時浦兼先生に捧げるバラード
喘息だったが今日、完治した。 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/52837/
《カンヅメの最中から喘息を発症していて、ようやく今日、すっかり治った。》
《喘息のようだと気づき、ガスを飲みながら抑えていたが、今日になってすっかり治ったと気づいた。》
前にも指摘したことですが、小林よしりんは70過ぎの爺さんでありながら、「完治」という言葉の意味を理解していないようです。
喘息治療薬を「ガス」と呼ぶ馬鹿も他にはいません。確かに吸入器はガスの圧力で薬剤を噴射しますが、吸い込むのは薬剤でありガスではありません。
しかし小林お爺ちゃんは子供の頃から老齢期を迎えた今の今まで「ガスを吸引している」と思っていたようで、どんだけマヌケ野郎なんでしょうか。
もしかして生配信などでいつも興奮状態で異様な言動を繰り返しているのは、マジでガスパンして幻覚、幻聴、妄想の症状を引き起こした結果なのですか?
そんなマヌケな爺さんと長い間そばで接していながら、軽蔑することなく尊崇し続けているヘドロ男がいることを皆さんはご存知でしょうか。
そう、Boy Meets Girlマンガを得意とする我らが時浦兼先生こそがそのヘドロです。
https://x.com/fxpcek/status/1752893065336070456?s=46&t=KtUK2XEOGqno6mJtKNAi8A
時浦兼先生は次のように述懐しています。
さらに秋篠宮殿下「いじめ」発言に思うこと。 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/51273/
《私は小中学校時代にいじめを受けていた北海道某市に、もう40年近く行っていません。
おそらく今後も一生行かないと思います。
私はいずれ北海道某市から出ていくことを希望としていじめに耐え抜いて、そうして東京に出てきて、たまたまよしりん先生に拾われたという最大の幸運があって、今日まで生きてきました。》
僕が「世間」を嫌う理由 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/15319/
《僕は小学4年の2学期から中学卒業まで、ずっとイジメを受けていました。
このイジメは、僕が高校に進学し、小中学校の通学区という世間から解放された途端に、嘘のように消え失せたのでした。
この経験から、僕は「世間」が大嫌いになりました。
大学に進学して上京すると、今度は「世間」に影響されない仕事として、漫画家になることしか考えませんでした。
いま思うと恥ずかしい限りですが、自分に漫画の才能があるのかとか、漫画で表現したいことがあるのかということは、二の次でした。
それで大学卒業間際に辛うじて「藤子不二雄賞」の佳作に滑り込んだものの、後が続かずに途方に暮れていたところを、奇跡的な幸運で小林よしのり先生に拾われたのでした。
その頃の僕は対人恐怖症のような状態で、マトモに人とも話せない有様だったのですが、よしりん先生には仕事を通して精神的リハビリのようなことまでしていただき、そして「世間」に左右されることなどない人間関係ができて、おかげさまで現在の私があります。》
時浦先生の述懐ブログを読むと、オウム真理教の最高幹部であった村井秀夫のことを思い出してしまいます。
社会を知らないまま、おかしな指導者にやりがい搾取され、捨て駒として処理されてしまう哀しき存在。
マンガを描く才能云々はハタチそこそこの青年期のみで決定づけられるわけではありません。
ナニワ金融道の青木雄二先生は45歳の時にプロデビューしていますし、齋藤なずな先生やハン角斉先生も遅咲きですし中原とほる先生は81歳で新人漫画賞を受賞しています。
77歳の漫画家、デビューは40歳。高齢者の団地暮らしをテーマにした作品を描く理由 | ESSEonline(エッセ オンライン)https://esse-online.jp/articles/-/26354
https://toyokeizai.net/articles/-/825370?display=b
それなのに、何故に時浦兼先生は20代の道半ばでマンガ家になる夢を諦めてしまったのでしょうか。
今日、私は丸善で「平和の国の島崎へ」8巻を購入し、帰宅して早速読み始めたのですが、8巻冒頭のエピソードで手を止めて涙ぐみ、時浦兼先生の挫折について胸を痛めてしまいました。
島崎8巻のそのエピソードをざっくり説明すると、群馬県の高崎市近くに住む20代の男がマンガ誌の新人賞を受賞するのですが、親も病気がちで、世話になっている工場(こうば)の社長には「マンガとかにいつまでも夢中になってないで大人の男の嗜みを身につけろよ」などと揶揄まじりにハッパをかけられ、マンガ家になる夢を諦めることこそが現実的であり、地に足がついた正しくあるべき道であるかのように誘導されるわけですが、果たして…
という内容で、時浦兼先生は間違いなく身につまされる物語であり、本来自分がそうあるべきであった、ありえたかもしれないもう一つの未来を描かれていることに泣き崩れることでしょう。
時浦兼先生必読のマンガですので、是非とも明日書店に走ってみてはいかがでしょうか。
時浦兼先生は藤子不二雄賞を受賞した際に次のように喜びのメッセージを残しています。
《幼い頃、藤子先生や手塚先生のマンガに感動して以来、いちずに、マンガ家めざして描き続けてきました。受賞できて、ほんっとにうれしいです‼︎ 今後も、まんが道の終わりなきゴールをめざして、夢を追い情熱を傾けて、一歩一歩あるいてゆきます‼︎ よろしくご支援ください‼︎》
時浦兼先生は初めてマンガ賞を受賞した時に「終わりなきゴールを目指して、険しいまんが道を一歩一歩あるいてゆく」と藤子不二雄の両先生に誓った筈なのに、コロコロの編集者に勧められ、マンガ家修行の一環として「よしりん企画」にアシスタントに入ってしまったのが奇跡的な不幸の始まりだったのではと思います。
たとえば、よしりん企画にアシのバイトとして数ヶ月通い、そのあとに河合じゅんじ先生や沢田ユキオ先生や徳田ザウルス先生などのアシスタントを経験してマンガ家としての基礎を学んでいれば、コロコロ作家としてデビューするという未来もあり得たでしょうし、たとえ挫折したとしてもその挑戦したという実績は必ず将来の財産になっていたことでしょう。
それなのに、小林は時浦のその夢を鼻で笑い、「わしの所の専属アシになれば安定した収入を得られるばい」との甘言で騙したのでしょうか?
時浦先生はいつ己を捨てたのでしょうか?
時浦先生は小林よしりんが提示した「楽な道のり」を選択したことに後悔はないようですが、何故に「険しい道の歩き方」を学ぼうとしなかったのでしょうか?
険しい道の途上、道半ばで倒れたとしても前のめりに倒れたのならば本望だと、まだ夢を見ていた時の時浦先生ならばそう思った筈でしょう。
少年の頃から「いちずにマンガ家めざして描き続けてきた」のに、いつ己を捨てたのですか?
驚きだよ。悲しいことだよ。
この記事へのコメント
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45898
>公の意義のあるイベントで、私的な楽しみも大満足!公私混同ではなく、公私合体!そんな機会は他にはありません。よしりんバンドツアー沖縄のお知らせです!!
小林アシスタントの時浦は、「公私合体」という変な造語を生み出してしまったようです。それにしても、「公私混同」と「公私合体」は意味がどう違うのか私には全く分かりません。
自分の「私」こそが「公」であると解釈して公私の区別が全くできていないならば、それは究極の公私混同ですし、社会や周囲にとって厄介な存在となった「オレ様化した人間」の誕生であるとも言えます。
ちなみに右傾化してからの小林は、言論人として「私」と「公」の峻別を主張し、「公」を含んだ「個」の大切さを熱心に説いていました。その小林先生のお弟子さんが、「公私合体」を堂々と宣言するのはさすがにまずいでしょう。
いや、時浦の師匠である小林こそが、実際は「私」と「公」の区別ができていない公私混同の権化と言うべき人間でした。だから、小林は昔から「公私合体」の生き方を繰り返して今に至ったのでしょうね。
小林の忠実な弟子である時浦が、「公私合体」を宣言したのはある意味で師匠譲りと言えるのかもしれません。
また、時浦の文章には他にも読んでいて気になる個所があります。時浦は小林のジャイアンリサイタルのことを、「公の意義のあるイベントで、私的な楽しみも大満足」と言っています。
そもそも時浦は小林のイエスマンであり、小林思想こそが「公」であると思い込んでいる人間です。だから時浦は、小林のジャイアンリサイタルを「公の意義のあるイベントで、私的な楽しみも大満足」と言っているわけです。残念なことに、時浦は師匠を盲信するあまり思考停止に陥っています。
小林の私的なカラオケ趣味をごり押しするだけのイベントに、「公の意義」はどう見てもあり得ません。もっとも「公」と「私」の区別ができない小林にとっては、自分のコンサートは「公の意義」があって「私的な楽しみも大満足」できる重要なイベントであると定義しているのでしょう。
やはり、小林は公私混同人間であると同時に公私合体人間でもあるようですね。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45482
>今日はゴー宣298章、イワレビコ一行が日向を出発して、国つ神に出会っていく様子を描くペン入れだ。ひたすらペン入れするのみ!
>昨日、まーには見抜かれたが、わしは挑戦すべき仕事が他にもある。茶魔を描きながら、新作描き下ろしがやれるかどうか、迷いに迷っている。ゴーに教えてもらった本も読まねばならない。
>トッキーが鍵だな。国文科のトッキーの読書力、文章力を今以上、活かせれば、わしのパワーは倍増する。分身の術を使うしかないのだ。
(中略)
>その前に一冊、描き下ろしをやっておくべきかもしれない。
そもそも仕事よりもカラオケ趣味に熱心な小林が、「ひたすらペン入れするのみ」だの「わしは挑戦すべき仕事が他にもある」だのと言ったところで説得力はありません。
しかし、小林は自分を仕事熱心な人間として演じていても、無意識の影響なのか普段の仕事のやり方をうっかり白状しているようです。文中で使われている「分身の術」という言葉から分かるのは、小林が時浦に言論活動を丸投げさせているという事実です。
また、「国文科のトッキーの読書力、文章力を今以上、活かせれば、わしのパワーは倍増する」という小林の言葉は、参考文献の読書も、シナリオの執筆も実際は時浦がやっているという意味として読めてしまいます。
だから、小林名義で新作描き下ろしが仮に発表されたとしても、いつもの通りシナリオは時浦が代筆して、作画はスタッフたちに丸投げされるという形になるのは目に見えています。
当然ながらゴー弁護士が紹介していた本さえも、小林が読むことはおそらくあり得ないでしょう。例の病の影響で頭脳が衰えた今の小林は、読書もまともにできなくなっている可能性があります。だから、時浦が読書をして本の内容をレポートに要約し、小林はそのレポートを読むという形になるのでしょう。
従ってこのブログ記事から分かることは、やはり小林はブレーンの時浦におんぶにだっこで漫画家や言論人を演じているのだという事実です。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45272
どう考えたらこんな言葉が出てくる?高市マンセーのバカコメ
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45289
小林発言がヤフコメのネトウヨに叩かれていることに腹を立てて、ブログでいちいち論破ごっこをするとは時浦は大人げない人ですね。
時浦が自発的にこれらの罵倒ブログを書いたのならば、彼が普段からネット工作員として活動をしていることの証明になります。ブレーンとして情報収集をしたり、小林アンチが何を言っているかを監視するのが時浦によるネット活動なのでしょう。
師匠のイエスマンと化している時浦からすれば、小林への批判者は敵にしか見えなくて許すことができないのでしょう。
時浦が書いている文章がヒステリックな罵倒調になってるのは、社会や他人に対する敵意や被害者意識のせいだけではありません。なぜなら時浦には、理詰めによる議論と中傷を用いた人格攻撃の区別ができないという欠点があるからです。
師匠の狂信者である時浦は、相手が小林の主張を少しでも反論したら「敵が先生を侮辱した」「敵が先生の人格自体を全否定した」と思い込んで頭に血が上ってしまう人なのでしょうね。
また小林が時浦に命令をして、ヤフコメのネトウヨへの罵倒ブログを書かせた可能性もあり得ます。その場合は、小林はいつもエゴサに熱心な人間であることの証明になってしまいますし、時浦が小林の命令でネットで情報収集をしていることの証明にもなってしまいます。
小林は承認欲求モンスターであるため、少しでも自分のことを批判されると苛立ったり不安になったりして気が気でなくなるのでしょう。
時浦がヤフコメのネトウヨへの罵倒ブログを書いた理由は、前者のケースなのか後者のケースなのか私には分かりませんけどね。
時浦が小林を何一つ疑おうとしない狂信者となっていることは、世間の一般人の視点で見ても違和感があるでしょう。しかし、DOJOウォッチャーからすれば、一般人とは別の意味で時浦に違和感を覚える人もいるでしょう。
なぜなら時浦には、小林の絵解き漫画のシナリオを代筆しているという裏の事実があるからです。時浦がやっていることは、自分がシナリオを担当した作品を自分で褒めているのと等しい行為です。
強烈なるたぶらかし!愛別離苦絡み合う闘いの行方は?大好評『神功皇后論』!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44145
>古代から語り伝えられていながら、誰も見たことのなかった物語はまだ始まったばかりです!
固定観念を軽々と突破する前人未到の作品『神功皇后論』!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44489
>私も含めてほとんどの人が、「呪術」だの「祭祀」だのといった「非合理」なもので社会が動くはずがなく、「政治」は別の者(それもなぜか「男」と決めつけている)が担っていたものと思い込んでしまっている固定観念を、古代においてそんなはずがない! と軽々突破してくる前人未到の作品がこれ、『神功皇后論』です!
神功皇后の胆力に驚嘆!神功皇后論『羽白熊鷲・愛郷心と恋心』感想ご紹介!【ネタバレあり!】
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44826
>『神功皇后論』は、日本人復活のための書となるかもしれないのです!
時浦による『神功皇后論』に対する称賛は、仰々しい言葉ばかり目立っています。「古代から語り伝えられていながら、誰も見たことのなかった物語」だの、「前人未到の作品」だの、「日本人復活のための書」だの、と『神功皇后論』が名著であることを時浦はこれでもかと強調しています。
しかし、作品のシナリオを担当した人間が自画自賛でこれらの言葉を言っていたならば、私としては正直ドン引きせざるを得ません。時浦が自分の作品を自分自身で絶賛しているのが事実であるならば、私は彼の精神状態が心配になってしまいます。
時浦が自意識過剰な言葉ばかり言っているのは、師匠の小林と同じく虚勢ズムを身につけた結果なのでしょう。とはいえ時浦の歪んだプライドは、世間に対する敵意ともセットになっています。時浦が書いた以下の文章を読むとそれがよく分かります。
『神功皇后論』最新回『大遁走』掲載SPA!発売中! 遁走は嗤うのが正しい!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/45126
>『神功皇后論』を読んで楽しめる、真っ当な日本人がもっともっと増えることを願ってやみません!
時浦が「『神功皇后論』を読んで楽しめる、真っ当な日本人」と言っているのは、「僕が描いたこの作品の価値が分からない奴は真っ当な日本人ではない」と言っていることと同じです。
どうやら時浦は、「どのように作品を描けば読者が面白いと思ってくれるか」という気持ちを持たずに小林漫画のシナリオを書いているようです。歪んだプライドを持ちながら自己満足で作品を手掛け、一部の狂信者による賛美の声で気持ち良くなっているのが時浦による創作の姿勢なのでしょう。
おそらく時浦は、普段からこう考えながら作品のシナリオを書いているのかもしれません。
「僕は優秀な人間だから、僕が手掛けている作品も当然面白いはずだ。僕の作品の面白さが分からない人間は馬鹿ばかりだ」
時浦が面白い作品を作れないのは、病的なまでにプライドが高いことと世間に対して憎悪や復讐心を持っていることが原因となっているのでしょうね。
「中道」の元祖ぶってマウント取ろうとしている山尾志桜里
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44689
おそらく時浦は、小林よしのりの意向を受けて山尾叩きをしているのでしょう。小林が山尾を憎めば時浦もイエスマンとして山尾を叩き、小林が山尾を応援すれば時浦もイエスマンとして山尾を支持しているというそれだけの話です。
そういえば昨年(2025年)の参院選のころは、時浦は山尾のことを熱心に支持していました。
今週のライジング「山尾しおりの公約の意義」、投票前に絶対読もう!!
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/11910
>本当に国のために必要な政策を自分で考え、公約にして、自分の言葉で訴えられる候補者など、どこにもいない!たったひとりの例外を除いては!それが、山尾しおりさんです!!
時浦は社会や周囲の人間に対して被害者意識を持っているため、師匠の小林が敵と決めつけた相手をそのまま憎んで攻撃するという特徴があります。つまり小林が山尾を「敵」認定したおかげで、時浦も山尾のことを敵と見なして憎んでいるというわけです。
2025年の参院選では、時浦は玉木雄一郎や国民民主党を敵視してブログで罵倒していました。山尾を選挙で公認しなかった玉木や国民民主党を、小林や門下生たちが「敵」として認定してくれたおかげです。
私は時浦に対して、「その意見は本当にあなたが自分で考えて言っていることなのか?」と突っ込みたくなります。なぜなら時浦の意見はいついかなる場合であっても、師匠の小林が言っている意見と全く同じだからです。
時浦は小林のイエスマンであり続けているため、自分の意見や考えというものを全く持っていません。自分の頭でものを考えることができないから、時浦の意見は小林の意見のコピーにならざるを得ません。
金森がよしりん企画を退職した後は、時浦が小林の言論活動のブレーンを担当してきました。しかし、師匠のイエスマンに徹し続けてきた時浦は、小林のブレーンには向いていなかったと言えます。
時浦はいつも師匠の言いなりであるため、小林が明らかに間違った意見を思いついた場合でもその言説に対するチェック機能を果たすことができませんでした。小林ブレーンとして時浦が行ってきた仕事とは、師匠・小林の無責任な思いつきを理論武装によってひたすら正当化するための作業でした。
しかも時浦には、読解力が欠落しているという致命的な欠点がありました。時浦がブレーンとなった小林が言論人としてどうなったかは、近年の言論活動の惨状でもはや証明済みと言えるでしょう。
自分の頭でものを考えようとせず、小林の言説をコピーした意見しか言えない時浦の有様は、見ていて痛々しさを感じてしまいます。
https://yoshinori-kobayashi.com/blog/44074
>世の中には、いくら慈愛の心をもって接しても、全く通じない人がいるものです。そもそも一切話が通じないのだから、説得もできません。そんな人たちはもう、力づくで制圧するしかないのです!戦う決意、制圧しつくす決意で来年は臨みます。
とうとう時浦は、話が通じない人たちは「力づくで制圧するしかない」と言い出すようになりました。彼は、意見が違う相手に対しては「戦う決意、制圧しつくす決意」で臨むとも言っています。
異論を持つ者との議論を放棄している時浦の姿勢は、ゴー宣DOJOが目指していた「公論形成」とは正反対の態度です。しかし、時浦は小林の側近中の側近であるため、彼の言葉や姿勢はゴー宣DOJOの門下生たちの手本として扱われている可能性が高いでしょう。
自分と意見が違う相手とは議論を諦め、戦う決意を持って力づくで制圧すると時浦が表明しているのは実に恐ろしく感じます。
異論を唱える相手は「力づくで制圧するしかない」と時浦が言っているのは、どう見てもテロリストの発想です。そういえば時浦の師匠である小林は、9.11以降はテロを美化する主張を平気で唱えるようになった人間でもあります。
そもそもテロリストは「戦う決意」を誰よりも強く持っており、「力づくで制圧する」ことで社会に影響を与えようとしている人間であると言えます。昭和前期の青年将校も、極左過激派の構成員も、オウムの信者も異論を唱える相手に対しては「力づくで制圧するしかない」という姿勢で臨みました。
また、「戦う決意」を持っていて、敵対者には「力づくで制圧する」姿勢で臨むという特徴はカルト宗教の信者にも当てはまっています。あのオウムの信者がそうでしたし、逮捕者を出した顕正会の信者もそうでしたし、アルカイダやイスラム国のテロリストもそうでした。
大航海時代のころに世界各地を侵略したキリスト教勢力も、現地の住民に対しては「力づくで制圧するしかない」という姿勢を示した人たちであると言えるでしょう。
さらに、自分と立場を異にする相手の言い分を聞かずに「力づくで制圧する」とは、全体主義者の特徴にも当てはまっています。
反対者に対しては「力づくで制圧するしかない」と考えている全体主義者が政権を取ったならば、間違いなく恐怖政治が行われるでしょう。ナチスドイツがそうでしたし、ソ連をはじめとした東側の国々がそうでした。
異論を持つ人たちを「力づくで制圧する」ことを正当化する時浦の言葉は、テロリストの発想にもカルト信者の発想にも全体主義者の発想にも見事に当てはまっています。
それにしても、意見が異なる人間は「力づくで制圧するしかない」という独善的な発想が出てくるとは、ゴー宣DOJOの体質は実に危険です。
https://www.gosen-dojo.com/blog/58983/
>スペシャルナイト、遠くでよしりん先生を見ていたファンの方の話は、よしりん先生が天皇陛下(現・上皇陛下)に話ができなかったエピソードと重なって、これも感慨深いものがあります。
時浦によるこの言い回しは、小林よしのりを天皇陛下(現・上皇さま)になぞらえているかのように読み取れてしまいます。おそらく、時浦による小林への個人崇拝は筋金入りのものなのでしょう。
しかし時浦が本当に尊皇の心を持っているならば、小林を天皇になぞらえるような不敬な真似はできるはずがありません。つまり、時浦は尊皇の心よりも小林に対する狂信の気持ちの方が勝っている人間であることが分かります。
結局、時浦が男系天皇支持派を心から憎んで罵倒しているのは、皇室を守るという尊皇の気持ちから来ているのではなく、師匠の小林が「敵」として認定してくれたから追従しているだけです。
時浦は少年時代に学校でいじめに遭ったせいで、大人になってから社会に対して被害者意識と憎しみを持つようになりました。小林はそんな時浦を利用して、敵と決めつけた相手への憎しみを植え付けて鉄砲玉に仕立てているわけです。
師匠として選ぶべき相手を間違えてしまったことは、時浦にとっては本当に不幸でした。今でも小林を心の底から崇拝し続けている時浦は、自分が師匠にいいように使われていることにまだ気付いていません。
小林を天皇になぞらえる時浦は不敬で社会常識が欠落した人間であると同時に、悲惨な生い立ちのせいで道を踏み外してしまった可哀想な人間であるとも言えるのかもしれません。
時浦の人格が今のようになってしまったのは、教師である父親に厳しく育てられ、ろくに愛されなかったという生い立ちの影響があるでしょう。
小さいころの時浦は家でテレビを見せてもらえず、「テレビを見る奴は馬鹿だ」と親から言われていました。そのせいで彼はクラスメイトに対して馬鹿にした態度を取ってしまい、みんなからいじめられてしまったのです。
幼いころに人間関係を学ぶべき基本的な場所である家庭や学校で、時浦がコミュニケーションを取れなかったことは本当に不幸でした。家庭では常に親の顔色をうかがい続け、学校ではいじめに遭って友達ができなかったのが時浦なのですから。
大人になってからの時浦が、他者とのコミュニケーションが苦手になったのは明らかに生い立ちが原因です。また大人になった彼が、他人に対して攻撃的なのも、社会性が欠落しているのも、元はと言えば生い立ちに影響があるでしょう。
少年時代の時浦兼が手塚治虫ファンになったことも、納得がいきます。彼の父親は日教組の活動家でもありましたからね。日教組の教師である父親が唱えていた戦後民主主義的な価値観を、少年時代の時浦は何も疑わずに信じていたのでしょう。
日教組的な価値観と、手塚治虫の漫画での戦後民主主義的な思想は相性が良かったのです。優等生で権威主義者だった時浦は、戦後の漫画文化のパイオニアだった手塚に権威を感じたのでしょう。
右傾化していたころの時浦が毎日靖国神社に参拝するほどの極右になったことも、ある意味で納得がいきます。戦後民主主義的な価値観の持ち主だった日教組教師の父親に対する反発もあったのでしょう。
よしりん企画に入社して、時浦はやっと父親に対して反抗心を持つことができました。しかし、親離れをしたはずの時浦には、小林よしのりが新しい形で父親代わりになりました。問題は、小林よしのりという新しい父親も時浦にとっては毒親でしかなかったということです。
日教組の教師であったかつての父親も、小林よしのりという新しい父親も、時浦のことを心の底から愛してはくれませんでした。小林に至っては、弟子である時浦を自分に都合よく利用することしか考えていません。
小林のブレーンやゴー宣道場師範代の地位を得て、今の時浦は満たされたつもりでいるのでしょう。しかし私からすれば、彼は今も不幸な境遇から抜け出せないままでいるとしか思えません。