのり
2025年06月17日 19:06
小林よしのりの言論の手口といえば、論敵はルサンチマンを抱えているという人格攻撃です。彼が唱える論敵のルサンチマン説は、おそらくニーチェの思想から拝借したのでしょう。

旧ゴー宣時代のころの小林は、「ジェラシッ子パーク」という造語を使って批判者を罵倒していました。
「わしは漫画家なのに、言論に挑戦した本がベストセラー化して社会的な影響力がある。だから、文化人たちはわしを妬んでいるんだ」
というのがゴー宣での小林による論法でした。

ゴー宣が売れていたころは、小林によるこの論法でファンたちを騙すことは可能でした。恥ずかしながら、かつての私も騙されていた人間の一人です。小林は昔から、批判者を藁人形論法で罵倒していただけの卑怯者でした。

「本がこんなに売れているから、わしは他の言論人よりも強者で偉い。わしは売れているから正しい」
という小林の論法は、単なる商業主義やポピュリズムの正当化でしかありません。そういえば、小林が好きだった2010年代のAKB48だってファンがやたらとCDの売上を誇っていましたね。

ゴー宣から社会問題や思想に興味を持った人もいるでしょう。ただしゴー宣ファンであっても、勉強をして自分の頭でものを考えるようになったら、小林の言説に違和感を持つことは避けられません。

論敵は自分に嫉妬をしているというプロパガンダは、何も知らない読者を騙すには有効です。しかし、読者が勉強をして自分の頭でものを考えるようになると、このプロパガンダは説得力を失います。

それどころか、本が売れなくなって社会的影響力が落ちてからの小林が、論敵は自分に嫉妬していると決めつけて勝ち誇ったところで説得力はありません。

今思えば、論敵はルサンチマンを抱えているという小林の藁人形論法は、劣等感まみれで生きてきた自分自身の投影だったのでしょうね。

子供のころに相撲大会で負けたこともそうですし、高校時代に不良たちから見くびられたこともそうですし、最終学歴でこじらせたこともそうですし、画力が上達しなかったこともそうですし、高尚な作品を作れず、下品な作品と馬鹿にされていたこともそうですし、知識人と議論で勝てないこともそうでしょう。

あの『東大一直線』だって、小林が学歴コンプレックスを抱えていたから生まれた作品と言えましょう。『東大一直線』の東大通は、落ちこぼれのくせに自分を秀才と勘違いし、強い思い込みによって周りを巻き込んでいきます。

『東大一直線』の東大通と、ゴー宣の主人公「よしりん」を演じる小林はある意味で似ています。小林は劣等感まみれな人間のくせに、自分は天才漫画家で論破王と無理やり思い込もうとしているのですからね。

ゴー宣での小林によるマッチョイズムは、劣等感の裏返しから来るものでした。顔のつくりを気にしているから自分を美男子に描き、女にもてないからモテモテ自慢をし、歌が下手だから歌ウマ自慢をし、身長が低いから人前ではシークレットブーツを履いていたのです。

劣等感まみれであった小林は、右傾化してからは自民族中心主義的な大きな物語にすがりました。ネトウヨによる偏狭なナショナリズムが、実は自らの劣等感の裏返しから来ていることと同じです。

結局小林は、自らの劣等感を相対化することができず、ルサンチマンを抱えながら老年期を迎えました。しかも、ゴー宣の架空の強者キャラ「よしりん」を演じているうちに、小林は等身大の自分が見えなくなったのです。

初期のゴー宣で個の確立の必要性をあれほど訴えていた小林は、最終的には個の確立に失敗してしまいました。

劣等感を抱えた臆病者のくせに虚勢を張ることこそが、小林による傲慢の実態でした。ゴーマニズムの正体は虚勢ズムだったのです。
バビル3世
2025年06月17日 11:15
昔の話ですが、福大を受験して不合格だった私は五流?(笑)
なお
2025年06月16日 20:41
ええっと、ごめんなさいね、ここにも三流私立大学の福岡大学出身者がいますよっと。
別に小林に憧れたわけでもないんだけど、とにかくマンモス大学だから学生数はやたら多いです。ちなみに華丸・大吉も福大です。彼らは中退だから四流?言うたらアカン!

そういえば山尾は今回の件で同情票が集まるから、N国党かどこかが公認するかもなんて話もあります。いやいやいや、そうやって公認してまた出馬会見やって、また8年前のことをスルーして、また国民怒らせて、また取り消しになるんじゃないの?当選でもさせたら日本人の民度が問われますよ。

「神功皇后論」というのはあれ、愛子様じゃなくて山尾のために描こうとしたんじゃないんでしょうか。こういう強い女がいる。アンタも神功皇后になんなさいという。
でも、あれって要するに日本書紀なんかが編纂されたのは持統朝で、時の権力者の女帝におもねった、あるいは持統からの要請で作られた物語なんでしょう。三韓征伐なんて持統の父親の天智が中大兄のときに白村江の戦で唐・新羅の連合にけちょんけちょんにやられたというつい最近の事実を反映して逆にしたってだけでしょう。

そういえば、神功皇后が腹に石を巻いて産み月を遅らせたというデタラメも、あるものの本によると、皇后と参謀の竹内宿祢がデキてて、共謀して仲哀天皇を殺し、天皇の死後に宿祢の子を孕んだのをごまかすのにそういう伝説をでっちあげたんだとか(笑)
お、とするとあながち神功皇后=山尾も間違いではないかな。
不倫つながり(笑)
もちろん正史ではないし、書かれてたのは小説ですよ。でも、そっちの神功皇后論のほうが面白いですね。
スイーツ
2025年06月16日 18:30
どうでもいい事なんですが、福岡大学って二流私立大学だと思ってました。三流なんですか?