時浦兼の「ファイト!」

皇統について、素朴な日本国民の一人である私はまったく興味がありません。
それに対して「興味がないなら黙っていろ!」などと言論封殺する集団がいるとかいないとか。
むしろ、皇室に関心がない圧倒的多数の日本国民に届くような言葉を発しようと努力しないような奴らは笑われて当然でありましょう。

公論サポーター・メーリスから、一昨日の生放送「オドレら正気か?」の感想ご紹介です!》
興味ないやつは去れ!
全くその通りです。
どっちもどっちとか、高見猿(木蘭さん感心してましたがナイスワードです)はゴー宣道場始まって以来次々と現れて消えていきましたが、彼等は高みに登って邪魔するだけなので、コチラは対応に時間だけ取られて時間の無駄にしかならなかった。サッサと去って頂いてよろしいです。我々にはもう時間がないのですからこういう輩の相手している暇はないし、高見猿の人は過去の10数年分のゴー宣道場議論を観てから発言してほしい、というのが本音です。
10年以上日本の公を議論してきて、「愛子天皇実現こそ日本の究極の公である」と合意ができていますからコチラに迷いはありません。(よっしーさん)
高見猿が現れるたびに、中島みゆきの『ファイト!』の歌詞「戦う君の歌を、戦わない奴らが笑うだろう」が頭に浮かんだものですが、もはや戦う歌を歌っているのは一人ではありません。すでに大合唱となっています!「冷たい水の中を震えながら上って」いく状況はとうに過ぎ去りました。戦わない奴らは黙っていろです。》


橋田ピン子ことよっしーさんが「愛子天皇実現が究極の日本の公」であると勝手に妄想するのは内心の自由なので好きにしたら良いですが、それを世間さまに納得して欲しいのならば、皇室に関心がない愚民を含めた日本国民に向けて言葉を尽くして説明しなければなりません。
10年という長い間、タコツボ空間に引きこもって異論を排除しながらオナニーの見せっこしかしてこなかったゴー宣道場参加者諸君はこれまでただ時間を無駄に浪費して過ごしてきたわけです。
だから「時間がない」などと焦っているわけでしょう?
いやいやいや、これまでの10年間、何をやってきたんだよ!
私が高見猿かどうか知りませんが、少なくとも過去10数年分のゴー宣道場の議論とやらをしっかり見物した上でツッコミを入れているのですが?
そうしたら、あなた方ゴー宣シンパの皆さんは「ストーカー 」のレッテル貼りをして反論に耳を塞ぐだけでしたね。
話し合いや議論、つまりは公論というものから逃げ回り続けて10数年というのがゴー宣道場の歴史です。


あと、ドロヘドロこと時浦兼ちゃんは「ファイト!」をちゃんと聴いたことがあるのでしょうか?
聴いた上での上記の解釈ならば、歌詞をまったく理解していないと言わざるを得ません。
さすがリテラシー不足でお馴染みの時浦兼です。
中島みゆきの「ファイト!」に登場する人たちは時浦が思い描いている「戦い」などしていません。
例えば、歌の中に登場する女性は駅の階段で子供が突き飛ばされるのを目撃していながら叫びもせず助けもせずにただ怖くて逃げたと告白します。その女性に向けて中島みゆきは「ファイト!」と言っているのです。
何かファイティングポーズをとって勇ましく前進しながら、創価学会の学会歌「威風堂々の歌」を大合唱しているイメージで中島みゆきの「ファイト!」を語る時浦兼リテラシー。ばいぜ。

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中島みゆきの「ファイト!」に登場する人たちはみんな独りきりで悩み苦しみ痛みを抱えています。
安易にカルト宗教に入信して仲間を作って、歌詞の意味も理解せずに中島みゆきの歌を大合唱して悦に入るマヌケ集団のために中島みゆきの「ファイト!」はありません。
勝手にゴー宣道場の活動になぞらえるのはやめていただきたい。

中島みゆきがどのような思いで「ファイト!」を発表したのか。時浦兼ちゃんには当時のラジオ音源を聴いて、己の不明を恥じて欲しいものです。





男系だの旧宮家系男子の皇籍取得だの、「憲法違反」じゃ話にならない。「門地による差別」が「憲法14条違反」という判断は覆せない。》

ちなみに私は皇統には興味がないと常々言っていますが、旧宮家男子の皇籍復帰という案には反対の立場です。
だって今現在皇位継承者が一人もいないというわけでもないのに、そんな転ばぬ先の杖など必要ないでしょう。
よく「現在は皇統の危機」などと煽っていますが、「皇統の危機」がない時代って過去にありましたか?
ないというのならば、何時代の誰朝廷の時ですか?
答えられなければ無理に答えは求めません。
戦わない奴らは黙っていろです。


さて、当方ブログコメント欄で繰り広げられている皇統談義ですが、議論はまだまだ続いているようですので、次回コメント紹介していきます。

この記事へのコメント

大林わるのり
2025年08月09日 16:45
小林よしのりのアシスタント時浦兼が、ネトウヨを大量に生み出した悪書『戦争論』を必死で正当化しています。

戦後80年、そしてさらにこの先の時代へ、『戦争論』の価値はますます高まっている!
https://www.gosen-dojo.com/blog/56533/
>参政党の神谷宗幣代表が『戦争論』に影響されたと公言していることから、左翼が「やっぱり小林よしのりは罪深い」とかXで言いまくってます。

排外主義や陰謀論を唱える極右政党のトップが、若いころに小林の『戦争論』の影響を受けていたという事実は無視できません。「やっぱり小林よしのりは罪深い」とはまさにその通りです。

>20年以上も「『戦争論』がネトウヨを生んだ」なんて難癖を言い続けて、よく飽きないものです。

「『戦争論』がネトウヨを生んだ」のは事実ではないですか。2000年代のころの2ちゃんねるのネトウヨたちが唱える歴史修正主義のフォーマットを提供したのが『戦争論』です。ネトウヨに影響を与えた山野車輪やKAZUYAだって、元はと言えば小林の『戦争論』の読者だったのですよ。

>そもそも「極右」の台頭というのは日本だけで起きている問題ではなく、世界的な潮流であって、むしろ欧米よりも遅れて日本にその波がやってきているのですが、それでもこれが『戦争論』のせいなんでしょうか?

日本で極右政党が出てくるきっかけは、安倍晋三が首相になって長期政権を作ったことでした。小林の『戦争論』の影響で世論が右傾化したせいで、安倍のような右派政治家が人気者になって台頭しました。小林は安倍政権の生みの親であるとともに、参政党の神谷を右傾化させた元凶でもあるのです。

さらに、小林やつくる会もそうですし、安倍や神谷もそうですが、右派陣営の人たちは宗教右翼のひも付きです。宗教右翼が右派言論人の台頭や右派政治家の台頭に加担しているという事実こそが問題なのです。

『戦争論』が宗教右翼のまとめ買いでベストセラーとなったことは、世論の右傾化をもたらすきっかけになりました。小林が宗教右翼の手先となって世論を右傾化させたせいで、宗教右翼の息のかかった右派政治家や極右政党が台頭してしまいました。

>そもそも、極右を育てたのは『戦争論』よりもむしろ左翼だろうが!あんたら左翼が、こんな時代になってもなお非現実的なお花畑脳に浸ってるから、それに業を煮やした人たちが「右傾化」していったんでしょうが!

そうやって『戦争論』のように、戦後民主主義も平和主義も左翼扱いにして「悪」としたことこそが問題だったのです。「戦後民主主義も平和主義も左翼で悪だ!悪の左翼をやっつけろ!」と小林が漫画を使ってB層を洗脳したせいで、排外主義と歴史修正主義の極右が台頭する流れを作ってしまいました。

>神谷氏が『戦争論』のどこに影響を受けて、それがどの主張に繋がっているのかはわかりません。

神谷は「大東亜戦争」という単語を使い、日本の十五年戦争は自衛戦争であったと主張しています。彼の歴史観は『戦争論』の歴史観にそっくりです。『戦争論』を読んだと公言している神谷は、小林の歴史観に影響を受けていると見るべきです。

>左翼は、本の著者はその本の読者が一人残らず誤読も誤解もしないように書く責任があると思っているのでしょうか?そんなことができるとでも思っているのでしょうか?

『戦争論』を読んでネトウヨや極右が生まれたのは、誤読のせいだから小林に責任はないというのが時浦の理屈です。

じゃあ、『共産党宣言』に影響を受けた左翼によって全世界で多大な犠牲がもたらされたのも、誤読のせいだからマルクスに責任はないということになりますね。その理屈なら、小林と時浦はマルクスを批判することはもうできませんよ。

小林や時浦がどんなに言い訳をしても、『戦争論』がネトウヨを生み出したという事実は消えません。『戦争論』で描かれた内容は徹底的に批判されるべきですし、当時の小林が宗教右翼の手先であったという事実ももっと追及されるべきです。
大林わるのり
2025年07月08日 12:43
時浦兼が師匠の小林よしのりから学んだことは、己の弱さを直視せず、実力以上に自分を強く見せて虚勢を張ることでした。時浦がやたらと自らのファイティングポーズを強調したり、異常なまでに他者に攻撃的なのは、自分自身の弱さの裏返しでもあります。

時浦には、父親による虐待の過去や、少年時代に学校でいじめを受けたトラウマがあります。彼による攻撃性は、被害者意識の裏返しや社会への復讐心も根底にあるのかもしれません。

ゴー宣のファンだった人たちには、雨宮処凛のように元いじめられっ子だった人が多いのも納得がいきます。かつての小林は「弱者のための絶対強者になりたい」と言って、建前では弱者の味方を演じていたので騙された人たちも多かったでしょう。

己の弱さを直視せず、虚勢を張って自分を実力以上に強く見せるという小林のやり方を真似ることで、ゴー宣読者(小林ファン)も「自分は強くなった」と勘違いすることができたのです。

ナショナリズムと同化してマッチョイズムを気取るネトウヨに、元いじめられっ子が多いのもそういうことです。小林ファンだった雨宮処凛も元右翼でしたし、時浦も靖国に毎日参拝するほどの右翼となってしまいました。

いや、そもそも元いじめられっ子たちのバイブルだったゴー宣こそがネトウヨを生み出した元凶でした。

弱さを抱えていながらそれを直視できない人は、カルトに取り込まれる恐れもあります。小林と時浦の関係は、カルト教祖と信者の関係にそっくりになっています。

偽りの自己肯定感で救われた気にさせ、偽りの教えで全ての物事を知った気にさせ、偽りの選民思想で優越感を植え付け、偽りの社会正義で使命感を与えるのがカルトの特徴です。ゴー宣道場がやっていることはカルトの特徴に当てはまりますし、ゴー宣の言論の手法自体がカルトそのものでした。

小林は新ゴー宣1巻で等身大の自分を直視する大切さを唱えていましたが、皮肉にも、小林による虚勢を張ったファイティングポーズを真似て自己肯定感を持ったファンたちは、等身大の自分を見失いました。

自分の弱さを直視できなかった時浦や小林ファンたちは、ゴー宣というカルトに取り込まれてしまったのです。

虚勢を張って攻撃性を示し、戦う姿勢を強調する前に、まずは自分自身が持つ弱さと向かい合う必要があります。それこそが、時浦や小林ファンたちがやるべきことではないでしょうか。もちろん、小林もそうです。
バビル3世
2023年03月13日 22:56
中島みゆきが曲に込めた「祈り」。
それがわからない人にとっては、ただの応援歌なのでしょう。