まいこの名古屋LIVE告知
以下に紹介する小林シンパの文章は衝撃的すぎるので閲覧注意です。
【まいこの5/24 名古屋LIVE告知】 今までにないオトナな雰囲気で、よしりんの歌とトークに酔いしれる! 【参加募集中】 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/54356/
《DOJOサポーター東海支部のまいこです。
往年のミュージックバーを髣髴とさせるシックな会場は、恋を語るにも相応しい空間で、よしりん先生の麗しい声に内包するめくるめく情感と心響き合えること間違いなし。
ここでどんな曲を歌われるのだろう。
例えば『魂を抱いてくれ』が歌われたら・・・と想像せずにはいられません。
今回はワンドリンク制。
ソフトドリンクのみですが、アルコールがなくても先生の魅惑のステージに酔いしれることができます。魂を抱かれに、あなたもぜひお越しください。》
【まいこの5/24 名古屋LIVE告知】 心の奥底にまで生きる喜びを齎(もたら)す古今未曾有の存在 【参加募集中!】 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/54383/
《DOJOサポーター東海支部のまいこです。
艶やかな御声で、どこまでも飛翔する小林先生のパフォーマンスに驚嘆すること請け合いの「歌謡曲を通して日本を語る」。
名古屋で初開催となる次のLIVEが2週間後に迫って参りました。
超高音域でも決して逃げず、むしろ繊細なビブラートを纏わせる一方、低音域は隠し切れない品を伴いつつ凄烈なドスを効かせ、こぶしを回し、超絶技巧を駆使した上に、曲の心象風景が観る者の眼前に極彩色で描き出される歌唱。
優れた洞察力をもって歌を解された幼き日から、勇躍、デビューを飾られ、数々の大傑作を生みだされた苦闘の物語と、日本の、そして世界の歴史、文化、政治、経済、あらゆる分野への卓越した見識とが、縦横無尽に織り成されるトーク。
素晴らしく優美で、糸目ひとつひとつにデザイナーの矜持が籠められた芸術作品のごとき装いに包まれた淡麗な姿。
世に数多の創作者あれど、五感のみならず、心の奥底にまで生きる喜びを齎(もたら)す古今未曾有の存在が、いよいよ名古屋LIVEに登場、奇蹟を繰り広げます。》
これ、小林よしのりへの美辞麗句なわけですが、とても正気の沙汰ではありません。
オウム真理教の信者が教祖である麻原彰晃の肖像画をありえないぐらいに美化して描いたとかいう話など遥かに越えるヤバさです。
読んでいて悪寒が走るような異様なこの賛辞を小林シンパは洒落や冗談ではなく大真面目に書いているのです。
そんな激ヤバな信仰告白など世間の目に触れないように運営の方で検閲した方が良いでしょうに、尊師小林よしのり自身が、この美辞麗句をブログで紹介するよう命じているのですから血の気が引きます。
まいこの名古屋LIVE告知 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/54333/
《東海支部の「まいこ」さんの告知文章が上手すぎる!
このブログは毎日、繰り返しアップしてもいいんじゃないか?
あるいは「まいこの名古屋LIVE告知」と題して、毎日、書いてもらうという手もある。》
あんなヤバすぎる賛美など書かれたら、普通ならば「いやいや歯の浮くようなおべっかはやめてくれ。そんな過剰な褒めはむしろ馬鹿にされているように感じる」と盲目的なシンパをたしなめるものでしょう。
しかし、小林は良い気分になり、「そうか、わしの声は艶やかで、どこまでも飛翔するパフォーマーであり、超高音域を繊細なビブラートでこなし、低音域は隠し切れない品を伴いつつ凄烈なドスを効かせるという超絶技巧を駆使させることが出来るのだな。更にわしの歌唱を聴いた者はその曲の心象風景が眼前に極彩色で描き出されるのだ。
また、わしは歌だけではなく、MCにおいても、日本のそして世界の歴史、文化、政治、経済、あらゆる分野への卓越した見識とが縦横無尽に織り成しているのだ。
そして歌やトークのスキルの凄さもさることながら、わしのルックスやファッションも素晴らしく優美で淡麗なのであーる。
そんなわしは鳥山明程度の世に数多いる輩とは違い、五感のみならず、心の奥底にまで生きる喜びを齎す古今未曾有の存在であり、そんなわしは奇跡を起こすことが出来るのだ!」と錯覚し、実際にはそんなわけがないので、その現実とのギャップに憤怒し、思い通りにならない世の中を逆恨みし、シンパを率いて世間を呪詛するわけであり、やっぱりカルト集団ってマジヤバだよねと言わざるを得ません。
そのマジヤバなカルト集団が小さなタコツボの中でカラオケ大会に興じている分にはそれほど問題視する必要はないのかもしれませんが、国政に関わる議員が票田欲しさに利用しようとしているとしたら、国民として看過して良いわけがありません。
最近では、この小林カルト団が政治家へのロビー活動を始めており、立憲民主党の無名議員が食いついているというのですから穏やかではありません。
小林の「フレンドリッチの会」なる珍妙珍奇なネット配信に無防備に参加する立憲民主党議員がいるようで、先日も衆議院議員東京15区酒井なつみ氏と衆議院議員福岡5区堤かなめ氏がゲスト出演したといいます。
その数日前には例の山尾志桜里も小林カルト配信で偉そうに講釈を垂れていたといいます。
それについて報告が届いていますので、以下に紹介します。
《5月4日のゴー宣菅野志桜里応援DOJOを時系列に
小林よしのり「わしが真の保守。山尾はリベラルだが共通点多い」
山尾しおり「安保も皇室も政界では敬遠されがち。だからDOJOの皆さんのロビー活動が意義ある」
小林よしのり「山尾批判は嫉妬で男尊女卑。わしは女を守りたい。実際は女に守られてきたけど。わしは男尊女卑の感覚がまったくない」
小林よしのり「万世一系は嘘。欠史八代知らないのか。知識・勉強は無駄。わしも一周回って愛子様万歳という庶民感覚で十分と悟った」
小林よしのり「中間層をぶ厚くしたって購買意欲ないから内需増えない。長生きしたいから貯金に回す。成田悠輔の老人集団自決説も叩かれた。生命至上主義、延命治療を改めろ!」
山尾しおり「皇統勉強会やってきたけど、参加議員が数人。でも関心ある議員を増やせば強力に。だからフレンドリッチや皇統クラブが大事」
小林よしのり「ロビ活サポーターは立派。みんな自分の言葉で政治家に話しかけたり手紙送ったり。新聞社にも良い影響与えてる」
5月9日のフレンドリッチの会の時系列
ゲストは立憲民主党の酒井なつみ議員、堤かなめ議員
小林よしのり「さっきの食事で元看護士の酒井議員がわしのアレルギーをすごく心配してくれてとても気分が良くなりました」
・隣に座る酒井議員が気に入ったようで配信中に何度も身を乗り出して酒井議員に接近する小林と明らかに顔がこわばる酒井議員。
小林よしのり「わしは男尊女卑じゃない。でも政界には女性議員なのに名誉男性として男尊女卑な奴も。だから山尾が貴重」
酒井なつみ「地元福岡では親戚集まりでも男尊女卑がひどくて…だから上京したかった」
小林よしのり「さす九は、女が男を甘やかすという構造もある。だからわしは未だに料理しない」
酒井なつみ「実家でも母の家事に父がありがとうすら言わないのが嫌だ」
小林よしのり「わしは言わない。男の沽券に関わる! …こんな男を再生産しちゃいけないから男尊女卑やめよう(笑) 飲み屋で女だけが男の食事を取り分ける文化もダメ。わしは秘書にやらせてるけど(笑)」
・小林の発言にドン引きする酒井と堤。それに気づかずキャバクラの酔客のようにはしゃぐ小林。
堤かなめ「国際的な流れもあるし、国民世論も明確だから女系天皇賛成」
酒井なつみ「女性皇族を差別するのは人権侵害、愛子様のお考えも聴ければ」
小林よしのり「愛子様は皇室に留まりたがっている。今上陛下と雅子様がそう育てたはず。秋篠宮家とは教育や自覚が違う!」
小林よしのり「フェミにも反天皇制がいるから、愛子様を自由にと確信犯的に言ったりする」
堤かなめ「フェミニスト全員じゃないですよ」
小林よしのり「わしはフェミの本を多く読んだからあいつらの理論は把握してるんだ!」
立民議員2名、この配信について事前告知事後報告なし。》(ALU情報筋さん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/514815139.html
この立民の議員との配信があったあと、その内容について小林はブログで一言も感想がないというのは如何なる禍事でしょうか。
わざわざ参加していただいた議員さんに失礼なのではないですか?
まぁ、この二人の議員も世間に向けて告知もしなければ事後報告もしていないのですからどっちもどっちですけどね。
配信の内容についてはツッコミどころ満載なのですが、一つ一つ突っ込んでいたらキリがないので少しだけイジるに留めましょう。
小林らはシンパ連中が「ロビー活動」などと称して政治家の事務所に小林の著書を送りつけていることを賞賛し、「DOJOの皆さんのロビー活動が意義ある」だの「ロビ活サポーターは立派」だのとやり甲斐に火をつけていますが、これは「カルトあるある」というヤツで、例えば創価学会なども信者を組織に繋ぎ止めておく為に選挙活動を利用しています。
皆さんの中にも選挙が始まると知人の学会員から連絡が来るという経験をしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
政治活動ほど分かりやすい「やりがい」はありません。特に選挙活動は目に見える結果があるので、自分たちの頑張りで勝たせることが出来たとかかなりテンションがブチ上がるわけです。
シンパは健気に小林の著作を大量に買い込んで、その誰に読まれもせずに廃棄されるサダメの愛子天皇論を政治家の事務所に送りつけているのです。
まるで売れない小林マンガをシンパが大量に買い取っている状態は果たして出版社や作家にとって健全なことなのか甚だ疑問です。
「読まれなくても売れりゃいい」という情けない志しかない編集者や作家などさっさと退場させた方が出版界の為なのではないでしょうか。
さて、ついでに皇統問題についてもサクッと触れておきましょう。
小林は「知識・勉強は無駄。わしも一周回って愛子様万歳という庶民感覚で十分と悟った」と言い、完全に論理を放棄しました。
何故放棄したのか。それは論理で相手を納得させることが出来ないと悟ったからです。
「知識は無駄」という反知性主義に向かう理由はつまりは「論理では自分たちは正しくないから誤っていようが情緒で押し流してしまえ!」と主張しているようなものです。
面白いのは今回の立民議員二人のように、皇室についてさして関心もなく、皇室の歴史を学ぼうともしない人は簡単に「国際的な流れもあるし、国民世論も明確だから女系天皇賛成」とか「女性皇族を差別するのは人権侵害、愛子様のお考えも聴ければ」とか言い、しかしそう言っていた政治家たちも勉強会など開いて歴史を学ぶや、その考えを改めるというパターンが繰り返されていることです。
これはかなり重要なことで、関心もなく勉強もしていなかったら、現代の価値観のみで「今の時代は男女平等の観点から女系天皇オッケーだし、天皇の娘が皇位を継ぐのが自然だよねー。よく知らんけど」と軽口を叩くけど、いざ歴史を知るや「いや待て」となるわけです。
また、小林は「フェミにも反天皇制がいるから、愛子様を自由にと確信犯的に言ったりする」と言ってしまっていますが、それならばリベラルが天皇制解体という本心があるからこそ確信犯的に女系天皇オッケーと言っているんじゃねぇの? という風に指摘することも出来てしまいます。
以前から繰り返し言い続けていることですが、私は別に皇統についてさして関心もなく、敬宮内親王が皇太子になったって別に構わないと思っていますので悪しからず。
それでも「はじめに言葉ありき」という原則は無視してはいけないと思っているので、論理を放棄しない態度であるだけです。
この記事へのコメント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44745
>愛子さま掲示板の「まいこさん」と「マントクン」の「チェブラジの感想が面白かったので、ブログにアップして欲しい。
小林よしのりは、シンパたちの賛美の声に頼らないと自我を安定させることができない人です。今の小林は裸の王様となっています。
そういえばゴー宣DOJOサイト(現・小林よしのり全宇宙)では、まいことmantokunが書いた感想文が何かと優先的に紹介されることが多いですね。おそらくまいことmantokunによる感想文は、ゴー宣DOJOでは小林を褒めるためのお手本として扱われているのでしょう。
まいこが書いている文章の特徴は、文学チックな仰々しい表現でひたすら小林を褒める内容となっています。彼女が大袈裟な言いまわしで小林ヨイショの文章を書いているのは、北朝鮮の女性アナウンサーが金正恩をこれでもかと賛美している様子とそっくりに見えます。
ゴー宣DOJOがまいこの文章を「お手本」として扱うことは、小林の個人崇拝を「お手本」として扱うことと同じです。小林への個人崇拝を門下生たちに強要しているゴー宣DOJOは、どう見ても正常な組織ではありません。
>わしの妻は「チェブラジ」を聴いて、「老人とピノコ」みたいで面白いと言っている。
小林の妻は、自分の夫が浮気相手とイチャイチャしている様子を褒めているようです。しかも小林がその様子を喜んでいるのは、人としてあまりにもゲスいとしか言いようがありません。
浮気相手とイチャイチャする様子を夫に見せつけられて、小林夫人は内心では悔しいでしょう。しかし、小林夫人は夫に一方的に従属させられているため、小林に対しては文句を何も言えないのかもしれません。小林夫妻は歪な共依存の関係で成り立っています。驚きだよ。悲しいことだよ。
>チェブリンからも老人あつかい、妻からも老人あつかい、まったくあつかいによって老け込むかもしれんから、どこかにわしを青年あつかいしてくれる女はいないものか?
自分を老人扱いせず青年扱いして欲しいと小林は言っています。しかし、現在の小林は70過ぎの老人であり青年ではありません。小林は今でも「わしはまだ若いんだ」と無理やり思い込み、自分の老化と向かい合うことを嫌がっています。
60代以降になってからの小林が老人切り捨てを主張していたのは、自分の老いを直視することを避ける気持ちの裏返しだったのでしょうね。
今の小林がやるべきなのは、「自分は不治の病に苦しむ老人で、余命を自覚せざるを得ない人間である」という現実を直視して、真面目に終活に取り組むことです。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44431
>昨夜、テレビで、ちゃんみなの出産、子育てのインタビューを、じっくり聞いた。辻希美の家族見守り出産もすごかった。出産、子育てに関する最近の女性の心理や家族についての変化にすごく驚いたし、勉強になった。
もはや周知の事実ですが、小林よしのりは昔からテレビ好きなミーハーなお人のようです。ちゃんみなにハマっている小林は、彼女が出演するバラエティー番組を熱心に見ていました。
小林がブログで書いている番組に対する感想は、知識人が語る深い内容というよりは、芸能好きなミーハーな人が語る薄っぺらい内容として読めてしまいます。結局小林は、ギャグ漫画家が暴論を語る初期ゴー宣のころから成長できておらず、知識人という職業は最後まで向いていない人だったのでしょうね。
しかしながら、小林による思いつき発言やミーハーな趣味に対してさえも、シンパたちが信仰心からすぐに追随してしまうのは実に滑稽です。
ちゃんみなの番組、ネットで観られます!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44433
小林が視聴していたちゃんみなの番組を、後になってから大須賀がわざわざブログで紹介しているようです。好みまでボスに合わせようとする大須賀の言動は、まさにイエスマンの鑑と言えるでしょう。
大須賀もそうですが、シンパが小林の言葉や好みに何から何まで追随しているのは単なる思考停止でしかありません。小林がAKB48にのめり込んでいた時には、尊敬する師匠に影響されて自分もAKBオタとなっていたシンパたちもおそらくいたでしょう。
小林のあらゆる言葉に盲従しているシンパたちは、師匠がゴー宣で言っていた「わしを疑え」の教えだけはなぜか実行に移すことができていないようですね。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44422
>そんな子供達も好きなちゃんみなは、カッコよくみえて刺さるんでしょうね。
小林よしのりがちゃんみなを褒めた後で、公論サポーターのよっしーもちゃんみなをなぜか褒めています。よっしーの反応は、自分の頭でものを考えようとせずに小林の意見に追従しているのが丸分かりです。
正月の研究成果
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44414
>そんな中、大晦日の配信の中でも話に出てきたILLITもめっちゃ分析しながら聴きまくりました(←眉をしかめられそうだけど、自分としてはこれが最上級の「楽しい聴き方」なんです(笑))。
小林がILLITを褒めた後で、大須賀淳もブログでILLITを褒めているのは本当に不自然です。小林に追随してちゃんみなを褒めた泉美木蘭と同じく、大須賀もボスのミーハーな好みに合わせて機嫌を取るイエスマンに過ぎません。
シンパや幹部が思考停止してボスの意見に追従し、好みまでボスに合わせようとするゴー宣DOJOは、小林に対する個人崇拝ありきで成り立つ全体主義の組織であると言えます。
例えば中国では、習近平が食べたとされる定食メニューが人々の間で人気になる現象が起きたことがあります。言うまでもありませんが、今の中国は習近平に対する個人崇拝が人民に強要されている国です。
魔都の食卓:(5)「習主席ランチ」うわさで連日満席 上海の料理店
https://mainichi.jp/articles/20171118/k00/00m/030/032000c
また、ゴー宣DOJOの幹部やシンパたちが好みまで小林に合わせようとする動きは、ファンによるタレントへの推し活とも似ています。例えば平成時代の日本では、安室奈美恵や浜崎あゆみの女性ファンが推しのファッションを真似していたことがありました。
高市早苗の支持者を「サナ活」呼ばわりしている大須賀は、実際は自分こそが小林よしのりに対する「コバ活」に陥っていることに気付いていないようです。
ゴー宣DOJOの人たちが意見も好みも何から何まで小林に合わせようしている光景は、私からすれば違和感を覚えてしまいます。「それは本当にあなたの意見か?」「本当に自分の頭でものを考えて言っているのか?」と彼らに私は問いたくなります。
https://www.gosen-dojo.com/blog/57406/
>...とまぁ感想は尽きないのですが、もう10年以上前から勝手に人間国宝だと思っているよしりん先生。
ゴー宣DOJOサポーターの三味線は、小林よしのりのことを「人間国宝だと思っている」とまで公言しています。トップである小林を個人崇拝する文章がブログに掲載される時点で、ゴー宣DOJOは正常な運動団体ではなくなっています。
運動団体のトップを「人間国宝」とまで呼んで個人崇拝することは、ゴー宣DOJOでは小林への忠誠心を示す行為として褒められる行為なのでしょう。そういえば公論サポーターのまいこは、小林のバンドごっこを歯が浮くような美辞麗句で褒めていましたね。
公論形成を目指して作られたはずのゴー宣DOJOは、「公」よりも小林の「私」が優先される団体となっていき、トップへの個人崇拝がはびこるカルト的な集団になり果ててしまいました。独裁者を個人崇拝する全体主義的なカルト集団となったゴー宣DOJOは、オウム真理教や北朝鮮を笑えません。
>脳溢血から早々に復活を遂げ、いまもなお日本の言論空間に楔を打ち込み、私たちに多くの示唆を与え続けてくれています。
三味線のこの文章は事実誤認に満ちています。
左手と左唇にしびれが残った上に、血管性認知症を発症している小林はどう見ても復活を遂げていません。ファンたちが「先生は脳出血から復活した」と盲目的に賛美することは、療養中の小林を甘やかして健康状態を過信させることにつながる恐れがあります。
さらに今の小林は、本が売れなくなって言論空間への影響力を失ったオワコン文化人です。特定の新興宗教を組織票とし、盲目的なファンたちによる賛美の声しか受け付けない今の小林は、言論人として堕落しています。
小林がどれほど劣化・堕落しても無条件で個人崇拝し続ける人たちしか残っていないゴー宣DOJOは、運動団体としてはもはや末期症状を呈しています。
文化人であれ一般人であれさすがにそれを人前で言うのは、頭の中身を疑われても仕方がありません。ただし、当時の小林はギャグ漫画家という肩書があったおかげで、読者からはギャグとして大目に見てもらえました。
ゴー宣を愛読していたころの少年時代の私は、自らを神仏になぞらえる小林の発言に違和感を覚えることはありませんでした。それどころかむしろ、
「小林は天才漫画家であり、文化人として責任を負っているのだから、ここまでの逸脱もたまには許されてもいいのだ」
とさえ思ってしまったくらいです。つくづく、当時の私の無知さを恥じるばかりです。
小林は天才漫画家ではありませんでしたし、文化人としての責任感も持ち合わせていませんでした。それどころか、小林による逸脱はたまにどころか数え切れないほどでした。度重なる暴走を許した結果、小林はモンスターに育ってしまいました。
浅羽通明も関わった例のカリスマ宣言の段階で、小林は道を踏み外していたのです。カリスマである以上言論人として発言に責任を持つ、という意味でカリスマ宣言を解釈していた昔の私は愚か者でした。
そもそもカリスマとは、実力や功績を人々や世の中から認められて、気が付いたら自然にそうなっているものです。ろくな実力がないにも関わらず、周りの取り巻きのおだてに乗せられて、自らがカリスマを名乗ってしまうのは単なる裸の王様でしかありません。
カリスマを名乗ったころから、小林は徐々に等身大の自分の姿が見えなくなっていきました。解脱していない半端な修行者なのに最終解脱者を名乗り、自らをグルと称したヨガに詳しい宗教家に似ていますね。
北朝鮮の金日成のように日本中で小林への個人崇拝が行われていて、人々が小林の銅像を前に感涙するコマも、昔の私はギャグだと思っていましたよ。
今思えば、あのシーンはギャグ漫画として描いたのではなく、小林が自らの願望をそのまま真面目に描いたのでしょうね。
ファンたちが美辞麗句を並べて小林を個人崇拝するという、昨今のカルト化したゴー宣DOJOの惨状を見ているようです。
このシーンを初めて読んだ少年時代の私は、こうならないようにしようと小林が自戒を込めて描いたのだと思っていました。今思えば、あの時の私は純粋過ぎる青二才で人を見る目がありませんでした。
現在の小林は、ゴー宣ジャーナリストと称するDOJO会員のファンたちに言論活動を丸投げさせ、自分はカラオケにうつつを抜かす有様です。「ファンは戦え。わしは逃げる」は後年の彼自身に対する予言のコマになってしまいました。
さすがです、小林先生。後の自らの堕落をこうも見事なまでに予言するとは。恐れ入りました、やはりあなたは天才漫画家でしたね。
知識・勉強は無駄
カラオケ大会が大事
もうそこには言論は無い 涙
蛸壺内ではこれを堕落とは言わない
革新と言うらしい