『夫婦の絆』、素朴な感想大歓迎!
時浦兼が小林マンガへの読者からの感想の少なさを憂いて必死になっているブログが最高に笑えました。
さすが超一流のギャグ漫画家のアシスタントと言いたいところですが、笑わせているのと笑われているのとの違いぐらいは理解した方が良いと思います。
『夫婦の絆』、素朴な感想大歓迎! | ゴー宣ネット道場https://www.gosen-dojo.com/blog/45139/
《こういう素朴な感想でも全然OKです!》
《たあいのない感想でも何でもいいです。思ったこと、どんどん聞かせてください!》
思ったことを言っちゃっていいの?
なるべく楽をし給料をいただきたいスタッフの為に言わないでおいたのですが、時浦兼が「何でもいいので思ったこと聞かせて!」と必死に懇願しているので、素朴な感想を書きますね。

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この手抜き丸出しのデジタルトーンは何のつもりですか?
小林よしのり爺さんがボケているのをいいことにスタッフは完全に雑なやっつけをやらかしていやがるじゃないですかぁ?
写真週刊誌は漫画誌ではないから編集者も原稿さえいただけたらそれでヨシとしているのでしょうが、こんな手抜きは漫画誌だったらありえねぇぜ!
いくらコネで連載しているからって、どうかしてるぜ⁉︎
まあ、コネで延命しているのもある意味で実力の内かもしれませんよね。
真面目に漫画誌でこだわり、マンガ表現を追究する漫画バカ一代よりも小林のような手抜きでも食えていければそれで良いというのも一つの考え方です。
私はそれを否定しませんが、まぁそんなマンガをしっかりと読み込むヒマはないので悪しからず。
時浦兼は熱心な手塚ファンのマンガオタクを売りにしていたわけですが、今現在小林よしのりのスタッフであることに恥じらいのようなものはないのでしょうか?
時浦妻も昭和マンガのマニアを自認していたと思いますが、小林マンガの素朴な感想をライジングコメント欄に投稿してみたらどうだい?
さて、そんな時浦夫妻に関係するコメントが届いていましたので紹介します。
《個人的には本当に時浦妻が怪人二十面相だったら面白いなと思うのですが、もし冤罪ならば疑われた人・時浦妻が可哀想というか、でもそういう声は聞こえて来ないんですよね。
鷲ヲさんは奥様がデマで誹謗中傷された時はその卑劣に対し敢然と立ち向かった訳ですが、時浦は何でダンマリなんでしょう?
このブログを読んでないとか?
そんなことあります?
小林おじいちゃんを筆頭にエアリプ飛ばしまくってませんか?
鷲ヲさんのブレーンなしでは無様極まるというコメントに反応したのか、時浦が「積極的にわしを支援してくれるインテリゲンツィアたちなどいない」という過去のおじいちゃんのコメントを紹介してますが、これは大嘘で。
初期の頃は浅羽通明や呉智英、戦争論の頃は教科書をつくる会の連中、天皇論の頃は高森や田中卓、コロナ論の頃は井上正康、ちゃんと知識人のブレーンがついていたんです。
そのブレーンや主張に賛同する著名人を道場のゲストとして呼んでいたんですが、ジャニー喜多川無罪論では真面目に誰も居なくなり、師範連中からも距離を置かれ、ひとりぼっちになった小林おじいちゃんは自分の信者を「次世代メンバー」「全体主義に対抗する自前のジャーナリスト」という名目で師範の列に並べ、ブログを書かせるようになった。
しかし次世代メンバーはまだしもジャーナリストの方は小林おじいちゃんの発注意図を読み取れず、会社の広報誌に載っているようなお仕事レポートを書いてきてしまいます。そこでおじいちゃんは軽くジャブを打ちます。
「そこから公にどう繋げるかだよな」
おじいちゃんの言う公とは私(わし)です。求められているのは、わしに敵対する連中を徹底的に叩く事。論破祭りのブログ版であり、コロナ論の頃のキノコ師範の仕事です。
しかし残りカスの無能信者にジャブをペチンと打ったところで響くはずもなく、今回の総合Pの執筆陣のリストラ宣言と批判ターゲットの明言に繋がったというのが私の見立てです。
おじいちゃんは総合Pの提案に乗っかっただけという演出をしてますが、そんなわけはなく相変わらずの卑劣っぷり。その後に上がった脳筋秘書と総合Pのブログはジャーナリストたちへの見本ですかね。こうやるんだよ馬鹿共っていう。》(シチューせんべつさん)
https://washiblogact3.seesaa.net/article/502352505.html
時浦兼は当方ブログで妻についていくら分析されても決して犬笛を吹かないのですよね。
自分がイジられたら速攻でクローズドなメーリングリストでシンパをけしかけたというのに、妻については何を言われてもダンマリなのが、いかにも時浦らしくて最高です!

現在、noteにて私の妻を中傷した小林よしのりの卑劣さについて取り上げていますが、この件については引き続きnoteにて書いていく所存です。
私は時浦兼とは違いますから!
時浦兼はどうやら自分の私生活が充実しているとアピールしたいだけのような気がするのは私だけでしょうか。
50歳近くまで女性とお付き合いをしたことがなかった時浦兼は、結婚を契機に突然非モテ男性へのマウントを取る内容のブログを書き始めました。
女好きならセクハラなんかしない | ゴー宣ネット道場https://www.gosen-dojo.com/blog/16339/
《権力を使って女性をモノ扱いして支配しようとするセクハラ・パワハラと、恋愛感情で不器用に口説いてるのとの違いがわからない人って、本当に恋愛したことあるんだろか?と疑問を持たざるを得ませんね。》
妻が批判対象になってもビビり散らかしてダンマリを決め込んでいる時浦兼は本当に「カミさん」を愛しているのか?と疑問を持たざるを得ません。
この記事へのコメント
≪管理人通信≫ こんな奴、生きてる価値あるか?
https://www.worldofgosen.com/2024/02/16/%E7%AE%A1%E7%90%86%E4%BA%BA%E9%80%9A%E4%BF%A1-%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AA%E5%A5%B4-%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%82%8B%E4%BE%A1%E5%80%A4%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%8B/
アンチが投稿している掲示板があった。しかし最近、管理人のハンドルネームを使って投稿したのを見かけたので、掲示板ごと削除してやった。すると、女性ゴー宣読者さんのハンドルネームを使って、ナリスマシ投稿をしてきた!人間は、一体どこまで卑劣になれるのだ?
俺に文句があるなら、喫茶ヲワカに来ればいい。こっちは、毎週、自分が居る時間も場所も特定し、顔まで晒している。男と面と向かって殴り合う度胸は無く、全く無関係の女性の名を騙り、俺が作ったホームページに乗っかって投稿している。こんな奴、生きてる価値あるか?”
投稿内容は見せない。なりすまし投稿の証拠も見せない。ただ自分の被害を語り犯人を罵倒し、コメント欄もそれに追随する。最近の大阪ラッキョウたちは被害者の証言を報じる文春と、その報道を信じた大衆・世間による加害者への私刑を批判していたと思うのですが、自分たちがやる分にはいいんだ?人間は、一体どこまで卑劣になれるのだ?
しかし大阪ラッキョウは大阪の萎びた喫茶店に誰でも気軽に来れるとでも思ってるんですかね?というか何でネット上での議論では駄目なのでしょう?ネット上での議論・言葉に意味がないのなら、サイト自体にも意味がないってことになりません?ただアンチを否定したかっただけ?てかお前は鷲ヲさんとの殴り合いから逃げて裁判所に駆け込んだよね?それで「私生活にも危険が!」なんて偽の被害をサイトで騙ってたよね?こんな奴、生きてる価値あるか?
鷲ヲさんが貼られた過去記事で時浦が紹介している感想コメントが今の小林おじいちゃんを刺しまくってて面白いですね。2018年当時のおじいちゃんは伊藤詩織さんを擁護(安倍を批判)する立場で商売してたんで「#MeToo運動」に対し異議を唱えたカトリーヌ・ドヌーヴらを批判していたのですね。
被害者の告発からのネット私刑なりキャンセルへの嫌悪感、偽証・陰謀の可能性、芸術への影響などドヌーヴの主張は今の小林おじいちゃんと同じと言っても過言ではないくらい似ているのですが。
“よしりん辻説法【寝耳に#MeToo】を
読ませていただきました。
さすがとてもわかりやすかったですね。
これを読んでもピンとこない人がいるとしたら、
保守系のベテラン女性論客に対して感じた
よしりん先生と同じように、諦めるしか
ないかもしれません。
女に対する男からのセクハラには、
根っこに男尊女卑がある場合が多分に
ありますが、【寝耳に#MeToo】の中に
ありましたように、
「権力を悪用したパワハラ」という
側面も確実にあることが、
カトリーヌ・ドヌーヴにも、彼女らに
共感する女性たちにも、その保守系の
ベテラン女性論客にも、それが見えない、
わからないのでしょうね。”
ジャニー喜多川や松本人志の問題にも「権力を悪用したパワハラ」という側面が確実にあることが見えない、わからないんでしょうかね。コメントでは更に、時間が経ってから被害を自覚し告発に至る被害者の心理にまで触れて、この問題の難しさを語っているわけですが、今のおじいちゃんに同じことを言えば極左の工作員というレッテルを貼られて追放されてしまうのでしょうね。
アップデートなり変節を悪いとは言いません。ただプロならば自身の言動には責任を持つべきで、今回の変節に至った経緯の説明が必要なのではないでしょうか?恥じる所が無いのなら堂々と作品にも描けるはずです。かつて西部邁と握手を交わした時や、女系容認へと変わった時のように。
【時処位】の概念や【バランス感覚】というものを持たないアンチの常套句ですね。恥ずかしい。みたいな煽りが聞こえてきそうですが、そういうフワッとしたロジック0の言い逃れで締まるのは先生の首だと言うことは覚えておいた方がいいと思いますよ。いやもうとっくに締まりきってますかね。